第38話 あっ、トゲ付き肩パット忘れてるよ!


 『デッドリースローライフ』――それはこれから起こる未来でのお話。


 謎の死霊体アンデット屍骸カダベルの出現により、大厄災が発生した。

 死霊体アンデットが放つ【霊衝れいしょう】――それが多く集まる事により、共鳴し発生する【なみ】。


 後に【霊衝波れいしょうは】と呼ばれるその現象は多くの死霊体アンデットを生み出した。

 そして、それを皮切りに、人類の生存圏はいちじるしくおびやかされて行く事になる。


 死霊体アンデットが放つ【霊衝れいしょう】を受ける事により、人類は死霊化する。

 死霊体アンデットとなった人間は怪我や病気で死ぬ事は無くなった。


 だが、それは考える力や心までをも奪って行く。

 最後には自我も失われ、世界は死霊体アンデットあふれてしまった。


 それから、約三十年の月日が経った世界――

 物語はそこから始まる。


 主人公は僕――高校生の青年・五日いつか士練しねるだ。モヒカンツインテールの妹と二人暮らしだけど、この世紀末スローライフな状況に馴染なじめないでいた。


 妹は火炎瓶を使い、死霊体アンデットを次から次に平然と燃やしてしまう。

 そんな彼女に対し、僕はまだ一匹も始末した事がない。


 高校生にもなって、これではいけない――いけないのは分かっているのだが……。


「ヒャッハー、兄貴! そんなんじゃ、世紀末スローライフは生き残れないぜ! エヘヘ♥」


 どうにも、このノリにはついて行けそうにない。


「いいだろ……別に――じゃあ、僕は学校に行くよ」


「うん、頑張ってね、兄貴!」


 と無邪気に妹は僕を送り出してくれる。

 そして同時に、落ちこぼれである僕をはげます言葉を掛けてくれるのだ。


「きちんと勉強して、立派なヒャッハーになって……二人で生き残ろうね!」


「ヒャッハーになんてならないよ」


 僕はそう言って、溜息をく。

 こんな世界に生きていても、仕方がないと思う。


 だけれど――妹のその言葉に、僕は生かされているのだ。


「もうっ、そんな事言わないで……あっ、トゲ付き肩パット忘れてるよ!」


「ああ、ありがとう」


 おっと、忘れるところだった。

 この御時世、トゲ付き肩パットは必需品だ。


 優秀なレッドモヒカンの妹に比べ、僕の見た目はあまりにも弱々しい。

 このトゲ付き肩パットを装備せずに学校へ行こうモノなら――


貴様きさまっ! ヤル気があるのかぁ!』


 と生活指導を受けてしまうだろう。

 皆、日々を生きるために必死なのだ。


 何処どこ死霊体アンデット徘徊はいかいしているのか分からない。

 奴らの放つ【霊衝れいしょう】には、気合で耐えるしかなかった。


 過去の文献では――ゾンビにまれるとゾンビになる――というのが一般的だったようだ。しかし、【霊衝れいしょう】は魂を揺さぶる衝撃である。


 死霊体アンデットが放つ【霊衝れいしょう】に気合で負けると、人は死霊体アンデットとなってしまう。

 奴らに対し、メンチを切るくらい出来ないと、たちま死霊体アンデットの仲間入りだ。


 また、当たり前に行われているのだが、死霊体アンデットを見付けたのなら、直ぐに始末しなくてはならない。


 多くの死霊体アンデットが集まると、奴らが放つ【霊衝れいしょう】は互いに共鳴し、増幅したソレは、やがて【なみ】へと変化してしまうからだ。


 まさに殺戮ほのぼのが日常となった世界である。

 そしてこの日、僕は彼女と出会った。


 こんな世界であっても、人として生きる事に絶望していない少女達だ。


 さあ――私達の世紀末スローライフをはじめましょう!


 そう言われ、僕は躊躇ためらう事なく、その手を取った。



 ▼▲▼  ▼▲▼



 ――という物語ストーリーなのよ!


 わたしはトーヤ少年に、今日観る予定だった映画の説明をする。

 残念ながらR指定のため、今回は見送りだ。


 今は玄関先で二人仲良く、ヒナタちゃんが来るのを待っていた。

 彼女は素直な性格のためか、サヤちゃんとリムの影響を受けている。


 そのため、コーディネートが舞踏会へ行く恰好になっていた。

 わたしは普通の衣装に着替えてもらうように説得した――という訳だ。


(似合ってない訳じゃないんだけどね……)


 ――流石さすがに映画館にドレスはね……。


「本当にそれ、面白いのか?」


 そう言って疑問符を浮かべるのは、トーヤ少年だ。

 どうして皆、わたしが説明すると似たような反応をするのだろうか?


「ゾンビが出て来る話は一定の需要があるモノよ!」


 そこに美少女が出るのなら、人気が出るのは必然ね――と力説した後、


「まぁ、実はアニメの方は観ていないから……断言は出来ないんだよね」


 と正直に話す。そんなわたしに対し、トーヤ少年は溜息をく。

 その表情は――お前は本当にアホだな――と言っている。


「大体、『スローライフ』とか『ほのぼの』とか、使い方が可笑しくないか?」


 少年の問いに、


「残念ながら、『スローライフ』や『ほのぼの』をうたっている作品はね――」


 主人公が戦争に巻き込まれたり――


 主人公を害する人が殺されたり――


 主人公が国から命を狙われたり――


「するのが相場なのよ」


 わたしは説明してあげる。


「……」


 トーヤ少年は言葉を失くしたようだ。


「でもでも、面白そうじゃない?」


 気を取り直して、わたしは更に話し掛ける。

 今日は折角のお出掛けだ。ショーコも待っている。


 わたしとヒナタちゃん、それにトーヤ少年。


 ――楽しい気分で行こうよ!

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