第一章 王国人?

1.僕は転生者らしい

 とりあえず寝間着代わりにしているくたびれたトレーナーを脱いでシャワーを浴びる。

 バスタオルを被って部屋に戻り、パンツとシャツだけ着てキッチンへ。

 食パンをオープントースターにセットしてから冷蔵庫からオレンジジュースを出して飲む。


 うん、大丈夫だ。

 僕は矢代大地であって無聊椰とかいうオッサンじゃない。

 ていうか僕が今いる家は矢代家だから。


 ちなみに両親は共働きで既に出勤している。

 僕は一人っ子だから、小さい頃から簡単な食事くらいは作れる。

 毎日コンビニ弁当はご免だったから修行したんだよ。


(別にスーパーの半額弁当でも平気だけどな俺は。ほとんど毎日残業だからスーパーも閉まっていて牛丼かラーメンが当たり前だったし。

 この歳で独身だから飯を作ってくれる人もいないし(泣))


 いやいやいや!

 僕は大地だから!


 パンが焼けたので食べながら確認する。

 僕が高校二年生男子であることは間違いない。

 だけど強烈に俺が無聊椰東湖だという記憶もある。

 凄い傑作映画を見た直後に自分が主人公になったみたいな気分になるのに似ているか?

 あるいは大好きな小説の主人公に感情移入しまくった状態というような。


 いやもっと酷い。

 油断すると無聊椰東湖の意識が主役になりそうだ。

 周りの環境が矢代家だから僕が僕でいられるみたいな。


 それでも全体としてみれば、やっぱり僕は矢代大地僕だった。

 これはアレか。

 無聊椰東湖オッサンは矢代大地僕の前世という事か。

 僕はオタクじゃないけどライトノベルが好きだ。

 アニメも観るし小説サイトの常連でもある。

 創作はしてないけど異世界物は嫌というほど読んだ。


 ああいうのは大体、転生か転移のどっちかに分かれる。

 転移は簡単で、自分がそのまま異世界に行くんだけど、大抵は神様からチートを貰う。

 転生物だと何かのきっかけで前世の自分を思い出すんだよね。

 これにも色々とバリエーションがあって、前世そのままの自分になる事もあれば、前世を「記憶」として思い出すだけのこともある。


 大抵は現代知識でチートしたりするけど、それは文明が遅れた時代に行った時だけだ。

 現代人が転生したら現代だった、というのは読んだことないような。

 いや、少しだけどあったっけ。

 現代は現代でも歴史が違うという。


無聊椰東湖が住んでいたのは瑞穂皇国の経京都だぞ。勤務先はハマルト機業)


 どうも並行世界臭いな。

 僕は念のためにスマホで「ハマルト機業」を検索してみたけど、そんな会社は存在しなかった。

 経京都もない。

 瑞穂皇国など存在しない。

 メルキラ統州国やマテア連邦ももちろんない。


 (これはやはり俺の方が前世みたいだな)


 いや僕は日本人だから!

 でも物凄くよく似てはいるんだよね。

 瑞穂皇国って日本そのままだ。

 地形も同じ。

 世界地図もまったく同じだったりして。

 瑞穂皇国は皇王制民主国家だ。


 「俺」の記憶を僕が思い出してみても、地名とか国名以外は日本と変わりなかった。

 言葉も日本語だったし。

(俺の世界では瑞穂語なんだけど)

 それはいいから。


 朝食を食べ終わった僕は、ほとんど無意識で部屋に戻って制服を着た。

 鞄は昨日のうちに用意してある。

 いつものように「行ってきます」と誰もいない玄関で呟いてから外に出る。


 空は日本晴れ晴天だった。

 「瑞穂晴れ」じゃないぞ。

 登校は徒歩だ。


 如月高校は進学校で、実はこの地区のナンバー1だ。

 公立校では。

 だけど僕が入学した理由は家から歩いて十分という立地条件にある。

 まあ、成績も何とか合っていたし。


 大正時代から続いているという老舗、じゃなくて伝統ある学校で、太平洋戦争前は女学校だったらしい。

 そのせいでもないと思うけど校風は無気力、じゃなくて穏やかで文武ともに適当に盛んな良い高校だ。


(俺が通った学校とは偉い違いだな。千々利第弐高等中学校は荒れていて、俺なんかいつも虐められて逃げ回っていたというのに)


 いやいや、そんな事は思い出さなくてもいいから!

 僕は「俺」の記憶を押し込めた。

 それにしても、これは結構厳しいんじゃないのか。

 僕の意識は矢代大地なのに、無聊椰東湖オッサンの記憶がごく自然に出てくるんだよ。

 その時は無聊椰東湖オッサンの思考になっているし。

 どうすりゃいいの?

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