【休載中】ふたりきりの図書室

金石みずき

一生のうちに心臓の動く数

「ねぇ、佐藤くんは長生きしたいって思う?」


 まだ少し肌寒い二月の終わり。

 ふたりきりの図書室で吉川が唐突に口にした。


「そうだね、出来れば長生きしたいかな。まだ積読が消化しきれていないんだ」

「佐藤くんらしいね」


 吉川がくすりと笑う。


「そういう吉川はどうなの?」

「私も積読は消化しきれていないけれど、別に長生きしてまで読まなくてもいいかなぁ」

「それは、どうして?」

「私にとっての積読は単に優先順位の高い本で、絶対に消化しなければならない本ではないから、かな」

「なるほどね」


 吉川はここで一拍置いてから口を開いた。


「ねぇ、一生のうちに心臓の動く数が決まってるって話、聞いたことある?」

「まあ、あるけど」


 それが何か? と吉川を見る。


「面白い本を読んでいるときってとてもワクワクするし、ハラハラするし、ドキドキするでしょ? 心臓の鼓動は決まって速くなっちゃう」

「うん、わかるよ」

「だからもし長生きしたとしたら、それは良い本との出会いに恵まれなかったってことにならないかな」

「確かに。『長生きしていっぱい本を読んだけれど、どれもつまらないものだった』なんて死んでも死にきれないな」


 僕の返答に吉川は満足そうに首肯した後、悪戯っぽい笑みを浮かべて続けた。


「まぁ読んだ本が面白くても、面白くなくても、私はそんなに長くは生きられないと思うけどね」

「それはなんで?」

「だって一生のうちに心臓の動く数は決まってるんでしょ?」


 僕がその意味を図りかねていると、彼女はこちらから視線をそらしつつ、俯きがちにぼそりと呟いた。


「……気付け。ばか」 


 髪の隙間からちらりと覗く耳はほんのり赤い。

 それはこの少し肌寒い季節のせいなのか、それともまた別の理由があるのか。


 ふと目をやった窓の外には、アネモネが少しずつ花を開き始めていた。

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