第9話大教室まで、ヴァイオリン女子はついて来た

元が大教室に入っても、ヴァイオリン女子はついて来た。

「まだ落ち着かないのか?」

「あいつは連行されたぞ、もういいだろう」


元が文句を言っても、ヴァイオリン女子は離れない。

「だって、まだ怖いもの」

「同じ源氏物語の授業を受けるの、その間だけでも頼みます」


元は、ここでヘキエキ状態。

身体を少し離す。

「お前は知っていると言っても、俺はお前を知らない」

「出まかせだろ?同級生って」


ヴァイオリン女子は、口をキュッと結んで、首を横に振る。

「同じクラスなの!」

「名前は、鈴木奈穂美です」

「あなたの顔も何回か見ています」


元とヴァイオリン女子の鈴木奈穂美が、そんなやり取りをしていると、講師が入って来た。

元は鞄から教科書を出しながら、また身体を少し離す。

「変な噂を立てられても、お互い困るだろ?」


これでは、鈴木奈穂美も、話しかけづらい。

結局、二人とも黙ったまま、午前中の講義を過ごすことになった。


さて、講義が終わると、元は鈴木奈穂美を見ることはない。

そのまま席を立ち、大教室を出ていこうとすると、奈穂美が声をかけた。

「ちょっと待って!」

奈穂美は焦ったので、大声になった。


元は嫌そうな顔。

「まだ何か?」

「何の用があるの?」


奈穂美は、元の顔が怖いし、泣きたくなった。

「ねえ、お礼くらいさせて」

「私の気が済まない」


元は、ますます嫌そうな顔。

「あのさ、変な噂になると、また追いかけられるよ」

「そうなったらどうするの?」

「俺、次は知らんぷりするよ」

「だから、俺、用事もあるから」


しかし、奈穂美は元の言葉の途中から、泣き顔。

「そんなに嫌いなの?」

「ただ、助けてもらったから、お礼したいの」

「それも、迷惑?」


この泣き顔には、元は、また困った。

「おい、泣くな」

「それが一番迷惑」


その元の言葉を受けて、奈穂美はまた泣き顔。

「だって、まだ怖いの」

「あの人の仲間って多いの」

「この教室を出るのも、怖い」


ここに来て、元は、やれやれ、とため息。

「そうなると、仕方ないな」

「俺は飯に行く」

「離れたくなかったら、ついて来い」


奈穂美の肩が、それでストンと落ちた。

「行きます、離さないで」


ようやく大教室を出られた元は、学食を諦めた。

「学食だと、あいつの仲間に見つかるだろ?」


奈穂美は、素直に頷く。

「どこでもいい」

そう言いながら、元の袖を掴んでいる。

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