第7話元は大学に登校する(1)

元は、小鳥の声で、目を覚ました。

「下手なピアノより、よほど聞きやすい」

そう思いながら、ベッドから降りた。


昨日は何も食べていないので、さすがに空腹を感じる。

しかし、相当な期間、無人の家に食べるものなどない。


洗面台まで歩き、顔を見る。

額の髪の生え際に、かさぶたが出来ていた。

「こんなものか、面白くない」

「ザクッと切れて死んじまえばよかったのに」


その次の動きは、シャワー。

額に痛みを感じながらも、丁寧に髪も身体も洗う。

汚れ物は洗濯乾燥機にセット。

クローゼットから服などを出して、着替えた。


食堂の椅子に座り、まず一言。

「腹、減った」

時計を見ると、8時半を少し過ぎている。

「しかたねえな、学校でも行くか」

「大教室で寝て、学食のラーメンでいい」


家を出たのは9時。

そのまま、京王線に乗り、明大前で降り、和泉校舎に向かって歩く。


少し前に、ヴァイオリンケースを抱えた女子学生が歩いている。

「交響楽団かな」

そう思うだけ、何の興味もない。


校門近くまで歩くと、今度はトランペットのケースを抱えた男子学生が見えた。

色黒で、にやけた顔で立っていた。

手をヴァイオリンの女子学生に振っている。

「ねえ、いいだろ?」

そんな言葉も聞こえて来た。



ところがヴァイオリン女子学生は、避けるような動き。

「嫌です、貴方なんて!」

強い反発をしている。


こうなると無関係な元も、他の学生も、その二人を避ける。

全員が知らんぷりで、校門を通り抜けた。


その直後だった。

トランペット男の怒声が聞こえて来た。

「おい!聞けよ!」

「ついて来いって!」

「そう嫌うなって!」


ヴァイオリン女子学生の声も高くなった。

「嫌と言ったら、嫌!」

「もう!つきまとわないで!」


周囲がザワザワとなる中、ヴァイオリン女子大生は走り出した。

「追って来ないで!」

と大声を出すので、元も他の学生も、一斉に道を開ける。


「何だと?てめえ!」

ついに、トランペット男も走り出した。


誰もトラブルには巻き込まれたくない。

結局、止める動きはない。


ところが、ヴァイオリン女子学生が、元の数歩近くまで来た時に、アクシデントが発生した。

女子学生が、いきなり段差につまずき、体勢を崩す。


周囲も騒いだ。

「キャッ!」

「危ない!」

「誰か!」


元は、「しかたねえな」と一言。

そのまま、足を数歩前に出し、女子学生を受け止めた。

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