*第55話 裏切りの街角

王都の南部検問所を出てすぐに労働者達の町キュポーラは在る。


「もう皆さんお揃いですよ。」と連絡員のサリーがささやく。

「まだ時間前だろう、せっかちな連中だな。」

雨具を脱いで入口横のフックに掛ける。

バルドー連に所属する店主が経営する酒屋の2階へとカイビンドは案内された。


部屋の中には商人風の男が二人、丸いテーブルを挟んで座っていた。


「来たか、首尾しゅびはどうなった?」

口髭をたくわえた男が挨拶も無しに尋ねた。

つなぎは取れましたがね、まだまだこれからですよ旦那。」


「奴らの動きが判っただけでも収穫ですよ。」

特徴の無い直ぐに忘れてしまいそうな顔の男がなだめる。


口髭の男はオバルト王国外務省政務官ブルク・キーレント。

キーレント辺境伯家の嫡男である。

特徴の無い男は元外相アバルの後任チャールズ・モア伯爵の部下である。


「ジョンソン候はもう駄目だ、使い物にならぬ。」

ブルクは椅子の背にもたれ手首をひらりと振る。


「息子の方はどうなのですか?」

特徴の無い男が無駄な事を聞く。


「あれは凡人だよ、そうだろう?」

ブルクがカイビンドに水を向ける。

「飼い犬に手を噛まれる口ですね。」


「噛むのはお前だろうが。」

「ははっ!どうせなら奇麗なお嬢様の手を噛みたいもんですよ。」


「そろそろ本題に・・・」

特徴の無い男が二人をうながす。

「うむ、そうだな。」


度重なる失敗とビクトルの乱心に丞相は見切りを付けた。

いずれはジョンソン親子を始末し、

オバルト攻略の主軸にキーレント家を据える計略を練っている。


「方針は定まりましたのでそのお積りで。」

特徴の無い男が告げた。

「あい分かった、我らキーレントもはらえたと丞相に伝えて呉れ。」


「俺は当分の間やつらの犬に徹しますよ。」


***


「いらっしゃぁ~い!ざぁます~」

ハイラムなまりの明るい声で、下町の太陽の様な笑顔の少女が出迎える。

この店の看板娘チーコエだ。


「あんたのお名前なんてぇ~の~♪

ざんす~♪ざんす♪トイザンス~♪」


やたらと陽気な店長のトニール。

シャカシャカと鳴らす算盤そろばんがリズミカルだ。

ここはハイラム連に所属する大人用玩具がんぐの店

“トイザンス”である。

挿絵:https://kakuyomu.jp/users/ogin0011/news/16817330660140578370


「やめてよチーコエ、客じゃないんだから。」

顔を赤らめて抗議する女性は、昼間にカイビンドを案内していたサリーだ。


たまには買って欲しいざます、これなんかおすすめざますよ!」

“二股の何か”を手に取って上下に動かすチーコエ。


「いらないわよっ!」

慌てて奥の部屋に逃げ込む。


「やぁ!久しぶり!調子はどう?」

親し気に声を掛けた男はドコ・ホルディー。

捜査官ワイアトール・アープの相棒である。


「キーレントは黒ね、バルドーの使いと会っているわ。」


やっぱりかとドコはうなずく。

「じゃあカイビンドもだね。」

「えぇ、そうよ。」


「ジョンソンの親子は捨てられるわ。」

淡々と報告する彼女にはもう一つの名がある。

サユーリン・モユル・プルルン・ラピンタ。

バルドー帝国の前王朝ラピンタ家の末裔である。


そっと一族の形見である恥光石ちこうせきのペンダントを握りしめる。


呪文を唱えると三筋の光が、

相手の乳頭と恥骨の位置を指し示すと言う

何の役にも立たない代物しろものだが、

ラピンタの血統を証明する大切な宝である。


「焦っては駄目ざんすよ、じわじわとしばり上げるざぁ~んす。」

店長のトニール・ターニングも諜報部員である。

「あぁ、もちろん分かっているさ。」


裏切りの街角に冷たい雨が降りしきる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る