*第32話 ファイブ・レンジャー

王都から馬車で3日ほど離れた森林地帯に精霊教聖騎士訓練場は在る。

年に一度、訓練の成果を披露する為に演習の一般公開が為される。

最大の見所は精霊術である。

聖騎士のみが発動できる一級攻撃魔法の連弾は圧巻である。


精霊契約を済ませたばかりのパトラシアは

父公爵に連れられてその演武えんぶを見た。


赤・青・緑・黄・桃と五種類の戦闘法衣を纏った

5人の特攻聖騎士が隊列を組み、独特な型で呪文を唱える。


肩幅よりもやや広めに足を広げ、

両腕を水平に上げ肘を曲げて

胸の前で指先を合わせる。


そして体を逸らしながら右手を斜め上に上げる。

「『うちの親父は禿げ頭ぁ~!』」

次に左手を斜め上に上げる。

「『隣の親父も禿げ頭ぁ~!』」


ぐっと前かがみになると同時にこぶしを握り胸の前でクロスさせる。

「『禿げと禿げとが喧嘩してぇ~!』」

両腕を広げながら胸を逸らす。

「『どちらもケガのうて良かったねぇ~!』」


どしっと腰を落として正拳せいけんを突く。

「『ドンドンパァ~ン!』」

「『ドンドンパァ~ン!』」

「『ドンドンパァ~ン!』」

「『ドンドンパァ~ン!』」

「『ドンドンパァ~ン!』」


凄まじい閃光と遅れてくる衝撃波、地響き、轟音、

爆風と熱風にパトラシアはうずくまった。

目が眩み、耳鳴りが騒めき、

股間に生暖かいものが流れた。


全身が一つの心臓になったかの様に激しく鼓動した。

恐怖よりも圧倒的な快感に指先が震えた。


「こ・・・これが・・・

爆裂魔法・・・すごいっ!」

挿絵:https://kakuyomu.jp/users/ogin0011/news/16817330658749767522


この日、“殲滅の美魔女”と呼ばれた特攻聖騎士

イライジャ・オバルト・ダモン・ログアード辺境伯夫人は

最後の演武を終えて引退した。


王都には少なからず武闘派好きの淑女達が居る。

彼女たちは同好の士を募り“こぶしの会”と言う同好会を結成している。


武人を愛でる事に情熱を注ぎ、

それを至上の喜びとする集団である。


彼女達の活動は主に二つ、

親睦会や舞踏会に武人を招き存分に愛でる事と、

武人をテーマにした演劇を主催する事である。


出演は彼女達が自ら舞台に登り演じた。

特に男役は人気を博し、後援会が作られる事もある。

人々は彼女達を“コブシ・ジェンヌ”と呼んだ。


「貴方がパトラシア・チャーフね。

公爵家のお嬢様だそうね、

でもここでは身分など一切関係ないの。」


パトラシアは拳の会へ入会する為に、

幹部からの面接を受けていた。

「はい!承知しておりますわお姉様!」


「私達の妹に成る為に必要な事はただ一つよ!

貴方の情熱を見せて頂戴な。」

武人への愛を語れ!

と居並ぶお姉様方は言うのだ。


「はい!お姉様!」

パトラシアはその目で見た爆裂魔法の猛威を

滔々とうとうと語った。


次第に熱がこもり、見様見真似で型の再現をしだした。

勿論、魔法は発動などしないが、

なかなかの真に迫る演武であった。


そして“ドンドンパ~ン”の所で興奮の絶頂に達したパトラシアは

盛大にお漏らしをやらかした。


全員一致の合格でパトラシアの入会は承認された。

この“爆裂お漏らし事件”は伝説となり、

今でも語り草となっている。


娘役として高評価を得たパトラシアは

“聖水のパティ”の二つ名で呼ばれた。


ダモンの次期当主ヘイルマと出会ったのは、

拳の会主催の舞踏会であった。

気難しそうな四角い顔に野武士の様な髭面で、

正直に言えば恐ろしかった。


しかしこの男が憧れのイライジャの息子だと思うと

話し掛けずには居られなかった。


「あの!私!愛して居りますの!ダモン様!」

“爆裂魔法を”が抜け落ちた。

それ以上は言葉が続かなかった。


「それは光栄だ。名を教えて呉れぬか?」

「パトラシアに御座います!」


「良い名だ、パトラシア殿。

其方と踊る栄誉を望んでも良いだろうか?」

「もちろんで御座います!」


数日後、チャーフ家にダモン家から婚姻の打診があった。

次女のパトラシアを嫡男の嫁にとの事であった。

北方の守護神と呼ばれる一族からの申し入れに

チャーフ公爵は驚いたが、

娘の掴み掛からんばかりの勢いに押され承諾した。


「と言うのがヘイルマとの馴れ初めなのよ!」

レイサン子爵邸の中庭でパトラシアは照れながら語っている。

相手は近頃頻繁に会う様になったアナマリアである。


「まぁ!パトラシア様はコブシ・ジェンヌでいらしたのね!」

キラキラと瞳を輝かせてアナマリアは身を乗り出す。


「今も現役の会員ですわ。

最近の活動に参加は出来ていないのだけれど、

交流は続いていますわ。」


気軽に王都に来られるのだから活動を再開しようかしら?

とパトラシアは思案する。


正室の衣裳部屋の奥にある扉は、

ダモンの城のエルサーシアの部屋に繋がっている。

ゲートが固定されているのだ。


「一緒に観劇に参りましょう!席を用意しますわ!」

「まぁ素敵!是非お願いしますわ!」


花の蜜を求めて蝶が舞い、

白南風しらはえこずえは揺れていた。

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