第4話「専門であるゴーレム関係の魔法が呪いで奪われていれば、あるいは……」
「んー、目立った能力低下は筋力だけみたいですね。
けれどそれも魔法で補える範囲、と」
薪運びを終えてから、いくつかの魔法について検査を受けた。
炎が出せるか、氷が出せるか、念力は使えるか、そんな基本的なものだ。
どれも結果は良好で、俺がギルドに入った時の記録を超えていた。
まぁ、10年も魔法で飯を食って来たんだ。
魔力量は生来から増えることはないとはいえど、魔法自体の技巧は上がる。
……しかし、自分自身に嘘はつけない。
自分自身が一番よく分かってしまう。
どう考えても今の俺は、女になってガキに成り下がった今の俺が、一番強い。
俺は、自分史上最高の魔法使いになっているんだ、認めたくない話だが。
「……なぁ、ルシールちゃん。
魔法使いが冒険者でいられる限界って知ってるかい?」
「え? うーん、だいたい30代中盤くらい……?」
彼女の言葉に頷く。
俺の中では30歳だが、中盤までと考えているのが主流で間違いない。
いや、たぶん正確には30歳くらいで限界を感じ始め、実際に抜けられるのが30代中盤になってしまうのだ。この間に死ぬ奴も少なくはない。
「戦闘の中で魔法を使うには高度な集中力と思考が求められる。
だが、人間の身体は20歳をピークに劣化が始まるし、冒険者というのはそれを酷使する。だからね、ピークから10年も使えば限界なのさ」
俺の歳を知るルシールちゃんが気まずそうにこちらを見つめている。
若い彼女が俺に掛けられる言葉はないだろう。
しかし、別に同情を誘っている訳じゃない。俺が言いたいのはここから。
「――だけどね、今日の検査をやって分かった。
今の俺は、今までの俺よりも魔術師として完成している。
悲しいことに、このザマになった今こそが俺の全盛期なんだ」
こちらの瞳を静かに見つめてくるルシールちゃん。
「たしかに、フランクさんの数値はギルド入団時を遥かに超えています。
一応、直近でこなした仕事との比較も行われますが、たぶんそれも超えているのかなとは。あくまで私のような若輩の直感ですが、おそらく保険は降りません」
彼女の言葉に頷く。
実際、自分自身が思い知ってしまっているのだ。
女になったからギルドを追放されたのはともかく、自分の能力はなんら衰えていない。それどころか格段に向上している。
この呪いの本質が何なのか、呪いという形容で正しいのか。
それを疑うくらいに俺の力は向上している。
「いや、でも、待ってください。まだ検査は終わってませんから……なにか……」
マニュアルをペラペラとめくりながら、思い悩むルシールちゃん。
彼女にここまで入れ込んでもらえているとは。素直にそれが嬉しかった。
日頃の行いの良さというのは、思わぬところで返ってくるものだな。
「――フランクさんの専門ってゴーレムの作成と操作ですよね?」
彼女の問いに頷く。確かにそれが俺の専門領域だった。
レンガや岩、木材でも良い。
何かしらの材料があれば大抵のゴーレムは造れる。
「専門であるゴーレム関係の魔法が呪いで奪われていれば、あるいは……」
なるほど、ラストチャンスという訳か。
そうと理解しながら、先ほど運んできた薪の前に移動する。
「今日の分だけならこんなに使いませんから、ウッドゴーレムでどうですか?」
ルシールちゃんの視線が物語っていた。”ここで手を抜け”と。
……全く、こんなことになるのなら天秤をハックする方法を勉強しておくんだったな。いくら魔力が高くても、うろ覚えの知識ではやれないだろう。
ギルドを騙すようなことをして足がつけば、彼女自身にも迷惑が掛かる。
「――3,2,1」
自分自身が不正と認識しない範囲でなるべく簡易な魔術式を組む。
けれど、流れ込む魔力量の多さがそれを簡単に補ってしまう。
薪として乾燥し、燃えやすくなっている木材が潤うほどに。
(……嘘だろ、おいおいおい)
材料自体を強化する術式なんて走らせてもいないのに、流れ込んだ魔力だけでここまで生き生きとした質感のウッドゴーレムが出来上がるというのか。
……俺が今まで造ってきたゴーレムはいったい何だったんだ。
「うわ~、つやつやしてますね。まるでワックスを塗った家具みたい」
「……いや、うん。自分でも狙ってないんだけど」
「ゴーレム作成については問題なし、ですね。こうなってくると、あとは……」
唸りながら考え込むルシールちゃん。
そしてポンと手を打ったように、こちらを見つめてくる。
「ゴーレムの操作を見ましょう! 失敗すれば交渉材料になります!
このウッドゴーレム君に料理してもらって、失敗すればねじ込んでみせます!」
……検査員の方がこんなにこっち側に傾いていて良いのだろうか。
というか、ここまで来て自分の仕事を浮かせようとしてくるルシールちゃんも本当にたくましいが。
いや、実際、料理をさせるなんていう高度な操作をしたことはない。
戦闘中の指令は極めて簡易なものばかりだ。防げ、叩け、それくらい。
だからこそ、料理なら、料理なら失敗するのではないか?
「――ほう、これがレシピか」
「はい。あと厨房での動き方がこれです。
とりあえずトマトたっぷりミートパスタを作ってもらおうかと」
ルシールちゃんの言葉に頷いてから該当のレシピを見る。
あと、厨房での動き方についてのメモも。
どこに材料があって、どこに調味料があって、そういうことがまとまっている。
……このメモ、ルシールちゃんの手書きだな。
自分自身が仕事を覚えるために、厨房での流れを定式化しているのだ。
やはり分かってはいたが、聡明な女の子だ。努力家だとも思う。
「それじゃあ、フランクさん! やってみてください!
私が厳しめに採点します! 盛り付け、味、そもそも料理になるか。
キツキツに採点して、低い点数つけますから!!」
握りこぶしを作って失敗するように励ましてくれるルシールちゃん。
すっかり意識が連帯したように思う。この場限りだが、嬉しいことだ。
「――5,4,3,2,1」
レシピとメモを思い返すと、自然と数が増えていた。
いつもの3,2,1では足りないと直感で理解したから、5から始めた。
ゴーレムへ送る指示を組み上げながら、レシピとメモを重ねていく。
しかし、そう上手く行くはずもない。俺に料理の素養はないのだ。
そもそもこのレシピとメモを見たところで、俺に同じ動きはできない。
だからゴーレムも必ず失敗する。そうなのだ、そうなるのだ。
「――えーっ、なんでこんなに卒がないんですか?!
ソースもこぼしてないし、パスタも伸びてないし、匂いも良い。
これは流石に低評価つけられませんよ~?!!」
ルシールと同じリアクションをしたかった。
……なんなのだ、なんでなんだ。
なんでこいつは俺自身より遥かに高度に動けるんだ……??
「はむっ、もぐもぐ……いや、美味しいです。これ不味いって言えません。
言ったら天秤が傾きますよ~。フランクさんも食べてみます?」
フォークに巻き付けられたミートパスタを口に運んでくれるルシール。
俺は、恥ずかしげもなくそれに喰らいつく。
まるでお姉ちゃんに食べさせてもらう妹みたいで嫌だったのだけれど、それよりも一刻も早く確かめたかったのだ。俺のゴーレムがどれだけの仕事をしたのか。
「ッ――お前、なんで俺より上手いんだよ?!」
理不尽にゴーレムの肩を叩く。
そんな酷い扱いをしたというのに、逆にゴーレムの方が慰めるように俺の肩を撫でてきた。
「――え、フランクさん、命でも与えたんですか?!」
「違う違う違う、そんな高度な魔法使えない!!」
術者を思いやるゴーレムなんて造れるものか。
盾になるのならともかく、撫でるなんて反応できるはずないのに。
「いったい、どういうことなんでしょう……?」
「……よく分からないが、たぶんあれだな。
魔力流しただけで材質が強化されたように、術式が無意識に強化されてる」
――あり得ない。術者の思惑を超えた魔法が顕現するなんて。
術者が理解していないレシピを、術者以上に再現するゴーレムなんて。
レシピそのものを魔術的な情報として取り込んだわけでもないのに。
「うむむむ……本当に魔法については全く衰えてないどころか」
「ああ、こうなる前の俺を遥かに超えているな」
ここまでやれば完全に理解した。これは保険は降りない。
俺の能力は全く落ちていないのだから。
「ま、まだ分かりませんよ、この情報を上にあげれば……」
「君の判断としてはどうだ? ルシールちゃん」
「――降りない、としか思えないですね。正直に言うと」
まったくこういう時には単刀直入に正直なんだな。
しかし、そういうところは好きだ。
「あ、ありがとうな、ここまで付き合ってくれて。もうすっかり夕方――」
そこまで言ったところで入り口の扉が揺れるのが聞こえる。
ダンジョン帰りの冒険者たちが酒場に訪れたのだ。
「……い、いらっしゃいませ~、ちょっと待っててくださいね」
厨房の中からお客さんに声をかけるルシールちゃん。
俺に付き合わせているうちに、開店時間になってしまったのか。
「手伝おうか? というより、手伝わせようか? こいつに」
冷や汗をかいているルシールちゃんに聞いてみる。
赤の他人が手伝うというのもどうかと思ったが、この焦り方だ。
たぶん下準備とかが足りていないはず。ならば人手で補うのが得策。
「い、良いんですか?!」
俺よりも先に頷くウッドゴーレム。
……ど、どうなってるんだ、こいつは。
こいつ自身に意志があるのか、それとも俺の意志を反映しているのか。
「ああ、一日中世話になったお礼に。こいつの味なら問題ないだろ?」
「問題ないどころか父より美味しいですよ!
ありがとうございます~、フランクさん!!」
こちらの手を握り、ぶんぶんと上下に振ってくるルシールちゃん。
……まったく若い娘のテンションには少しついていけないな。
なんて思っても、どう見ても今の俺の方が幼い事実に肝が冷える。
「もちろんお金は払わせますんで、バリバリ行きましょう! フランクさん!!」
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