フツメンのくせに生意気だ!

スズキアカネ

お姫様とドブネズミ


珠里亜じゅりあちゃん可愛いよねぇ』

『隣のクラスの中村くん、珠里亜ちゃんのこと好きなんだって』


 私には小5からの腐れ縁がいる。

 友達というには距離が遠く、ただの元クラスメイトと言うには他人行儀過ぎる微妙な関係。


 彼女はいつだって人の輪の中心にいた。

 守りたくなるような小柄な体型に細い手足。髪は天然パーマらしいけどチリチリなわけではなく、綺麗に弧を描いていて人工のパーマみたいに綺麗。それをいつもツインテールにしていた。洋服はティーン向けのファッション雑誌に乗ってそうな可愛い流行の洋服を着ていて、いつだって人の目を引いた。小学校で一番目立っていた。


 男子たちが特定の女子をいじめて、からかって笑いものにして男子同士の結束を高めるような行いが横行していたとしても、珠里亜だけはターゲットにならなかった。

 ターゲットになっていじめられて泣いて落ち込む私に対して、珠里亜が言った無神経な一言は忘れない。


『男の子って素直だから、いじめても大丈夫そうな無難な女の子狙うんだよね。だって、千沙ちさちゃんって地味だし暗いもん』


 それはまるでお前はいじめられても仕方がないと男子を擁護するような発言で。

 その時ようやく私はこの女、煉 珠里亜が敵なのだと理解した。




 中学に上がっても珠里亜は輪の中心だった。

 珠里亜に彼氏を奪られたって影で女の子が泣いても、珠里亜は平常運転。仮に男を奪われた女子が直接文句をつけにいっても、珠里亜が男に泣きつけば、男が守ってくれる。

 同じようなタイプのイケイケ女子とつるんでヒエラルキートップに立つなり、女王様のように振る舞うようになった。

 付き合う友達が…というより、もともとその素養はあったのだろう。

 私はなるべく珠里亜と関わらないようにしたが、彼女の噂はあちこちから聞こえてきた。


 3年の野球部の先輩と付き合いはじめた。先輩は彼女を振って珠里亜と付き合いはじめたが、実は浮気期間があっただの。大学生らしき男とドライブしていただの。教育実習生の先生と放課後の教室で2人きりでいただの……嘘か本当かは知らないけど、すべて男にまつわる話ばかり。

 もしかしたら珠里亜を妬むあまりに流されたデマもあるかもしれないが、珠里亜は庇えないくらいに軽い女になっていた。


 珠里亜は周りにどう思われても気にしてなさそうだったし、私達は友達じゃないし、向こうも私を認識しているかも定かじゃない。

 私は遠くから彼女の姿を傍観していただけだった。


 同じ地区に住んでいるから中学も同じだけど、高校大学になれば自然と離れるだろうと思っていた。




 ……だと思っていたのに。

 本命の公立校受験の日によりによってノロウイルス感染した私は公立校不合格になり、滑り止めの私立に進学することになった。

 ……なんの因果なのか……

 その高校には珠里亜がいた。



■□■



「あのさぁ、あんたあの女の友達なんでしょ? 言っといてくんない? あたしの彼氏に手ぇ出すなって!」


 何回目だろう、珠里亜の代わりに私が怒られるの。


「いや…友達ではなくて…ただ小5からの付き合いといいますか」

「同じことでしょ!」


 状況は悪化した。

 人の多いところで話しかけてくる珠里亜のせいで、私は周りから珠里亜の友達と認識されてしまった。違うのに。

 本人に言えばいいのに、本人を前にすると何も言えなくなるのだろうか。昔からの知人である私に当たることで憂さ晴らしをしているみたいだ。


 珠里亜いわく、地味で暗い私には言いやすいのだろう。これでも高校生になってからは校則を守る程度で身だしなみに気を使ったりしているのだが、持って生まれた性格は中々変えられないと言うか……むしろ珠里亜みたいに強気な性格になるのは無茶である。


 だけどそんな私にもいい感じの人がいるのだ。同じ委員会の人なんだけど、それをきっかけによく話しかけてくれるようになった。連絡先も交換しているし、一緒に帰ったこともある。

 私の友達もイケるから早く告白して付き合っちゃいないよ! って背中を押してくれたから今日は彼にこの想いを告げようと思っていたのだ。

 私達、付き合わない? って。



「え…?」


 だけど返ってきたのは怪訝な声。

 彼の顔は複雑そうに歪み、ありえないものを見るかのように私を見ていた。


「いや……俺そういうつもりで親しくしてたわけじゃねーから。お前、煉さんと親しいから、協力してもらおうと思っただけだし」


 その言葉に私はぴしりと固まる。


「なんか勘違いさせたならゴメンな? お前のこと女として見たことないんだわ」


 言葉の刃がグサグサと私の胸に突き刺さる。そこまで言うことなくないか?


 ……あぁ、こいつもか。

 こいつも珠里亜目当てに私に近づいてきたのか。

 勘違いせぬよう気をつけていたけど、今回も勘違いしてしまったようだ。

 高校に入って何回目だ? 

 彼氏イナイ歴17年に終止符が打てる、これから彼氏持ちJKの華やかな青春が幕を開くのだとウキウキだったのに、私の心は急速冷凍されてカチコチに凍ってしまった。


「それでさ、煉さんって今彼氏いるの?」


 人のこと振っておいて、その直後に他の女の彼氏の有無を聞くとか……なんで私この男のこと、一時期でも好きとか思っていたんだろう。馬鹿じゃないの…馬鹿すぎるじゃん…


「珠里亜は大学生の彼氏に加えて、40代の太客パパがいるよ」


 私は嘘は言っていない。

 ただ、珠里亜の男は入れ替わりが激しいので、もしかしたら時間差で独り身になっているかもしれないけど。


 彼の反応は「まじかー。でも可愛いもんなぁ」と言った反応で、それを当然のように受け取っていた。


「今度さぁ煉さん誘ってどっかに行こうぜ」


 “──お前はタイミング見計らって途中で消えてくれたらいいから”

 その言葉にプッツン来た私はポケットからスマホを取り出して、こいつの連絡先を消した。


「…私の連絡先、消しておいて」

「えっ?」


 悪いが、私は当て馬になってあげるほどお人好しではない。怒鳴ったり暴力振ったりしないだけありがたいと思ってほしいくらいである。

 相手に決別を告げると踵を返した。




 菊本 千沙、17歳。本日失恋いたしました。

 あぁ、これで何度目だろうか。


 珠里亜みたいに生まれながらの美貌があればこんな風に辛い思いすることないのになぁ。

 どうして私の周りにいる男の子は皆、珠里亜に惹かれていくのだろう。

 私はそんなに魅力のないつまらない女なのだろうか。


 視界が涙で歪み、頬を熱いものがボロボロこぼれ落ちる。泣くと余計に不細工になる。私が泣いても誰も手を差し伸べてくれない。

 珠里亜が生まれながらのお姫様なら、私はその辺のドブネズミ。私はこれからも珠里亜の影になって、付属品扱いを受けるのだ。


 違う高校に行きたかった。

 珠里亜が側にいなきゃこんな思いしなくてよかったのに……


 悲劇のヒロイン気取りな思考回路に陥っている自分に気がついた私は手の甲で頬を拭った。

 いかん、こんな卑屈になってたら余計に不細工になってしまう。


「あっちのほうが可愛いし当然だ……妬んでも、勝てるわけない……」


 いっそ諦めるんだ。

 珠里亜を妬んでも、自分が劣っていることをむざむざ見せつけられるだけ。

 諦めて、仕方ないと思い込んだほうが楽になれる。


 すぅ、はぁと息を吸い込んで心を鎮静させていると、ヌッと横から黒いものが飛び出してきた。

 誰かの腕と、缶コーヒー。キリマンジャロ、って書かれている。


「……」

「ボタン押し間違えたからやるよ」


 目を丸くして、その腕の持ち主を見上げると、クラスメイトの男子がいた。

 成績は上の中レベル、運動神経もいい。友達もそこそこ多く、先生からの覚えもいい。

 ──ただ、その容姿はどこにでもいるようなフツメン。フツメンオブフツメンな彼は、逸見いつみ 浩之ひろゆき

 十人並みで成績中の中、運動神経微妙な私にそんな事思われてると知ったら彼も腹が立つだろうが。


「……見てたの」


 親しくもないクラスメイトに、よりによって嫌な場面を見られてしまった。

 私はしかめっ面してぷいっと顔を背ける。そんな私の態度に気を害するわけでもなく、逸見君はぐいぐいとコーヒーを押し付けてくる。

 そのしつこさにぶん取るようにして缶コーヒーを奪うと、プルタブを開けて一気飲みした。


 別にそんなコーヒー好きじゃないし。

 もうちょっと可愛いげのある飲みものとかなかったの?

 口の中にいっぱい広がるコーヒーの苦味に私はなんだか泣けてきた。


「…もう泣くなよ」


 フツメンのくせにイケメンみたいなこと言うなよ! 今の私はどんな些細な言葉にも神経質なんだ!


「コーヒーが苦いんだよ!」

「それ加糖だけど」


 逸見君の冷静な指摘に、私は歯を食いしばって、ウォォン…! と乙女らしかぬ呻き声を上げて泣いてしまったのであった。

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