第14話 髪飾り

 アンバーは港沿いの一角にある街灯篭に照らし出される書店に並ぶ本を手に取って眺めた。店内には受け皿に乗ったロウソクがガラスに囲まれてその身を燃やしている。


 メドベキアの町では祭りの時しか夜店はやっていないが、ここトラキアでは夜店が毎日のように出ているのは当然の事のように思えた。街の人々は日が暮れてしまっている今でも忙しなく、活気がある。


「うーん……なんだか、教皇庁を称える本が多いわね」


 メドベキアの街より教王権に近いここトラキアでは、当然のように影響力が強いのだろう。


 本棚にはきちんと並んでいるのとは対象的に、店内の一角には古本が山と積んである。アンバーは自分の目線ほどまで積み上げられている本たちの中から、本の一つを手に取った。タイトルにはこうある。


『海の魔物クラーケンとトラキア』


 アンバーは擦り切れた表紙をなぞり、端っこが所々失われたページをめくっていく。


 遥かな昔、この街の事だ。厳密に言えば二十年も前。アンバーが産まれる随分前だ。


 そこには細かな描写で、大きな大きなタコのモンスターが描かれていた。それを操るような長い鼻の老婆が指揮するように杖を振り上げていかずちを落としている。


 その巨大な触手に巻き取られた人間は米粒のように見える。


 こんなに大きなモンスターがいるのかしら? とアンバーは首を傾げた。


 でも、もしいたらと考えると……アンバーは怖くなって身震いすると本を閉じた。孤児院にもジャックが書いた絵本が沢山ある。その中には様々なモンスターがいるが、そのどれもが恐ろしい絵で描かれている。


 書店を見ているアンバーを待ちくたびれたマリアは、膝の上にミカエルを乗せ、抱きしめるようにこっくりこっくりと舟を漕いでいた。ミカエルはあやとりをしながら、絡まった糸を引っ張りマリアの方に助けを求めるかのように見上げた。


「ごめんごめん、お待たせ! ねね! なんか美味しそうなもの探しに行こうよ! ここでは夜店で食べ物売ってるんだって! へんてこりんなキノコ食べてないから、お腹空いちゃって」


 腹ぺこアンバーが言うと、先程まで夢の中に入りかけていたミカエルとマリアは目を輝かせて応じた。



 ***



 ニーナ達は商店街から少し離れ、人通りから外れた通りへと足を向けていた。


 建ち並ぶ店には、透明な瓶の中に入っているロウソクが揺れている店もある。その不思議な透明な瓶の前でニーナは立ち止まった。


 ルディたちを早く見つけて文句の一つも言いたいニーナは、チラチラと店を盗み見ている。


 シャオが思わず感嘆の声を上げた。


「わぁあ、キレイですねぇ」


 透明な瓶の中で揺れる火の揺らめきで、瓶に細かい細工で装飾されている人々が浮き上がり、舞踏会をしているように見える。


 それら瓶の一つ一つを指さし、興奮して眺めているとニーナはようやく肩の力を抜いて瓶たちを眺めることにした。


 夜店の面々を眺めて満喫しているニーナは、煌びやかな光を放つ髪飾りの店の前で再び立ち止まった。


 じっと見つめる。


 その様子を察したシスター・リースはニーナの後ろから店の前まで歩いていくと、店員に話しかけた。


「これ、キレイですね」


 ヒョロリとした身体の店員は驚いたようにリースを見つめて応える。


「え、ええ」


「ニーナ、こっちおいで。付けてみましょう」


 リースはニッコリと微笑み手をこまねいて見せた。


「あ、ごめんなさい。コレ、付けてみてもよろしいですか?」


 リースが微笑むと、これまたヒョロリとした顔の店員が応える。


「ど、どうぞ」


「きゃぁあっ! これかわいいですよ! ニーナ!」


「で、でも、あいつら探さないと」


 未だに責任感にさいなまれているニーナはモジモジとしている。


「ニーナ! これミカエルに似合いそうじゃないですか?」


 結った髪がまるで猫の耳のようにピクっと動き、引っ張られるようにニーナは店内に導かれていった。


 リースは髪飾りの前でしゃがみこみ、ミカエルに似合いそうなものを探している子供たち二人を微笑ましく見つめていた。小さなミカエルを愛していくれているのだろうと胸をいっぱいにしながら。


「二人にも髪飾り、選びましょ?」


 ニーナとシャオはいいの? と訪ね、リースは微笑んで応じた。


「もちろんですよ」


〈私の分の旅費を切り詰めれば、なんとかなる……わよね?〉


 ニーナは紺色のリボンを二つ買ってもらった。これは髪をつまみ、挟み込むだけの簡単な方法で留められるようになっていて、いつもリースにやってもらっていたが、自分だけで出来るようになるだろうと言う考えだ。


 実際にニーナがリボンを解き、髪を結ぶと小さな猫の耳がピョンと出来上がる。


 シャオとリースはこぞってかわいいを連呼して、ニーナは鏡を見てほくそ笑んだ。


 ニーナは次はシャオの髪に合う髪飾りをと探した。シャオの黒い髪と黒い瞳に合う色は明るい色だろうと唇を窄めて探す。


 ニーナがシャオを見るとピンクの髪留めを顔に近づけ、弱視の目でなんとか色をよく見ようとしていた。


 ニーナは上機嫌で傍に寄り言った。


「ねえ、シャオ! その色、淡いピンクよ。あなたのチカラの色によく合うと思うわっ」


 シャオは心を見透かされたように思い、照れた。


 いつものお団子頭にピンクの花柄カバーを被せ、髪留めを止めた。


 シャオは顔を朱に染めて言った。


「ど、どうですか? 変じゃないですか?」


「シャオ! 変なんかじゃないわっ! とっても似合っててかわいいよ!」


 リースは微笑んでウンウンと肯定して見せる。


「あ、ありがとうございます」


「おいくらになりますか?」


「待って待ってっ! せっかくだし、シスター・リースのも選ぼうよ」


 子供たち二人が選んだ白い縁の三葉が入っている髪飾りを付けようと四苦八苦していると、二人はリースの背中に群がり、髪を纏めて髪飾りを付けてあげた。


 全体的に線の細い店員は、その息を飲むような美しさに終始見とれて頬を染めていた。そしてなにかを決心するように言った。


「三つで十五ゴールドですが、そこは僕が負けときます! 八ゴールドで大丈夫です」


「え? そんな、悪いですよ」


「良いんです! 全然いいんです! なんかすごくいいもの見せてもらって勇気が出ました! かわいいお嬢さんたちと……キキッ、キレイな奥さんにプレゼントです! ぜぜ、ぜひまた立ち寄ってください」


「あ、ありがとうございます」


 先程とはうって変わった熱量にリースは面食らいながら礼を言った。


 店を出る時に三人はもう一度お礼を言うと、細い指が並ぶ手を紙のようにヒラヒラさせた。


 ニーナとシャオはクスクス笑って言った。


「ねえ、シスター・リース! な奥さんだってさっ!」


 リースは厚い化粧の上からでも分かるぐらい頬に赤みをさしたまま言った。


「き、きっとお化粧のせいですよ。わ、私なんかが……」


〈そう……美人だなんて……〉


「良かったね!」


「良かったですね!」


 ニーナとシャオは満面の笑みを浮かべ、自分達の事のように喜んで飛び跳ねた。

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