第19話 緑色の光の泡に包まれて
集めた火は膨らみ、蹴り玉大の火の玉を持ったルディが照らす。地下室はだだっ広くてカビ臭い。オマケに派手に一階の床を吹っ飛ばしたせいでホコリと粉塵が舞って視界がとても悪い。
「うっへぇ、ジメジメしてんな~」
ニーナは砂埃を被ったセーラー服のスカートをパタパタと払った。ふと、目の端に見えた。
「ウゲっ! ネズミ!」
ニーナの踏みしめる崩れた段差の足元にネズミがひっくり返って死んでいた。
「はぁ、やれやれ、危なっかしいっスねー」
ビリーは短槍を杖にえっちらおっちら瓦礫を這い上がってくる。その背後にはテラテラと満月が淡い光を称えていた。
「ハァッハッハッハー! 会いたかったぜー! 赤髪のガキィー!」
エストリーは残る目玉を血走らせて言った。
「なかなか治らなくてイライラしてたんだ! この腕の恨みぃ、晴らさせてもらうぞ!」
ルディはカッと目を見開いてエストリーの方を見た。顔面に穴が開き、片腕を無くしていて耳も半分失っている男を見て、ルディはハッとする。
「おまえはっ! ……誰だっけ?」
エストリーは残った片目を大きく見開いた。血走った目がこれ以上ないぐらいに広がる。エストリーのこめかみに血管が浮き出る。
「ガキぃぃぃぃ!」
エストリーは怒り狂い、ルディ目掛けて宙を飛んだ。一気に間合いを詰めると、血の散弾がルディを襲う。ビリーが庇うように短槍を突き出して電撃を流すと、槍の三叉の切っ先から四方八方に電撃が拡散して血の散弾とぶつかった。
赤い炸裂音と雷光が咲き乱れ、血の爆発はルディに届くまでのところで、全てその役目を終えた。血の霧の中からエストリーが雄叫びを上げながら飛び出て、長い爪をルディに伸ばした。その動きがピタリと止まる。
ニーナの背中に、翼のように並んでいた木の杭が四本ともエストリーの身体を正面から受け止めた。エストリーは自分の胸や腹に突き出ているものを見つめて呆然とした。ガクガクと震えたかと思うと、バフンッと灰になって消えた。木の杭はクルクルと小気味よく回転しながらニーナの背中に再び翼を広げる。
「ふっふっふぅ! さあっ! 覚悟なさいっ! 吸血鬼たち!」
ニーナは小さな胸を張ると、腰に手を当ててウポウルの方を指さした。
「いっくぞー! ウラアァァ!」
ルディは火の大玉をウポウルの巨体目掛けて投げつけた。
ウポウルは鼻からカビた空気を吸い込んで炎を吹いた。
二つの炎がぶつかり、崩れ落ちかかっていた天井が一気に崩落した。
一連の流れを見ていたモーラは、マリアから槍を引き抜いてニーナ達へ向かって駆けた。マリアの身体を激痛が駆け抜け、声にならない叫び声をあげてくの字になって倒れ込んだ。
崩落の砂煙とカビの混じった埃の中からモーラが飛び出す。切っ先がビリーに肉薄する。ビリーは慌てて短槍を振り上げて防いだ。
乾いた音が響き渡る。
***
ルディのチカラが火を払って手の上に集めていく。ルディは火の海の中を駆け抜けて、火に囲まれ炙られていたジャック達四人の元へ到着した。ジャックは脂汗をかきながら、ルディの肩に手を置いて言った。
「ルディ! 無事だったか!」
シャオは泣きそうな顔でルディの袖を掴んで安堵の溜息を洩らした。
「ルディぃぃ! よかった!」
カインは拳を作って差し出しながら言った。
「心配してたんだぞ」
ルディは拳で火を持っていない方の手を出してカインの拳とタッチした。
ミカエルはカインの腕の中で「るー」と弱々しい声を出した。ハアハアと呼吸が荒い。
ジャック達は口々に少年少女の合流を喜んだ。ルディはあたりを見回しながら言った。
「マリアとアンバーは?」
ジャックは痛みを堪えながら答えた。
「マリアは変身する女吸血鬼と戦っていたはずだ」
どこだ? 砂煙で分からなくなっている。熱くなりすぎた。もっと全体を見なければ。カインは自戒しながらキョロキョロと辺りを見渡した。
「シャオ、頼む」
「はい!」
三人の無事で元気を取り戻したシャオは、指先をピンク色に光らせて、見えない空気を撫でるように流して探る。その腕が横でぴたりと止まった。
「四時方向にマリア、そばには誰もいないようです。倒れています」
シャオは前方に片腕を突き出して言った。
「祭壇の方角、十一時方向にはアンバーがいるはずです。気を失っているみたいで動かないから正確な位置が測れない。二人とも、死んではいません」
カインは疲れ果てて眠ってしまったミカエルをシャオに預けると、マリアの方へ走っていった。
カインは歯を食いしばりながら走った。僕がしっかりしなきゃいけないってのに……ちくしょう。
***
「うぅっく……いてて。マリアはカインに任せよう。俺たちはシスターとアンバーの救出だ」
ジャックが言い、シャオとルディが答える。
「はい!」「分かった!」
***
マリアは痛みに悶えていた。痛い……痛い……血がこんなに……。私、もうダメなの? こんな所で?
いや、いやだ。もっと美味しいもの食べたい。もっと綺麗な服着たい。恋だってして、それで、それで幸せになるんだ。孤児院のみんなと。
マリアはゴボリと血を吐いた。マリアの目から涙がこぼれ落ちる。
神様、どうか、みんなをお救いください。私は死にたくないよ。私も助けてよ。どうか……。
「……リア! マリア!」
カインはマリアを見つけて走りよった。
「ああ……カイン、来てくれたのね。よかっ……」
マリアの伸ばした手はカインが掴むことはなく、力なく地面に落ちた。
「マリア……? い、いやだぁあ! マリア! マリアァ!」
カインはマリアの身体を抱きかかえた。
「そんな……そんなのってないよ……」
カインはマリアの顔にかかる髪をそっと払ってやる。マリアのこんな顔色は見たことがない。生気がないんだ。それが余計に#死__・__#を連想させた。
……トクン……トクン。
マリアの身体を緑色の光が包み始める。身体がカインの腕から浮き、髪が水中にいるかのようにゆらゆらと揺れる。
マリアの肩の傷口と、太ももの切り傷から、緑色の泡がふわふわと出てきたかと思うとシャボン玉のように空中で弾けていく。
それに合わせるようにみるみると傷がふさがっていった。
「……マリア?」
カインは腕の上で浮かんでいるマリアの異変をじっと見つめることしか出来なかった。
マリアの身体を包んでいた緑色の光は消えていった。ドサッとカインの腕の中にマリアが落ちてくる。
「な、なんだよ。今の……おい? マリア? 死んじゃダメだ。なあ、マリア……起きてくれよ」
カインは泣いた。小さい頃のように泣きじゃくり、マリアを抱きしめた。
カインの涙に濡れた頬に暖かい手が触れた。
カインは涙の中に微笑んでいるマリアの顔を見た。その顔には先程とは違い、再び生気が宿っていた。
「な……んで」
「ばかね……まだ死んでないわよ」
マリアはカインの腕の中で弱々しく笑った。
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