第12話 決起

「カイン、お前にはこれだ」


 ジャックが大事そうに収納棚から持ってきたのは、弁当箱サイズの木箱。


「これは?」


「これはな……」


 ジャックは躊躇った。唾を飲み、カインの目を見てもう一度覚悟を決める。


「お前の父上が昔使っていた物だ」


 カインは目を大きく見開いた。箱を恐る恐る受け取ると中を開けた。


 拳銃と弾丸。拳銃には紋様が刻まれ、銀色の装飾が施してあった。


 そして箱の隅には指輪が二つ添えてあった。指輪には文字が彫ってある。


 カインは苦々しい顔のジャックを見つめた。


「どういう事?」


「これは初めに海賊が大陸に流したらしい。この猟銃もそうだがな。この世界では銃は貴重な物だ」


 ジャックは急に饒舌に説明し始めた。


「領主が買い取り教会に献上した。悪魔祓いの度にこの銃が使われるようになったんだ。これには退魔の力が備わっていて、それから……」


「父さん! 僕の父上は生きているの?」


 ジャックには答えられなかった。


「父さん!」


 ジャックはその大きな手をカインの肩に置いて見つめた。


「理解してくれとは言わない。ただ、信じてくれ」


 カインはジャックの目に気圧され、うなだれた。


 ジャックが興奮すると目の奥が金色に光っているような気がする。黒い瞳の奥の金色。それが僕ら子供たちには少し怖かった。さっきもそうだ。


 カインが目を伏せて手に持った箱を見つめると、ジャックは言った。


「いつか……必ず話すよ」


 ジャックはみんなの元へ歩いていった。カインには、その背中がいつもより寂しそうに見えた。


「さあ、みんな。準備は出来た。怖い者もいるかもしれない。俺も怖いさ。吸血鬼に捕まれば死を意味する」


 ジャックは胸に手を当てて軍人が部下たちを鼓舞するように言った。


「だが、今まさに奴らの毒牙がシスターを襲うかもしれない! それは許さない! 奴らは敵だ!」


 ジャックは一人一人と目を合わせて間を開けた。


「戦えば殺されてしまうものも出てしまうかもしれない。だが、死なせない。俺がついているからな! ここに誓おう! 必ず勝利すると!」


 ジャックは猟銃を掲げた。


「おおおー!」


 銃をホルスターに収め、ベルトを腰に巻いたカインは父親によく似ていた。


 目は母親似だ。ジャックは困ったように笑う。カインは皆の列に並んだ。


「さあ、行こう! 奴らの城へ」


ジャックは地下の天井を指さした。


 みんなが何もない天井を仰ぎ見た。


「……どうやって行くの?」


 カインはジロっとジャックを見て言った。


「あ……」


 ジャックはモゴモゴと口元を動かしている。


 カインは肩を落として深いため息をついた。



 ***



「……あの、本当にやるんですか? 本当の本気? 正気ですか?」


 シャオはまだ踏ん切りがつかないらしく長々と渋っている。


「フフンッ! 大丈夫よっ! なんたってこのあたしがいるんだからっ!」


 なんの根拠があるのかは分からないが、小さな胸を突き出してニーナは威張っている。


 ルディは今のうちからボートの端に掴まり、青い顔でブツブツとなにかに祈っている。


「もう悪さはしません神様仏様もうしませんおれが悪かったですもうしませんカメ様許して……」


 孤児院からさほど離れていない場所には山の奥から流れてくる川があり、その先で滝が絶えず落ちている場所がある。


 普段ならそこには水汲み位でしか近寄らない。滝から見下ろすと、滝つぼから町近くへと向かっている。


 そのまま南下していくと、古城がうっすらと見える森へと流れ込んでいる。


 古城は昔から吸血鬼の根城として有名だ。歩いて行けば、早くて四日はかかるだろう。


 そう、この“滝”を下っていこうという計画なのだ。


 木で出来た古いボートは、地下室に鎮座していた。それをここまで運んできたのだ。所々欠けたり穴が空いたりしている。


 ビリーは弱気に言った。


「こんなの無謀っスよ~。せめてもっと頑丈そうなボートとかなかったんスか~?」


 アンバーはアキレス腱を伸ばす準備体操をしている。


 肩に触れる長さの黒い髪を後ろで一つにまとめている。もちろんお気に入りの赤いカチューシャは付けたまま。


 ジャックはみんなの腰にロープを結わえていく。それをボートの中心にキツく巻き付けた。


 それから、黒髪の中に多く混じる白髪頭を避けて、猟銃を背負い、真ん中にあぐらをかくように座る。


 と、ルディと同じようにブツブツと唱え始めた。


「ああ、神様仏様もうしませんシスタータスケテ……」


 カインは呆れた顔で言った。


「父さんまで怖いの? まったく。大丈夫だよ。ボートの強度、発射角度、落水距離いずれも問題ないんだから」


 カインはジャックとルディの間に座って二人の背中をポンポン叩く。


 アンバーは入念に準備体操を済ませ、腰のポーチから飴玉を出して口に放り込んだ。舌の上でコロコロっと転がして言った。


「さて……と。みんな、準備はいーい?」


 元気で陽気な返事が返ってくると思っているアンバーは耳に手をあてて待っていた。


「おぉ、お……おー……」


 プルプルと怯えた返事しか返ってこない。


 アンバーは細い腰に手を当てて言った。


「なぁに? みんなしてだらしないわね 」


 少し腰を曲げて、うかがうように言った。


「みんな、準備はいーい?」


 アンバーはもう一度耳に手を当てて返事を待った。


 ニーナとマリア、あとカインがヤケクソに大声を出した。


「おおぉー!!」


 いい返事が聞けたアンバーは満足そうに笑うと、腰に巻き付けたロープを軽く引っ張り、それがボートの先端にくっついているのを確認した。


「じゃあニーナ、始めましょっか!」


「まっかせなさーいっ!」


 ニーナはボートに立ったままチカラを使ってボートを浮かび上がらせる。


「さぁいいわよっ! 行きなさいっ!」


 アンバーは脚を上下に動かす、次第にそれが高速で動き始める。


「いっけええええ!」


 ニーナの掛け声に合わせてアンバーはものすごいスピードで走り出した。


 勢いよく崖を飛び出したアンバーは宙を走っている。


 次いでボートが崖から滑るように飛び出し宙を舞う。


 ジャックはアンバーの腰に巻いたロープを急いでボートに引っ張りアンバーを抱きとめた。


 アンバーを庇うようにボートにしがみつくと、ボートが遥か下に見える川へと真っ直ぐ向かっていく。


 ルディは叫んだ。

「おんぎゃあぁぁぁぁーーー!!!」


 シャオは叫んだ。

「きぃいぃやああぁぁーーー!!!」


 ジャックは叫んだ。

「ひいぃぃぃやあぁぁだあぁぁ!!!」


 ビリーは声すら出ない。

〈死んだ死んだ絶対死んだもうダメだ死んだ〉


 ニーナは笑った。

「きゃはははははは!!!」


 アンバーは叫んだ。

「うっひゃはあああぁぁぁ!!!」


 マリアは白目をむいて気を失っている。


 ミカエルはジャックの背中で楽しそうに笑う。


 カインは叫んだ。

「うっきー! こおぉわあぁぁいぃよぉ!!!」



 ドッッパァァァァァァアアンン!!



 ボートは勢いよく腹から着水してメキメキと悲鳴を聴かせる。川の水が勢いで激しい水飛沫を吹き上げた。ボートへと雨のように頭上から降り注いだ。


 みんなはずぶ濡れになったが、放心状態で誰一人喋らなかった。たった一人を除いて。


「あぁーっ!! 面白かった~っ!! ねぇ、もう一回やらないっ?」


 ニーナはキラキラと目を輝かせてみんなを見つめた。

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