第6話 マリアの家出?
夕飯はジャックが裏山に仕掛けられた罠にかかっていたイノシシだ。こんがり焼いたイノシシの肉に香草を刻んだものをまぶし、岩塩を啄むように両手でつまみ、その場でくるっと一回転してかっこよくポーズを決めながら頭上からパラパラと振りまいたもの。うまく肉にかからなくても、散らかっても気にしないのが男の料理とロマンだ。
それと、チカラを人に向けて使った罰として、ルディとビリー(なんでぼくまでと終始ボヤいていた)が取ってきたキノコのソテーだ。
ジャックは料理の会心の出来に惚れ惚れしていた。
よしよし、久しぶりに豪華な食事だ。これを食えばみんなきっと踊り出すぞ。ルディとビリーも元気になるだろう。シスターも感動して一緒に踊ってくれるかもな。手を合わせ腰に手を回して……なんつってヌフフヌフフ。
ジャックは鼻歌混じりに食器をテーブルに並べ、子供たちを呼びに行った。
食堂に集まり、席に座った子供たちは料理を見て喜んでいるようだ。感動してさえいるかもしれない。うむうむ。いい感じだ。もうすぐ踊り出すだろう。
一人一人にイノシシの肉を切り分けて行くと、マリアの席に当人が居ないことに気がついた。
「あれ? マリアは?」
子供たちはお互いに、見た? 見ていないと伝言ゲームさながらに口々に繰り返した。結局は誰も見ていないと言う。
ルディはバツの悪そうな顔をして言った。
「おれと……ケンカしたあとどこかに行っちゃった……」
「どこかに出かけるんじゃなかったのっ? マリアったら、リュックサック背負ってたわよ?」
ニーナは空気を背負うような素振りをして見せた。
ジャックとシスター・リースは顔を見合わせて立ち上がる。悪い予感がよぎった。まだ町は危険なのだ。
「そんな……町へ行ったのでしょうか。女の子が一人でこんな時間に……」
シスター・リースは胸の前で手を合わせてギュッと握りしめている。血の気が止まるほど握りしめられた手は白くなっていた。
ジャックは腰のベルトに着けた鍵の一つを取り出して、猟銃が飾ってあるガラス棚の鍵を開けながら言った。
「カイン、お前は町へ向かってくれ。そのチカラなら大丈夫だろう」
カインは深刻な顔で頷いた。
「アンバー、君はカインについて行ってくれるか?」
「へあ? はははっひゃい」
黒髪を肩口まで伸ばしたアンバーは戸惑い答えた。黒髪の中にぴょんと飛び出た髪の毛が踊っている。紫色の瞳が、大きく見開かれた。アンバーは十歳で、年上のカインを意識していた。
カインの方をチラリと見る。サラサラの黒い髪、茶色い瞳。端正な顔立ち。お年頃のアンバーは顔を赤らめた。お気に入りの絵本で顔の赤らみを隠す。タイトルは『月と太陽。ジャック作』
「俺は裏手の山へ探しに行くよ」
「シス……」
シスターが青ざめている事にジャックは気づいた。手も震えている。最悪な予想をしているのだろう。女の子が町で襲われているような。
「ルディとビリー、お前たちでここを守ってくれな。お前たちが頼りだ」
ジャックはそれぞれを指さし言った。
ルディは拳を作り「いいぜ!」と自分を親指で指して言った。
ビリーはトレードマークの青い帽子のツバを反対に向けてキュッと被り直し「分かりましたっス!」と力強く答えた。単純な二人はこれで機嫌も直ったろう。
ジャックは口の端を持ち上げて「ニーナとシャオは、ミカエルとシスターのケツにくっついて守ってやってくれな」と続けた。
ニーナは腰に両手を当てて「任せなさい!」と言った。
シャオは薄紫色でフードがついている厚手の服の胸の前でぎゅっと手を握りしめて「はい!」と答えた。
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