箱庭の姫君

水無月累

プロローグ

 偉大な大陸には、五つの国が存在している。『春の国』、『夏の国』、『秋の国』、『冬の国』は人間が暮らす国。残りの一つである『中央の国』は――吸血鬼が暮らす国だ。


 各国の王族は必ずというわけではないが魔法を扱える者が多い。『春の国』の第二王女である桜小路さくらこうじ希海きみも魔法を扱える者の一人である。


 魔法の力は国によって様々だがお国柄が出る。『春の国』は植物を操る魔法に長けていたり、『夏の国』は炎を操る魔法に長けていたりする。


 そんな中、希海が得意な魔法は『冬の国』の王族によく見られる〝氷雪を操る魔法〟だった。何もない所から雪や氷を出しては遊んでいる希海を国王である父親は気味悪がった。ただ一人の姉妹である姉も。母親は希海を生んだ時に亡くなってしまった為、希海の味方はほとんどいなかった。


 姉には魔法で虐められ、父親はそれらを見て見ぬふりをしていた。


 そんな日々を過ごしていたが今日、希海は十五歳の誕生日を迎えた。


「今日は何か良い事があるかもしれないわ」


 なんとなく、希海はそう思っていた。生きてきたこの十五年、良い事なんて無かったに等しいのに。何故かそう思ってしまった。


 その時、部屋の扉を二回ノックする音が聞こえた。


「希海、お父様が呼んでいるわ。王の間に来なさい」


 部屋の外から聞こえてくる声は希海の姉である桜小路千春ちはるだ。


「分かったわ、お姉様」


 希海の返事を待たずに千春はさっさとどこかへ行ってしまった。


(お父様が私を呼ぶなんて、珍しい事もあるのね)


 静かにそう思いながら希海は部屋を出て王の間に向かった。


・・・・・・・・


「希海、お前には『中央の国』の第二王子の所に嫁いでもらう」


 希海が王の間に入り、会釈をする間もなく父である国王はそう言った。


「『中央の国』の第二王子……」


『中央の国』の第二王子と言えば冷酷な人物であったと希海は記憶している。欲しいと思った物は必ず手に入れ、邪魔だと思えば島流しにしたり酷い時はその手で殺める事もあるとか。


 冷や汗をかいてどう返答しようかと希海が思案していると近くで話を聞いていた千春がくすっと笑った。


「あらあら、貰い手があって良かったじゃない。しかも『中央の国』でも有名な第二王子様に嫁ぐだなんて、これ以上の栄誉は無いのではなくて?」


 千春はくすくすと笑いながらそう言う。まるで嘲笑うように。


「もうあちらには返答している。今すぐ支度をして向かいなさい」


 父である国王はそれだけ言うと付け加えるように一言「下がりなさい」と言った。


「……はい」


 希海は小さな声で返事をすると軽く会釈をして王の間から出た。


 殺風景な部屋に戻り、一人で支度を始める。侍女たちが希海の面倒を見なくなって何年が経つだろうか。氷雪の魔法に長けていると分かるや否や一人、また一人と離れていってしまった。


 食事は運んできてくれるから問題はなかったが部屋の掃除は十歳になる前には希海自身がやっていた。


 持っている服はとても少ない。人前に出る時に着る物に限ると五着あるかどうか。


 一人で支度をしていると何故か悲しくなってきた。好きで氷雪の魔法に長けているわけではないのに、と思ってしまう。


 その時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。


 零れそうになった涙をぬぐい、部屋の扉を開けるとそこには一人のメイドが立っていた。


「姫様、これは国王陛下からです。明日、『中央の国』に行く時に着なさい、との事です」


 メイドはそれだけ言い、ドレスを希海に渡すとすぐに帰ってしまった。


 ドレスをベッドの上に広げると青色を基調としたドレスだった。


「私の好きな色、やはりご存知無かったのですね。お父様」


 希海は小さな声で呟いた。そして、希海が外行きのドレスを持っていない事を父は知っていて何もしなかったのだなと落胆した。


 ドレスをクローゼットに掛けて希海はベッドに横になった。涙なんて流れない、枯れてしまったから。


 そう思いながら希海は瞼を閉じた。

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