渡し守

 この谷には川がない。

 谷の終わりには入り江もない。

 船を森に上げることすらきっと、難しい。

 それなのにここで、船を作ってどこへいくのか?


 わたしは初めてこの森と谷の外のことを考えた。

 だってこれは、のりものなのだから。

 どこかへゆくのに使うはずのものだから。


「どこから来たの?」


 もう一度問うと、答えがあった。


「分からない。いつからここにいるのか、どこから来たのか。気がついたらここにいて、船を作ってる」


「船でどこへ行くの? ここは谷の底。川もないのに、どこへも行けないのではないの」


「川は要らない。この船は飛ぶ」


 穏やかに、その人は言った。

 その人は仮面をつけていて、口元しか見えない。


「時が満ちれば『渡し守』がやってきて、往くべき所へ往く」


「でも、誰も乗らないのではないの。この森には、以外、誰もいないもの。それにこの森は、入ったら誰も出られないはず」


「さあ、知らないな。僕はただ船を作るためにいる」


 塔の欠片を手にしている。

 塔は残骸からできている。

 残骸はわたしがこの谷に投げ入れた、


 ……ああ。


 これは、死者の船なのだ。



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