第46話 師匠の遺言


 レオーネの告白を聞いて、時が数秒止まったように感じた。

 ミーアが最初に口を開く。


「何を仰っているのか分かりませんわ。嫌な冗談です」

「ミーア、冗談ではない。私の命は持って数ヶ月だろうな。私が死んだら、お前の後ろ楯はいなくなる。カリギュラス王はまだまだ健在だ。私がいなくなったら、アリスの国へ行け」


 ミーアが悲痛な声で叫ぶ。


「嫌ですわ!! レオーネ様が死んだ後の話なんて聞きたくありません!!」


 そう言うと、ミーアは家を飛び出した。


「まったく…… ミーアはやはりシアの娘だな。泣き虫なのは良く似ている。何だ、お前もか?」


 私は涙が止まらなかった。

 悲しくて辛くて、胸がキュウと痛む。

 でも、どうして? どうしてレオーネはいつもと同じなの?


「アリス、お前に話しておきたいことがある。聞いてくれるか?」


 私はブンブンと首を横に振る。


「まるで小さい子どもだな」


 面白そうに笑うレオーネ。

 心臓に邪気は見えるけど、顔色は良い。それに、稽古で戦ったけど、レオーネはとても強かった。死ぬなんて信じられない。

 だから、質問する。


「レオーネ、本当に死ぬの?」

「ああ、死ぬぞ。間違いなくな」


 私が望んでいた答えとは違った。

 レオーネが死ぬなんて信じたくない。


「私、嫌だよ! レオーネが死ぬなんて…… だって、私、レオーネにまだ教えてもらいたいことが沢山ある」


 柔らかい手が私の頭を撫でる。

 悲しい気持ちが段々と落ち着いてしまう。


「アリス、お前は強くなった。お前に教えることはもうない。私が教えるべきことは全て教えた。このまま稽古を続ければ、お前は私を超える剣士になる。それに、魔眼の制御はできている。もう暴走することはない」

「でも……」


 レオーネは立ち上がって、相棒の大剣を私の元に持ってくる。


「アリス、この大剣をお前にやる。古の時代に最強を誇った龍星族りゅうせいぞくの剣工が創ったとされる名剣だ。剣名は龍元光りゅうげんこう。精霊剣の一つと言われている。アリスが大きくなったら使いこなせるだろう」

「剣なんかいらない! 私、まだ弱いんだよ。レオーネに死んでもらいたくない」


 レオーネはフッと笑って、溜め息をつく。


「アリスも困ったやつだ」

「レオーネは怖くないの? 私はレオーネが死ぬの怖いよ」

「人はいずれ死ぬ。それが早いか遅いかの違いだ。私は三百年近く生きた。エルフにしては短いかもしれんが、仕方ない。それに、あの時から早死にすることは分かっていた。まさか今になるとは思っていなかったが……」

「あの時?」

「話したことがなかったな。二百年ほど前に起きた戦いを知っているか?」


 知らなかったので、首を横に振る。


「知らなくて当然だな。騎士学校に行けば、必ず学ぶと思うぞ」

「何て戦いなの?」

「英雄戦争と呼ばれている。世界中から名のある強者が集い、怨王えんおうと戦った」


 知らない単語だったので、レオーネに聞き返す。


「怨王?」

「アリス、ラルヴァがどうして生まれるか知っているか?」

「人間の負の感情が原因って聞いたことがあるよ」


 私の答えにレオーネが頷く。


「その負の感情は人間同士の争いがあると発生しやすい。英雄戦争の五十年ほど前に世界中の国々で小さな戦争が頻繁に発生していた。大勢人が死んだ。そして、沢山の負の感情も生まれた」

「もしかして、その負の感情が集まったのが怨王なの?」

「そうだ。ラルヴァには最強の王が四体いる。憎王ぞうおう、怨王、嫉王しつおう苦王くおう。二百年前は怨王が現れ、数えきれないほどの人間を殺した。英雄戦争では怨王を倒したが、その時に私は怨王の邪法で心臓に傷を負った。傷を負った時点で、いつか死ぬことは分かっていた。むしろ、よく生きた方だ」


 死ぬことが分かっていたから、平然としているの?

 昔、戦争があって、その古傷でと説明されても……

 納得なんてできない。レオーネに生きてほしい。レオーネは私の師匠で、大好きで、とても大切な人だ。


「アリス、エルフにはこんな考えがある。死者を忘れない限り、死者は魂となって生き続けることができる。私もそう信じている。アリス、私が死んだら私のことを忘れたいか?」

「そんなの…… 忘れたくないよ!!」


 レオーネはニッと笑って言う。


「なら、私は魂となって、お前たちの側で生き続けることができる」

「魂で?」

「ああ。人生には必ず別れがある。今回は私との別れだ。だがな、どんなに悲しくても死者のことを忘れるな。たまにで良い。思い出してやれ。その度に死者は魂となって、お前と会える」


 受け入れたくないけど、受け入れるしかないと思った。受け入れないと、レオーネはきっと安心できない。

 レオーネが死んだら、私は沢山泣く。きっと泣く。何度も泣く。

 だけど、私がレオーネを忘れない限り、レオーネは私の側にいてくれる。


 ゴシゴシと涙を拭って、私は言う。


「私、忘れないよ。レオーネのことずっと覚えている」

「そうか。それなら、私は安心して逝けるな。ミーアの側に行ってやってくれ。あいつ泣き虫だから、ずっと泣いているぞ」

「でも……」


 私はレオーネの側を離れたくなかった。もしかしたら、レオーネに何かあるかもしれないから。


「馬鹿! 直ぐに死ぬわけじゃない。お前の稽古をまだ見てやれるくらいに元気だ。だから、早くミーアの側に行け」


 レオーネに手でシッシとされる。

 仕方なく、私は従う。


 家を出る前にレオーネを見ると、今度は腕を動かしてシッシとされる。

 私は不思議と笑顔になった。


「行ってくるね」


 ミーアを探すために外へ出た。

















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