絶望を希望に
乱暴に床に転がされて、戸が閉められる。
後ろ手に縛られて、上半身を起こすのがやっとだ。
部屋が真っ暗になって、数秒後、人の足音や声がしなくなった。
「……たつ姫、だいじょうぶ?」
「うん、大丈夫」
タクト君の問いかけにはそう答えたけれど、それは怪我とかしてないよってだけで、メンタルはだいぶ大丈夫ではなかった。
怖い。
手が震える。
口の中がカラカラだ。
「ナビ、ライト」
『ライトを点灯」
ナビの声で、タクト君の肩に、ぼんやりとした光が灯った。
心配そうなタクト君の瞳が、私を見ているのが見えて、それだけでも私の心は少しだけ立ち直った。
タクト君は、私に怪我がないのを確認して、ほっと息をついてから、ずりずりと、私の後ろに移動した。
「ナビ、たつ姫の腕の拘束を解ける?」
『スキャン。可能です』
「たつ姫、動かないでね?」
「え?」
「ナビ、たつ姫の腕の拘束を解いて」
『レーザーナイフを照射』
「うえっ?」
今なんかすごい怖いこと言わなかった?
驚いたのもつかの間、ぶつぶつという音がして、少し焦げ臭いにおいがして、腕のロープが千切れた。
両手が自由になる。
「たつ姫。ナビを肩から取って、僕の手の後ろに持ってって」
「う、うん」
ナビの両脇をつかんで抱き上げると、べりっとはがれた。
言われたとおりにタクト君の手のそばに持っていくと、タクト君がさっきと同じように「拘束を解いて」と命じた。
ナビの目から赤い光の線が出て、タクト君の腕を縛っているロープを器用に焼き切っていく。
さっきもこうやってたのか。動いたら大けがしてたかも。
「よし、ありがとう、たつ姫」
「ううん、こちらこそ」
タクト君は素早くドアのもとへ行き、ナビの目を光らせて、ドアを調べた。
取っ手のようなものはない。ガラスでこそないけど、お店の自動ドアと一緒で、表面は真っ平だ。近くの壁を調べても、スイッチのようなものが見つからない。
「で、出られないのかな」
私はハッとして、ポケットの中にスマホが入っていることを思い出した。
取り出してみるけど、なんと圏外だった。
よく考えてみたら、ものすごい地下深くにいるんだもんね、私たち。
「大丈夫だよ、たつ姫。外からしか操作できないドアなんて危険なもの、作るわけない。必ず中から開ける方法がある」
私を落ち着かせるために言ったのだろうタクト君の声も、震えてる。
「……どうしようか」
ぽつりと私が呟いた時だった。
扉が振動した。
タクト君が慌てて扉から下がり、私を守るように、私の前に立った。
ゆっくりと左右に開いた扉。眩しくて目を閉じると、男の人の声がした。
「私が話す。みなはホールに待機するように」
「はい」
声の主が部屋に入ってくると、部屋の灯りが点いた。
「やあ、タクト。たつ姫さん」
そこに立っていたのは、九内竜司だった。
「父さん」
タクト君の声が、低く、うなるように聞こえた。
「二人とも、けがはないかい?」
九内竜司の言葉は、私たちを気遣うような内容なのに、その声はどこかバカにしたような笑いを含んでいた。
これが、息子にかける声なの?
「これはどういうこと? どうして彼らはこんな乱暴なことを」
タクト君がくってかかる。九内竜司は、ゆったりとした動作で両手を広げて、にたりと笑った。
目は、真っ黒に、うつろなままで。
「わかったかい? 人間ってのがどれほど愚かかってことがさ」
「な、何を言ってるの?」
タクト君が、私を九内竜司から隠すように、背中にかばったまま一歩後ずさった。私も押されて、後ろに下がる。
「タクト、父さんはな、この計画に最初から賛同してたわけじゃないんだよ。お前に話してなかったのも、そのせいさ。元々、お前はここに連れてくるつもりはなかったしな」
タクト君の背中が、震えてる気がした。
私は、そっとタクト君の手に触れた。
タクト君が、その手を握り返してくる。
「お前の母さんがいたころはよかったな。ツクヨミも、あんなふうに投げやりじゃなかった。犯罪を犯してまで、愚かな人間の望みを叶えようなんて、しなかった」
それは、タクト君が言っていたことと同じことだ。
タクト君のお母さんが、ツクヨミの開発者で、ツクヨミのメンテナンスとかもしてたってことなのかな? だから、お母さんがいなくなった後、ツクヨミはちょっとずつ壊れていってしまったとか?
「私は反対したさ。タイムスリップして新たな世界線を創り、そこに移住しようなんて。犯罪だ。神の領域に片足をつっこみかねない危険な行為だ。だが、ツクヨミも、信奉者たちも、もう止まらなかった。
ならせめて、私の力でできる限り、穏便に、静かにことを運ぼうと、私は計画の中心人物として名乗りをあげた」
「父さん――どうして? 反対してたなら、何が何でも止めればよかったじゃないか! 最悪、この施設を破壊してでも――」
タクト君のその言葉を聞いた九内竜司が、私の方を見た。
悲しそうな、そして、責めるような、怖い目。
私がビクッと震えると、タクト君が強く手を握ってくれた。
「そう、思ったさ。思って飛んできた。だけどな、タクト。ここの人間たちは、我々の時代の人間よりも、もっと愚かだったのだよ!」
――え?
「さすが、地球が滅ぶかどうかの分岐だとわかっていながら、碌な対策もせずに、環境を徹底的に破壊した時代の人間だけある!
驚いたよ。奴ら、民意を反映するシステムがありながら、知ること、調べることの自由を持っていながら、行動する自由をもっていながら! みな何もしない! 行動しない! 他力本願なのだよ!」
ぐさりと、私の胸に、九内竜司の言葉が突き刺さった。
他力本願。
私は、地球温暖化が進んでいると聞いても、環境破壊を止めなくてはいけないとわかっていても、自分にできることなんかないってどこかで諦めてた。
偉い人が、大人たちが、どうにかするでしょうって思ってた。
けれど、そうだよね。いつか私たちが大人になる。その時、子供たちに「どうにかしろ」って言われて……そうしたらどうするんだろう。
考えたこともなかった。
そして、タクト君たちの時代に、地上の環境が壊滅状態ということは、私たちが大人になった時代、私たちの世代も、何もできなかったってことなんだ。
いや、もしかしたら――何もしなかったのかもしれない。
暗い、暗い、九内竜司の目は、私を憐れむような目で見た。
「こんな愚かな人間たちに任せていては、地球はどんなに世界を分岐させても、破壊されていくばかりだろうさ。
私は、絶望したのだよ。人間に。
このままではいずれ滅ぶというのなら、未来の惨状を知っている私たちが移住してきて、ツクヨミの先導のもと、この国を乗っ取り、少しずつ、少しずつでも地球を救うように誘導させていった方が、まだいいと、私はそう決意した」
にやりと、口がゆがむ。
「絶望を、希望に変えたのだよ」
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