君がここに来た理由 その三

 なるほど……何となくわかった。

 わかったけど。

「世界Aの人たちは、どうして過去に飛んできて、この世界を作ったの?」

 自分で言いながら、今、自分が立っているこの世界が、未来の人の手で作り出されたものだということに、実感が全くもてない。でも、実感しようとするのも、何だか怖い。

 空間に書かれたメモの向こう側。光る線と線の間から見えるタクト君の顔が、少し悲しそうに歪んだ。

「世界Aの2126年ってのは、結構大変な時代でね」

「大変?」

「まず、人間は基本的には、地下か、海底に住んでる」

「……え?」

「地球温暖化って、この時代から言われてたでしょ? 

 それが悪化して、地上の気候は、すでに人間が安心して暮らせるものじゃなくなってしまったんだよ。僕が生まれる前に、世界中の生き残った人間の、地下や海底への移住が完了したんだって聞いた」


 地球温暖化。さんざん聞いた言葉だし、温室効果ガスの削減がどうのこうのって、よくニュースで言ってる気がする。

 ふと、私は湖の上のソーラーパネルを見た。

 あれだって、市長が、いずれ県内の火力発電所をすべて停止させて、自然エネルギーによる発電に切り替えるとかなんとか言ってつけたものだって聞いた。

 自動運転の周回バスだって、確か、完全電気自動車だったはずだ。

 なんだかんだで、大人たちがどうにかしてるんだろうと思ってたけど……どうにもならないってこと……なのかな?

「どんな環境になってるの? すっごく暑い……とか?」

「気温も確かに不安定で、夏も冬も多分、たつ姫の想像を絶する暑さや寒さだけど、何より生活できない理由は自然災害だよ。

 毎月毎月、建物が破壊される規模の災害が起こってたら、生活できないでしょ? 台風、大雨、洪水、竜巻、大雪、干ばつ、熱波、森林火災……地球の上はもう、人が生きていける環境じゃないんだ」

 こ、こわ。未来がそうなるって、絶望じゃん。


「でも、地下にも問題はある。地下や海底の都市ってのはさ、当然なんだけど、地上よりもスペースが限られるんだ」

「……?」

「一つの家族の上限人数が決まっている区域も少なくないし、一人が所有できる個人スペースの広さや個数も法律で決まってる。

 好きな場所に好きなように住むのは難しい。

 食べ物だって、全部、工場で作られる。野菜なんかはまだいいけど、肉や魚は全部ダミーミートになってて、今のたつ姫たちが食べてるような、本物とは全然違うよ」


 本物?

 給食の白身魚フライを見てそう言ったタクト君を、私は思い出した。


「空はほとんど見えることがない。地面のずうっと下の地底都市は当然、空なんて見えようがないし。

 僕が住んでたのは海底都市で、天井が特殊強化アクリルで透明だから、夜空なら、アクリル越しに見ることも可能だった。

 ただ、日中の陽射しは命にかかわるので、シャッターが閉じていて、人工太陽と、青く塗られた天井しか見ることはできない」

「……!」


 タクト君……もしかして……

「もしかして、私と初めて会ったとき……タクト君、生まれて初めて、空を見たの?」

 私の質問に、タクト君は、泣きそうな顔でほほ笑んだ。


 あの日。ガスマスクが外れて、青いって呟いたタクト君。帰りの車の中で、夕日を見つめてたタクト君。あれは、本当に、初めて空を見た人の、目だったんだ。

 私は、タクト君が「空が見えない世界」から来たんだということを、すんなり納得できた。


「まあ、そんな世界だから、中には地下や海底の生活を窮屈に感じて、かたくなに地上での生活を続ける人や、新たな生活の場を求める人たちが出てきたんだ。各国が公にやってるのは、宇宙コロニーの建設や、星間移住とか、宇宙に行くための研究だけど。

 僕の家は、AIツクヨミを信仰してた」

 信仰という響きが、さっきまでの未来的なお話となじまない気がした。

「そんな科学技術だらけの未来でも、信仰とかあるんだね」

「あるさ。ずっとある。

 ここの、あの神社みたいに、目に見えない自然や神様を信じて、ずうっと昔から続けてきた祭りを行う……みたいなものではなくなってしまったけど、人は何か、自分よりも上位の存在を信じて、心のよりどころにしないと生きてけないんだ、きっと。

 信じるものは、目に見えない神聖なものではなく、AIになったけど」

「AIって、その……人工知能でしょ? ロボットみたいな」

「まあ、そんなとこ」

 私は、白いもやもやの影に、少女の声の「ツクヨミ」を思い出していた。

「ツクヨミが、そのAI?」

「そう。僕の家族が信じてた神様は、AIツクヨミ。……ナビ。ツクヨミの画像を出して」

『ツクヨミの画像を表示』

 ナビがそう言うと、タクト君の左手の前の空間に、透明な液晶モニタがあるみたいに浮かび上がった。

 銀色の長い髪。私とそんなに変わらない年齢に見える、白い肌の女の子。ライトグリーンの瞳は猫を思わせる形。無表情でこちらを見つめる女の子は、頭飾りこそ着けていないけど、皐月姫の巫女の衣装に、そっくりな服を着ていた。

 だけど、その姿は本物の人間というより、きれいすぎて、お人形というか……すごくリアルなゲームのCGみたいというか。

「ツクヨミのこの姿は、CGだよ」

 私の心を読んだかのように、タクト君がそう言った。

「そう……なんだ」

「ツクヨミは、自分を信じる人々を『最善』に導くように作られたAIで、高次元を目指す人々のよき相談相手……として、最初は開発されたみたいなんだ」

 タクト君は、悲しそうな顔をした。

「僕も、小さいころは何も疑問に思っていなかった。悩んだら、ツクヨミに聞けば何でも答えてくれた。信奉者の中には、毎日の服装や食事のメニュー。右足と左足、どちらから踏み出せばいいか……なんて、心底どうでもいいようなことまで質問するヤツもいるくらいだ」

「ええ……ツクヨミ大変じゃない」

 実際会話した感じだと、ちょっとクールな女の子みたいだった。いくらAIだからって、見た目がこんなに小さな女の子なのに、そんなに質問攻めにしちゃう大人がいると思うと、ちょっと呆れてしまう。

「そう。大変なんだよ。ツクヨミも。

 人間の欲望って、本当に終わりがないんだなって思った。地表を地獄みたいにしたのは、人間のそういう終わらない欲望だってこと、嫌ほど思い知ってるはずなのに。

 もっと自由に生きたい。もっともっと、楽に生きたい。もっともっと、いい暮らしをしたい。

 そればっかりだ。

 そんな無尽蔵な願望を押し付けられ続けたツクヨミは、ある日、信じられない提案をしたんだ」

「……提案?」


「過去に飛んで、理想の世界を作り、ツクヨミを信じる者たち全員で移住する計画」


 ……え?


「時空間移住計画を提案したんだよ」


 あまりにスケールが大きすぎて、私の頭は完全にフリーズした。想像がつかない。できるはずもない。


「そ、それで……大昔の銀龍町に、移住したの?」

「……ちょっと違う」

 どういうことだろう? 何が違うんだろう?

 ていうか、大昔の銀龍町に移住したんなら……私たちはタクト君たち未来から来た人の子孫? ん? あれ? ああ、もうわかんない!


「厳密には、銀竜町に移住しようとしてるんだよ。   

 今、この銀竜町に住んでいるたつ姫たちを、追い出してね」


 私の頭は、もういよいよ真っ白になった。


「追い出す?」

 声が震える。

 タクト君の言っていた「迷惑」という言葉を思い出す。


「じゃあ、タクト君は、私たちを追い出しに来たの?」


 声がひび割れた。

 平気な振りをしたかったのに、できなかった。

 思わず、一歩あとずさる。

 タクト君は、私の顔を見て、泣きそうな顔になった。


「違う。僕は……それを、やめさせに来たんだ」

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