ハスラムのささやかな幸せ

天野久美

第1話



 鳥のさえずり、木々が揺れる音しか聞こえない山奥。

 突然、轟音と共に魔導協会本部から究極の魔術書を盗み出したお尋ね者、リードが根城としているウィルト山中の屋敷の片側がブッ飛んだ。

「そろそろ降参しないと、今度は……」

 ニヤリと人が悪いとしか言えない笑顔を向ける。

 部屋の隅に追いやられて、アワアワと腰を抜かして尻這い状態で後退りをしているお尋ね者リードにさっき屋敷の片側を飛ばした亜麻色の髪をした討伐者が近寄ってくる。

「なんの! ゆけー! 我が下僕たち!」

 動揺を隠しきれない口調で命令した。

 屋敷を半分飛ばすような魔力を持つ上、討伐者ように撃退用の下僕こと、魔術と錬金術で作り上げた土と岩をこねて成型し焼いて作った土人形の兵士たちをことごとく破壊されていた。最後のあがきと分かるが、あがき倒したい。

「仲間の錬金術師もう捕ってるから」

 襲い掛かってくる下僕兵士を軽く剣で倒し、入り口に現れた黒髪の討伐者に呆れ口調で告げられた。

「ううっ! 皆でかかれ!」

 それでもあがく。

「だからさ、周り見ろって」

 床に目をやれば、壊れている下僕たち。そして、亜麻色の髪をした討伐者を見れば、襲ってくる下僕兵士たちを喋りながらさっき使った強烈な威力のある魔術ではなく、剣で順調に壊している。

「うわぁ! わしのかわいいケイトちゃんが!」

 一番のお気に入りでもあり、動力である精霊石に世話係としての動きをインプットした土人形が地面に散らばっていた。

「あの麗しい身体の曲線に愛らしき笑顔がわしを癒してくれていたというのに……」

 逃げるのに精一杯だったので、壊れたこともに気が付いてなかった。

「オレには、みんな一緒に見えるけどなぁ」

 亜麻色の髪の討伐者は、今まで壊してきた土人形たちを思い出していた。

「オマエには、あの緻密かつ微妙な変化というものが分からないのだ! 芸術品でもあり実用性もある素晴らしいわしの作品をよくも!」

 守ってくれる存在たちはもういない。

 リードは、開き直りからか今までとは全然違う動き、俊敏に立ち上がり近くにいた亜麻色の髪の討伐者へと襲い掛かった。

「へへ、なめるなよ」

 軽く躱す。

「ほらよ!」

 目標を失いなまじ勢いがあっただけにたたらを踏むリードの背中を軽く押して背後にあった壁に激突させた。

「もうオレたちには勝てないよ」

 とどめとポケットに入れていた小さな石たちを見せる。

 土人形が動くために必要な魔力を秘めた、精霊石だ。

 これがあれば、即席にでも近くにあるものを下僕とすることができるらしい。

 貼り付けて呪文を唱えれば動くのだ。

「これも回収しろって言われてるんだよな」

 両手を伸ばせば届くかもという距離で透明な小瓶に入れた石たちを見せる。

「うぅぅ」

 頭を激突した痛みで歪んでいる表情がより歪む。

「おじさん、芸術がどうのとか言ってたけど、頭と寸胴の胴体があって、まっすぐなだけの手と足。みんな同じ形してたぞ。違いを見せたかったら、うーん、オレなら、この石を額とか頬っぺたとか、人形ごとに変えるぐらいするけどなぁ」

「うるさい!」

 ふらつきながらも立ち上がり、呪文を詠唱し始める。

「危ないではないか」

 瞬時、リードの足元に数本の手投剣が刺さった。

「諦めが悪いなぁ。これ以上反抗したって、アンタに勝ち目はないんだぜ。討伐者用に作った罠に土人形はこのざまなんだ。今だったら盗み出した物を一式返せばオレ達のリーダーは許してくれると思う」

 黒髪の討伐者が手投剣片手に言う。

「わしのしたことを魔導協会が許すはずがない。ましてやこのパーティのリーダーはハスラムなんだ! わしはこれを盗み出す時に偶然の、いや、不幸な突発的な事故でアイツの研究中の薬の入ったツボをひっくり返してしまったんだ。絶対に怒っている! アイツは日頃温厚なだけに怒ると手が付けられない」

 心底恐れているのか、涙を流しての抗議だ。

「確かに魔術を使う者が、自分の研究を邪魔するようなことをすると激怒するって聞くけど、でも、ハスラムさんはあること以外では感情のみで動く人じゃあないよ」

 黒髪の討伐者は言い切る。

「では、滅多に魔導協会の行事に参加しない奴がだ、たまたま友人と魔導協会にいただけで討伐に来るか? 責任者になって、こんな山奥に」 

 リードはなおもわめく。

「そうだ、あいつはとことん根に持つタイプだ!」

 リードに同調する奴がいた。

「オリビエ、説得の邪魔をするな!」

 亜麻色の髪をしたオリビエに怒鳴る。

「だって、フェリオは知らないだけだ。あいつの本性を。幼馴染だから言い切れる! あいつを一度怒らせるとしつこい! オレなんて、ささいな失敗を今だにネチネチやられているんだぞ」

 黒髪のフェリオに握り拳を胸まで上げて唸る。

「あのなぁ、今はそんなオマエの私怨を言ってる時じゃあないだろう。早くこいつを捕まえて魔術書を持って帰らないと」

 フェリオは、調子が狂う。

「そこの少年も分かってくれるか、わしの気持ちを! だったら逃がしてくれ!」

 自分に同情していると感じたのか、オリビエの方に手を出して、哀願を始める。

「嫌だ! そんなことしてみろ、オレがハスラムにどやされる。それに、オレは女だ!」

 ムッとし睨みつける。

 性別を間違えられたことには腹は立たない

が、逃がしてもらえるなどと思われたことを否定してだった。

 一見美少年、髪も短く着ているものも男物で言葉遣いなどすぐには女の子とは、見分けられない。

 本人が男として見てほしいと意図的にやっているから仕方ない。

 そんな時だ、二人の間に頭上から今までと違う形態の物が落ちてきた。

「どうだ! この直線を駆使した頭部に線と線が交わり合った体! 線と線の屈折感、最高だろう!」

「いや、だから顔が三角くて、体が四角にしか見えないけど」

 違いは丸みがあり厚めの寸胴の大小の上下が、角がある薄い板に変わっただけだった。

「おお!」

 瞬時に魔術で破壊された。ついでに床から壁にかけて大穴も空いた。

「今日のオレって絶好調!」

 などとふざけたことを言いながらだ。

「わしの最強の作になんてことをする。あやつの腕の一振りは壁をも割くのだぞ」

 最強なはずだった。

 薄く剣の刃のように頑丈かつ鋭く作った。

「動く前に壊されたらそれまででしょう」

 笑いをこらえたような声がしてきた。

「もう諦めなさいリード。オーリー(オリビエ)をこれ以上調子に乗せると、この屋敷全体、大切な研究品の全てが跡形も無くなりますよ」

 苦笑しながら、黄金の長い髪をした第三の討伐者が、部屋に入って来た。

「そうだよ。オレって気分がのったら、術の威力が思ったよりすごくなるんだ!」

 オリビエは威張れないことを大威張り、それも高笑い付きで宣言した。

「うう……」

 あのバカ笑いは、雰囲気を盛り上げるためのものか、自信からくるものか。

 判断がつかいリードは唸り声をあげ床にしゃがみこんだ。

「愚かな考えはやめた方がいいですよ。わたしもいるのですからね」

 そんなリードにハスラムはダメ押しと微笑みかける。

 オリビエの判らない実力も脅威だが、魔導協会でも上位にいるハスラムの力は熟知している。

「もう、どうとでもしろ!」

 リードはうなだれた。

 兵器商人になり大儲けをするという野望はついえたのだった。

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