016 見えざる刺客

 ……一瞬だった。

 サンティアゴの首が突如、胴体から落下し始めたのは。

 遅れて噴き出す血飛沫しぶきに、ユキの手が動いた。

「カナタ見るなっ!」

 強引に土嚢どのうの影にカナタを押し込むユキ。その手には装填済みの火縄銃マッチロックが握られている。銃口をあちこちに振り回すものの、肝心の敵は見えなかった。

「まずいな……」

 ブッチがつぶやく。

 左手にも廻転銃リボルバーを構えて周囲を警戒するものの、サンティアゴの首を切り落とした者の姿が見えない。

「姿を消せる魔法の類なんて聞いたことがない。まさか異能持ちか?」

「異能持ち、って噂じゃないんですかっ!?」

 この世界で超常の力を行使するのは、魔法だけではない。

 魔法以外の手段を用いて、超常の力を発する者達もまた存在する。彼等は異能持ちと呼ばれている者達だ。

 ユキやカナタはそういう者達に会ったことはない。いや、国によっては異端として切り捨てられるという噂も流れているので、自分の身を守る為にあえて伏せておくこともあるだろう。

 おそらくは、その手合いの一人だ。

「残念ながら実在する。どうやら相手に異能持ちが混じってたみたいだな……」

 首を落とした、ということは口封じか賞金目当て、いやその両方だろう。

「ぎゃっ!?」

「がっ!?」

「なっ、なんなんだ……うわぁっ!?」

 生き残りが死んでいく。

 本来なら生き残りは拘束した状態で、衛兵を呼び出して引き渡す予定だった。けれども、見えざる刺客は次々と盗賊達の首をねていく。ユキが手足を撃ち抜き、身動きの取れなくなった者達を。

「……いや、透明化じゃないな。これは」

 しかし、ブッチはあることに気付いた。

「得物は切れ味のいい刃物。だが武器まで完全に見えなくさせている。てことは……幻覚による迷彩か」

 自身の周囲に幻覚をまとい、風景と同化する。似たような手合いと戦ったことがあるのか、ブッチはその異能の正体を正確に言い当てた。

「……ご名答」

 ただし、気付くのが遅すぎた。

「ごっ!?」

「カナタっ!?」

 強引に引き起こされたカナタの背後から声がする。しかし、その姿は一切が見えなかった。

 ユキとブッチは、それぞれの得物の銃口を向けようとするも、相手がカナタごと幻覚をまとう方が早かった。

「おっ、おにぃ……!」

 その声を最後に、カナタは姿を消した。

「こいつは人質だ。殺されたくなければ武器を捨てるんだな」

「余計な色気を出しやがって……」

 ブッチはゆっくりと膝を付き、廻転銃リボルバーを二丁共、地面の上に置く。暴発の危険は向こうも承知しているのか、その動きを止めるような指示は出してこなかった。

異能それ使ってさっさと逃げれば良かっただろうが。大方、目当てのものがないからせめて黒字にしようと足掻あがいている、ってところか」

「そう言うな。サンティアゴそこの馬鹿使っていい思いをしようとしていたのが、当てが外れたんだ。それに、そろそろ切り時だったしな」

「……胸糞の悪い野郎だ」

 あえて立ち上がらずに、ブーツに仕込んだハンターナイフの持ち手に気付かれないようにして触れている。しかし、カナタごと姿を隠されてしまっている以上、相手に確実に一撃を与えるすべはない。

(まずいな…………?)

 その時ふと、ユキの様子がおかしいことに気付いた。

「おい、ユキ坊……」

 何故か火縄銃マッチロックを手放そうとしなかった。それどころかむしろ、発砲の際不発にならないよう、火縄挟みに挟んだ縄の位置を調整している程だ。

「おい、お前っ! 早く武器を捨てろっ!」

 しかし、未だにユキはしたがう姿勢を見せず、銃口を声のする方へと構えている。

「……お前こそ舐めてんじゃねえよ」

 ユキの反論に、相手はあざわらうかのように鼻を鳴らした。

「ほう、人質をけて、見えない俺を撃ち抜けるってか? やれるもんなら……」

「……誰がのことだって言った?」


 ――ダァン!


 銃声が鳴り響く。しかしユキは、火縄銃マッチロックの引き金をしぼってはいなかった。

「俺以外の男にその馬鹿、止められる奴はいねえよ」

 幻覚が解けたのか、見えざる刺客こと盗賊団の副首領、アレクシス・ハーンパーがカナタと共に姿をあらわにした。

 ただ、カナタの手には芥砲かいほうと呼ばれる、掌大の短銃が握られていたが。

「カナタ、どけっ!」

「はいなっ!」

 横っ飛びでカナタが射線から外れてすぐ、ユキは火縄銃マッチロックを構えて引き金を引いた。


 ――ダァン!




「握り鉄砲か……どこに仕込んでいたんだ? そんなもん」

「おっちゃん、女の子のスカートには秘密がいっぱいやねんで」

「こいつ普段から護身用兼パンチラ対策に、スカートや太腿ふとももに色々と仕込んでいるんですよ。悪戯いたずら道具とかも含めて」

 ユキに肩を撃ち抜かれたアレクシスはブッチによって気絶させられ、さらに両手足を強引に縛り上げられていた。

 見えざる刺客はまだ殺していない。カナタの放った芥砲かいほうの弾はアレクシスの腹部を撃ち抜いたものの、内臓にそこまでのダメージを与えていないのか、致命傷にはいたっていなかった。

「しかし疲れたな……」

「……お、シャルや」

 どうやらようやく到着したのか、シャルロットが運転している三輪電気自動車が近づいてきた。トラップのない経路への誘導の為に、カナタは彼女へと近寄って行く。

 そのすきに、ブッチはユキに声を掛けた。

俺以外の男・・・・・……か?」

「…………」

 黙り込むユキに対して、ブッチはある推測が立っていた。

 ……いや、恐らくそれが正解なのだろう。だからユキは、黙り込むしかないのだから。

「ユキ坊。お前さん、カナタ嬢ちゃんを『女』として見ているだろう?」

「…………そりゃ、見ますよ」

 ユキは、静かに肯定した。


「前世ではただの親戚・・・・・で、…………恋人同士・・・・だったんですから」


 元々、同じ家で過ごしていた名残から、『おにぃ』とよく呼ばれてはいたものの、再会して同棲してから死ぬまで、二人は男女の仲だった。子供どころか結婚もせず、若くして人生を終わらせてしまったものの、その絆を断ち切ることは世界ですらできなかった。

 しかし、世界は代わりとして、一番残酷な結末を二人に与えた。『双子』という一番近く、そしてもっとも遠い存在として転生させたのだから。

 少なくともユキは、そう考えている。

「転生して、双子として生を得た以上、もうあいつに余計な感情を持つなんてできないでしょう。許されるわけがないんですよ、近親婚こればっかりは」

「ユキ坊……」

 もしかしたら、多少はこの悲恋をあわれれんでいるのかもしれない。そんなものに今更すがる気はないので、何を言われても否定しよう。

 そう内心で決意しているユキだが、ブッチが見せたのは……


「……言っておくがこの世界、別に双子でも結婚できるぞ?」


 ……どこまでもあきれたような表情だった。

「……え?」

 その言葉に一瞬ほうけるユキにゆっくりと、ブッチは説明を始めた。

「そもそも血統上の都合で、王侯貴族の間じゃあ近親婚とか当たり前にやっているんだよ。気になるならどっちかが俺の養子になって戸籍上の家庭を分けるか? 法的に他人になって結婚する実兄妹なんて、この世界じゃ割と普通にいるし」

「いや、でも……生まれてくる子供がかわいそうじゃないですか? 先天性の疾患しっかんや障害が出てくるというのも」

 近親交配を繰り返すと遺伝子がかたより、障害や致死性を持つものが顕在けんざい化しやすくなることが多い。たとえ結ばれたとしても、愛の結晶ともいうべき子供が作れない以上、かえって自分達を苦しめることになりかねない。それもあって、ユキは二の足を踏んでいたのだ。

「それも金や伝手は掛かるが、教会の修道者によっては【祝福ニメト】って魔法が使える奴もいてな。それ妊婦に掛けて、産まれてくる子供から障害の類をなくすって裏技もあるんだよ」

 まさしく、異世界ならではの常識だった。『地球』世界では考えられないが、ここではそれ自体が当たり前に行われているらしい。

「ついでに言うと、田舎町や農耕地帯とかでも人手不足で結婚相手がいないから、わざと兄妹を多く作りまくって近親婚させまくるなんて、結構普通にやっているしな。じゃないと人口働き手が増えないし」

「み、身もふたもない…………」

「というか、『オルケここ』でも昔やってたはずだぞ、たしか。本当に聞いたことがないのか?」

 今まで悩んでいたことが馬鹿らしくなる位の衝撃に、ユキもさすがに唖然あぜんとしてしまっている。

「頭が固すぎなんだよ、ユキ坊は。ま、どうするかは好きにしな。ただ……」

 ブッチはユキの肩を叩いてから、捕縛したアレクシスを抱え上げた。


「……せっかくの第二の人生だ。もっと楽しめよ」


 近づいてくるカナタ達の方に歩いていくブッチを見つめてから、ユキは空を見上げた。

「諦めなくて、いいのか。俺は……」

 その答えが出るのは、もう少し先の話である。




シリーズ001 あとがき

 長さが半端になりそうでしたので、この辺りでシリーズ001を終了とさせていただきます。この話は双子に転生した男女が異世界でダイナーを経営するという内容を書きたかったのですが、思ったよりも料理描写が出なかったことが難点だと考えています。

 その代わりといっては何ですが、登場人物を濃い目に味付けし、ドタバタな展開を加えて愉快な物語にしようとしていました。しかし、せっかくダイナーを舞台にしているのですから、次のシリーズまでにはもう少し料理を勉強しておきたいと思います。

 それでは皆様、ここまで読んでいただきありがとうございました。

 次のシリーズか他の作品かは分かりませんが、また読んでいただければ嬉しく思います。


 桐生彩音

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