014 制圧開始

 日没で空が明るさを失うと同時に、それは起きた。


 ――ドォォォ…………ン!


「何事だっ!?」

 服を着ながら慌てて出てきたのは、アレクシスのボスにしてかねづることサンティアゴ・クレーティ。田舎を縄張りにしている割にはかなりの賞金首だったはずだが、今は適当にさらった女でも抱いていたのだろう。自分より粗末なものを見て気分が悪くなるとも思ったが、逆に冷静さを取り戻せたことには内心だけで感謝しておくことにする。

「襲撃されている。首領、早く着替えて武器を」

 首領としての顔は立てているが、一度は出し抜いた過去もある上に盗賊団立ち上げ時からの付き合いだ。今更敬語も何もあったもんじゃない。

「ほら敵だお前等っ! とっとと武器持って音のする方へ向かえっ!」

「必ず散っていけよ。固まって動くといい的になるぞ」

 迎撃しようと武器をたずさえる部下達に吠えるサンティアゴ。アレクシスも指示を出してから、愛用の山刀マチェテを腰にいた。

 その間も轟音ごうおんは鳴りまず、城内では天井からつぶての雨が降り続いている。

「衛兵か? それとも賞金稼ぎか?」

「分からんが……敵は軍人、もしくは軍人上がりだな」

 のぞき窓から外の様子を観察していると、廃城の周囲にはいつの間にかかがり火が大量にともされていた。その数は百に届くかどうか。

「人数を多く見せるおとりだ。兵力差がある時によく使われる手だよ」

「そう見せかけている可能性は?」

「……だったら人海戦術でとっくに攻めてきてる」

 轟音ごうおんが鳴り響く中、それよりも小さな音が聞こえてくる。おそらくは銃の類だ。昔の職場で使用したことがある。結局、予算不足で練習すら満足にできなかったが。

「さっきから轟音ごうおんが一発ずつしか鳴り響いていない。少なくとも攻城用の兵器は一つだ。城が崩れるという恐怖で人を追い立ててから、表で待ち伏せて迎撃、ってところだろうな」

「てことは……あいつ等は犬死か?」

 別に罪悪感があるわけではない。所詮しょせんは金と力で従えているだけの連中だ。いざとなれば切り捨てることもいとわない。一番大事なのは、自分の命なのだから。

「人数差は分からないが、一旦裏から……いや駄目だな。多分そっちも気付かれて人なり罠なり仕込んでいる可能性もある」

「おまけにそこから伏兵を送り込むこともできる、な」

 実力差を見て『犯罪者達の巣窟テミズレメ』から逃げてきただけのことはある。サンティアゴも決して馬鹿ではない。ただアレクシスよりかは知恵が回らないだけだ。

 今後の作戦を考えていると、ふとアレクシスはある疑問を抱いた。

「とりあえず……いや、ちょっと待て。何故ここがばれた?」

「……裏切り者がいやがったのか?」

 未だにビビって出遅れた部下達をにらむサンティアゴの肩をつかむと、アレクシスは自らの方を向かせてから、首を横に振った。

「多分違う。どうやら……連中を舐めていたみたいだ」

 おそらくはつけられたのだろう。流れの野盗をもちいたので足はつかないと思っていたが、どうやら見張りを見つけて、尾行してきたのかもしれない。

 ここ最近では交易路かあの店ダイナーしか襲ってない以上、一番怪しいのはあそこだ。

「つまり……相手は精々四、五人か」

「おまけに半分は女だ。たしか一人、魔法を使う奴がいたらしいが、使い慣れていないのか途中で打ち止めになってやがったそうだな」

「ああ、だから飛び道具で人数差を減らして……やばい! お前等、裏口を壊せっ・・・・・・!」

 突然のアレクシスの命令に疑問が浮かぶ者もいたが、ガン、と壁を殴って黙らせた。

「おい、どうしたっ!?」

「前から出るぞ、首領。轟音ごうおんが鳴ってすぐなら抜けられる」

 部下達が裏への抜け道をふさぐのを確認しつつ、アレクシスはサンティアゴに告げた。

轟音の正体あの得物おとりだ。本命は時間差で裏に回ってくる鬼札ジョーカーだ。連中の最大戦力とぶつかる前に逃げるぞっ!」

 閉鎖空間では、人数差よりも個人の力量が戦局を左右することが多い。兵力が足りないのであれば、少人数ずつ対応できる状況に持っていく。それが相手の狙いだと、アレクシスは気付いた。

 だから裏口をふさがせたのだ。伏兵による奇襲を防ぐ為に。

「そういうことか……お前等早くしろっ!」

 裏口をふさぎ終わり、後は前方に繰り出すだけだ。部下達を盾にしつつ森の中へ逃げ込めば、暗闇にまぎれて逃げ切れる。

「いや、首領も早くしてくれ」

「もう準備できてるぞ?」

 大太刀を背中に背負い、腰に刀を差すサンティアゴに向けて指を差すと、アレクシスはそれをゆっくりと下に向けた。

「……いいかげん、下穿いてくれ」

「あ……」

 今まで自分が何をやっていたのか忘れない程度には、頭を動かしていて欲しい。

 アレクシスは内心そう思いつつも、口にすることはなかった。




「……これも予定通り、っていうのかしらね」

 荷馬車を外した三輪電気自動車を運転して廃城の裏に回ってきたシャルロットは、膝元に置いた杖を確認してから、エンジンを始動させた。

 ブッチが立てた作戦はアレクシスの予想通りだったが、それは策の一つにぎなかった。

『策は何重にも練っておくものだ』

 作戦会議の際、ブッチはこうらした。

『よっぽどの兵力差でもない限り、相手の出方に応じて対処できるようにしておけば簡単に勝てる。だから軍師参謀とかの職業が成り立っているんだよ』

 事前に偵察した限り、地下に穴でも掘らなければ、あの廃城に出入り口は二つしかない。しかもシャルロットの役割は裏口を魔法でふさぐこと。そうすれば一方にしか人が出てこないので、そこを叩けば殲滅せんめつできる。

「おまけに相手が小賢こざかしかったら、逆に自分から裏口をふさぐかもしれない、か」

 本当にその通りになった。

 人数差がある相手への対処法の基本は、まとめて相手にしないことだ。そこへ最強の駒を進めれば、後は人数差があろうと関係ない。だから相手は数を活かし、壁やおとりにして逃げ出すしかないのだ。

ふさがれたみたいだけど念の為」

 シャルロットは杖を廃城の裏口に向け、呪文を唱えた。

「【大地トプラク】――【障壁バリャー】」

 せり上がった土が壁となり、裏口である横穴をふさいでいく。

 障壁系土属性魔法【大地・障壁】。本来は相手の攻撃を防ぐ為のものだが、先程のように動きを封じるのにも使える。

「もう少し勢いがあれば他にも使い道があるんでしょうけど……こんなものかしらね」

 穴をふさぎ終えたのを確認してから、シャルロットはハンドルを切った。

「遠回りしないといけないから三輪電気自動車これ乗ってるけど、充電持つかしらね……」

 あまり廃城近くは通れない。

 散開されてもいいように、かがり火を設置する際、カナタが大量のトラップを同時に仕込んでいるのだ。森の中に逃げ込めば、その餌食えじきになりかねない。かといって徒歩だと移動時間がかかりすぎる。だから虎の子の三輪電気自動車をシャルロットが借り受けることになったのだ。

「まあ、持ち逃げする程くずじゃないけどね」

 売ったところで一時的なもうけにしかならない。それよりも彼等との繋がりを残した方が今後の利益になる。特に、これからやろうとしていることを考えれば尚更なおさらだ。

 だからシャルロットは、彼等に手を貸すことにしたのだ。目先ではなく、今後の利益の為に。

「にしてもあれだけの量の火薬を用意しているとか……盗賊達の狙いも、本当はそっちじゃないの?」

 無灯火運転なのでおっかなびっくりハンドルを操作しながら、シャルロットは三輪電気自動車を発進させた。




 ……的を外した推理を口にしながら。

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