ダイナー『ストレンジャー』とゆかいな仲間達

桐生彩音

シリーズ001

000 異世界ダイナーと双子の転生者

 この『オルケ』という町には目立った特産もなく、あるのは一見穏やかに見える農耕地帯と、必要最低限の店舗のみだ。しかしこの近隣にはまとも・・・な商店はほとんどなく、嫌ならば属国である大国『ヤズ』の首都におもむかなければならないが、ここからでは馬車で三日は掛かってしまう。

 だから前世のアルバイト経験をもとに一儲けしようと、この町唯一の定食屋ダイナーを立ち上げたのが、転生者でもあるユキ・ゼイモトである。

 そんなユキの朝は早い。

 夜明け前に二階の自室から起き出して一階に降り、包丁の具合を確かめる。特に異常がなければ、そのまま料理の仕込みに取り掛かった。もう一人の従業員は未だに夢の中だが、開店前に掃除させるまでは寝かせておくのが、ダイナー『ストレンジャー』の習慣であった。

 この店の名物はこことは別の世界でのメジャーな食べ物、ハンバーガーだ。前世で働いていた店のレシピをこの世界でも調理可能なようにアレンジしたものだが、素材が若干・・異なるだけで味にそこまで差はない。ただし馴染みが薄いので、客足と一緒で注文数が伸びないのがユキの悩みの種だが。

「ぼちぼち、腹減ってきたな……」

 残りで作ったハンバーグパティと卵をフライパンに載せ、軽く塩胡椒こしょうを振ってから火に掛ける。一緒に水を張ったやかんも火に掛け、後は焼き上がるまで待てばいい。そして匂いに反応したのか、二階から足音が聞こえてきた。

「ふぁああ……おふぁよぉはん」

「おはよう、カナタ。コーヒー淹れてくれ」

 ユキとよく似た容姿の彼女、カナタ・ゼイモトはいつものこととコーヒーを淹れる準備に取り掛かる。金髪を伸ばして首元で縛っているユキと違い、カナタは肩程のセミロングをそのまま下ろしていた。

 双子であるユキとカナタの違いは、性別と髪形位だろう。ダイナー『ストレンジャー』はこの二人で運営されている。他に従業員はいない。

 店内はカウンターが五席、四人掛けのテーブル席が二つと規模が小さいので、二人でも十分賄えるのだ。

 そして朝食後に二人が掃除を終えた頃には、開店時間が近づいてくる。つまり気の早い常連が足を運ぶ頃合いだった。

 実際、店に向かってくる者が一人いた。

 紫がかった白髪の男は開店間近の『ストレンジャー』に入るとすぐに、座り慣れたカウンターの端の席に腰掛けた。

「いつもの」

「はいな」

 いつも通りのやり取りをしてから、カナタはユキに注文を伝えた。

「ゴピーブリ炒めと昨日の残飯スープよろ~」

「はいはい、ベーコンエッグとコーヒー、弁当の持ち帰りね」

 ……訂正、昨日は『ヤモリの串焼きと泡の抜けたエール』と伝えて、ユキはそれをきちんと本来の注文に訳していました。

 しかしやり取り自体はもう慣れているのか、見かけはショタ手前でも二人の幼馴染である常連のフィル・クロスライトは、気にしたそぶりも見せずに軽く伸びをしていた。

「随分眠そうだな。忙しいのか?」

「いや、面倒な仕事が入ってな。昨日はその準備してたら遅くなってさ、未だ眠いんだよ……」

 欠伸を噛み殺す幼馴染の為に、ユキはフィルのコーヒーを少し濃い目に淹れていく。ちなみにカナタは、残りの掃除と開店準備で店の前に出ていた。

「しっかし……」

 仕事着として購入し、改造したエプロンドレス(膝より上のミニ)で動き回るカナタのスカートの中を遠目で覗こうとするフィル。どうせ覗けないことは分かっているのか、ユキはそれをとがめることなく、淡々と注文通りの品をカウンターに並べた。

「……相変わらず覗けないな。いつも思うが、どうなっているんだ?」

「スカートに何か・・仕込んでんだろう、どうせ」

 実際、あれだけ(無駄に)動き回れば、覗こうとするフィルでなくとも、誰かしらの目に留まるはずだが、そういう話はユキですら聞いたことがない。

 そんなことを話しているうちに、カナタが札を返して開店OPENの合図を出してから、店の中に入ってきた。その後ろには、ユキ達が初めて見る男を連れている。

「おにぃ、お客やで~」

「いらっしゃい、ご注文は?」

「……鱗豚オーク肉のスペアリブだ」

 店内の看板を見て、男はそう注文してから、フィルとは二個隣、真ん中のカウンター席に腰掛けた。

「スペアリブね、ちょっと待っててくれ」

 仕込みはできているので、後は焼くだけだ。

 朝から胃もたれしないのかとも思うが、注文は注文だ。ユキが料理に手を抜く理由はない。

「そういえば、最近肉の物価が上がったって聞いたが、本当か?」

「肉以外にも上がってるよ。特に湖が近くにないから、魚介類がそろそろ倍額に届きそうだ」

 この世界に転生したユキやカナタが絶望したことの一つが、『海』そのものが存在しないことだった。幸いにも湖があちこちに点在しているので魚介類は事欠かないが、以前いた『地球』世界程豊富ではなく、入手の困難さがさらに値を吊り上げる原因と化している。

「お陰でブイヤベースやパエリアは未だに欠品扱いだ」

「パエリアは好物なんだけどな……」

「魚介類抜きで良ければ作ってやれるぞ。……はいおまち」

 水の入ったコップと、皿に盛りつけたスペアリブを男の前に置いた。カウンター席なのでカナタがわざわざ運ぶ必要もなく、給仕サーブしたユキはそのままキッチン内の椅子に腰掛け、フィルとの会話に戻った。

「……どっかで戦争でも始まるのか?」

「いや、鉄の相場は動いてないから……多分、交易路が潰れたんだと思う」

 戦争に不可欠なのは、食料だけではない。

 武器や防具を作る為の金属も重要となってくる。だから戦争が起きる前兆としては、関連する物全ての物価が上昇する。戦争に関わる国が、必要物資を徹底的に買い占めるからだ。

 しかし、鉄の相場が上がってない以上、恐らくはフィルの考えが正しいのだろう。

「ただでさえ、南東には『犯罪者達の巣窟テミズレメ』があるんだ。この町だって、周囲は盗賊に囲まれていると考えた方がいいだろうな」

「それで行商が護衛代をケチってたら、世話ないよな……」

「……まったくだ」

 しかし、ユキに応えたのはフィルではなく、黙々とスペアリブを食べていたはずの男だった。その手には武器があり、刃をカウンター上に掲げ、ユキの首元に当てている。

「金がない。首掻っ切られたくなかったら、食料を寄越せ」

「はあ、またか・・・……」

 突き出された小剣ショートソードは刃こぼれが酷く、柄の方の刀身にはさびが浮いている。おそらくは盗賊に身をやつした冒険者崩れだ。この辺りでは特段、珍しいことではない。

「昔は同じ状況でもビビったんだけどな……慣れてくるとこうも無反応になるのかと、若干寂しくなってくる」

「おい、聞いてんのかっ!?」

 ユキは動かない。フィルも視線は切らないものの、コーヒーを飲んでいる。

「いいからさっさどがはっ!?」

「ほい一丁っ!」

 こっそりと忍び寄ったカナタがフライパンで(面ではなく縁を打点にして)ぶん殴った。

 男の背後が見えていた二人には分かり切っていた結末だったので、特に感慨もなく、双子掛かりで身包みぐるみをいでいく。フィルは拾い上げた小剣ショートソードの方を確かめていた。

「……駄目だな。売り物にならん」

「持ち物も大したことないし……こいつが賞金首であることを祈るか」

 前世では平和な世界に生きていたものの、今世では生まれた時からこれが当たり前になっているのだ。今更盗賊の一人や二人、怖がる者はフィルを含めてこの店にはいない。

「やれやれ……また食い逃げかいな」

「いつものことだろ」

 そう言うユキだが、フィルは思うところがあるのか、朝食代をカウンターの上に置き、立ち上がりながら口を開いた。

「とはいえ、さっきの話もあるし……いいかげん、考えた方がいいんじゃないのか?」

「……そんな金あるように見えるか?」

 懐事情を理解しているのか、フィルは弁当を片手に、静かに首を振る。

 しかしユキも以前から考えていたことなので、今回を機に本気で検討せざるを得なくなっていた。




「護衛……雇うかな?」

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