第16話 しずやしず...(三)

「で、何か分かったのか?」


って、水本がごくごくっと麦茶を飲み干して言う。

 菅生に相談された話をラインしたら、バスケ部の合宿が終わってすぐ、家にやってきた。

 って、お前シャワーくらい浴びてから来いよ。

 来てすぐに

 

『風呂貸せ』


は無いだろ。まぁいいけど、頭まだ濡れてんぞ。


「水も滴るいい男って言うだろ」


って、お前が言うと冗談に聞こえない。やだね、格好いいの自覚してるヤツは。


「それなりに調べたんだけど......」


 あの和歌みたいのは、源義経の恋人、静御前が義経と生き別れて頼朝に捕まって、鎌倉鶴岡八幡宮で頼朝の前で舞った時に義経を思って歌った謡なんだって。


「よく殺されなかったな......」


 まぁそりゃ頼朝は激怒したけど、奥さんの政子さんが取りなしたから、その場は収まったんだけど。


「その後に生まれた子は由比ヶ浜にすてられたんだって」


「ひでぇことすんなぁ......」


 口を尖らせる水本。確かに俺もそう思うわ。


「.......で、そうすると菅生の姉さんは静御前の生まれ変わりってことか」


「そうだね......」


 なんらかのきっかけで思い出したんだろうけど、その『過去』から救うにはどうしたらいいんだ?


「やっぱ、義経と逢わせるのが一番じゃね?」


と水本。それはその通りなんだけど......。


「義経って何処にいるんだ?」


 問題はそこだよね。


「義経が討たれたのは平泉だな。もしかしたら、そこにいるかもな」


 水本がググりながら言う。


「平泉ってどこ?」


「岩手だよ。.......親父さん行ってんだろ?」


 そう、俺の親父は自衛官で今は岩手駐屯地にいる。

 とんでもないド田舎らしい。


「でも岩手って言っても広いだろ?」


「まぁな.......てか、その前に菅生の両親が承知するかじゃねぇの?」


 確かにそうだな。いきなり妹の友達が岩手いきましょう、ってそりゃ怪しすぎるわ。






 ところが.......


 事態はいきなり動き出した。


 仮説ではあるけれど、心配しているであろう菅生にラインを入れたところ......。


『お姉ちゃんが、家出した。行き先が分からない』


という返事が青ざめたスタンプと一緒に返ってきた。



「心当たりは無いのか?」


急いで電話を入れた俺の耳に半泣きの菅生の声が飛び込んできた。


『分からないけど、小野君からのラインの話をお母さんとしてたら、お姉ちゃんがいきなり入ってきて......。私のスマホ取り上げたの』


 しばらくじっと凝視していて、それから菅生のスマホを投げ捨てて、部屋に戻っていった。

 翌朝、お母さんが起こしに行ったらいなかった......もぬけの殻だった、という。

 俺は水本と顔を見合わせた。

 

「行ったのかな?岩手」


「たぶんな.......。新幹線の時間わかるか?」


 早朝に出たのか、夜中に出たのかは分からないが、駅員さんに問い合わせたところ、朝一番の新幹線にひとりで乗っていた若い女性はいた、という。


「今から電車で追っても間に合いませんよ。菅生さんにはとりあえず連絡を入れて、私たちは車で向かいましょう」


 馬頭さんの言葉に俺たちは頷き、急いで菅生にラインを入れて車に飛び乗った。


「飛ばすぞ。シートベルトしとけ」


 いつの間にか帰ってきた牛頭さんが、ハンドルを握っていた。


「普通じゃない道を通るからな。よく掴まっとけ」


「わかってる。高速乗るんだよね」


と言う俺たちに馬頭さんが緊張した面持ちで言った。


「違います。冥府を通ります......急ぐので」


 その言葉と同時にぐわんと空間がふたつに割れて、俺たちの車は真っ暗なトンネルのようなところに突っ込んでいった。

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