どうせ女に縁のない人生なんでしょ?と言われたので見返そうとしたら、我が家に「母なる者」と「姉を名乗る不審者」と「メスガキ妹」が揃いました

メソポ・たみあ

第1話 母なる者


 思えば、確かにこれまで女性に縁のない人生だった。

 シングルファーザーの父の下、男手一つで育てられ早17年。

 高校二年生になっても彼女すらできず、事実として俺はあらゆる意味で女性の温もりを知らない。

 だからこそ、あの一言は俺を突き動かしたのだと思う。

 それがまさか、あんな人たちを呼び寄せてしまうとも知らずに……



   ※



「銀次のことだし、これから先もどうせ女に縁のない人生なんでしょ?」


 それはクラスメートの佐藤姫子との会話中、彼女が発した言葉だった。

 彼女の言い草に、俺は少しムッとする。


「そんな言い方はないだろ。俺だっていつか彼女ができるかもしれないのに」

「へえ、銀次が? 無理よ無理、アンタが女子とマトモに話してるのなんてほとんど見たことないのに」

「今こうしてお前と話してる」

「じゃあ今日アタシ以外クラスの女子と話した?」

「……してないが」

「ほらやっぱり」


 姫子は小馬鹿にしたようにケラケラと笑う。

 コイツは俺と同じクラスの女子で、クラス内カーストでは最上位に位置するような目立つ奴だ。

 男女問わず友人が多く、所謂クラスの人気者。

 俺とは友人、と呼べるほどの仲ではないのだが、何故かたま~にこうして話しかけてくる。

 その都度こうして嫌味が入った話題を振られるので、俺は鬱陶しいと思っているが。


 ――俺の名前は畑中はたなか銀次ぎんじ

 現在高校二年生の17歳で、特に部活はやってない。

 ちなみに陽キャか陰キャかで言えば、まあ陰キャ寄りだろう。

 自分では自分のことをこれといった特徴のない一般高校男児くらいに思っているのだが、


「そもそも、いつか彼女ができるかも~なんて言ってる男ほど彼女できないものよ? それにアンタ如何にも女運なさそうな顔してるし」

「うぐっ……そ、それはそうかもしれんが……」


 ――確かに〝女運〟という一点を顧みれば、俺は天に見放されてるレベルと言えるかもしれない。

 物心つく前に両親が離婚し、俺はこれまでシングルファーザーの父によって男手一つで育てられた。

 勿論、姉や妹なんていない完全な一人っ子。

 そんな女っ気0%な家庭環境にいたせいなのか、正直言って未だに女性との付き合い方がよくわからない。

 大抵の女性と話しても会話が続かず、同い年の女子からはノリが悪いと言われ、場合によってはウザいと陰口まで叩かれた。

 特に中学の時はそれが顕著で、以降俺は自分から女性に話しかけに行くことに消極的になったのだ。

 さっきはいつか彼女ができるかも、なんて出まかせを言ったが、難しいだろうなってことくらいは自分でもわかってる。


「もう諦めれば? アンタは一生独り身で寂しく生きていくんだから。でもまあ? アタシに頭でも下げれば彼女を紹介してあげなくもないけど? 今空いてるのが一人いるし」


 もの凄い上から目線で姫子が言う。

 その言い草には、流石に俺もちょっとカチンときた。

 性悪陽キャ女め……そこまでして陰キャからマウントを取りたいってか……。


「……バカにし過ぎだろ」

「え?」

「俺にだって女の知り合いくらいいるし、彼女も作ろうと思えば作れる。お前の手なんて借りなくてもな。バカにすんな」

「ちょ、ちょっと怒ったの? 流石に冗談だってば」

「ああムカついた。今に見てろ、今日中にでも彼女作ってやるよ」


 そう啖呵を切って席を立ち、俺はクラスから出て行く。

 舐めやがって……彼女なんてこっちから女子に声をかけ続けてればいつかはできるだろ。

 …………でも、なんて声をかければいいんだ?


 ――今日はいい天気ですね?

 ――少しお話しませんか?

 ――ウェーイ、そこの彼女暇してるー?


 ……ダメだ、よくわからん。

 まあとにかく、なんでもいいから会話の糸口を――

 そんなことを考えながら廊下の曲がり角に差し掛かった時、角の向こうから人影が現れる。

 ぶつかりそうになった俺は反射的に身体を逸らして避けようとするが、足が滑って思いっきりすっ転んでしまった。


「うわっ!? 痛った……!」

「きゃあ! ご、ごめんなさい。大丈夫ぅ?」

「だ、大丈夫――って、衣緒莉いおり先生?」


 ついた尻餅を擦りながら見上げると、そこには俺のクラス担任である桜江さくらえ衣緒莉いおり先生の姿があった。

 結われた長い髪とどこかおっとりとした顔付きが大人の女性という雰囲気を醸し出している。

 年齢はまだ28歳と教員としては若く、温厚で包容力のある性格から生徒からの人気も高い。

 片親で色々と難のある生活を送っている俺のことも気にかけてくれており、よく相談にも乗ってくれる頼りがいのある先生だ。

 俺の数少ない女性の知り合いと呼べる人物でもある。

 まあ……少し変わったところもあるが……。

 俺は立ち上がると、


「すみませんでした、ちょっと考え事をしていて……。先生も怪我はなかったですか?」

「ええ、大丈夫よぉ。銀くんも痛かったわねぇ。よしよし、痛いの痛いの~飛んでけ~♪」

「こ、子供扱いしないでください! 俺はもう高二なんですから……!」

「ふふ~、17歳はまだまだ子供ですよぉ~。銀次くんも、もっと甘えていいからねぇ~。ぎゅう♪」

「うわっ! こ、こんなところで抱き着かないでくださいよ! ああもう、離れて!」


 俺を抱き寄せ、その豊満な胸に顔を埋めさせてナデナデと頭を撫でる衣緒莉先生。

 そうなのだ、これがこの人の困った部分。

 場も弁えずに生徒を甘やかして、可愛い子供扱いしてくる。

 しかも何故か俺にはそれがより顕著で、隙あらば甘やかしたり、しなくてもいい世話を焼こうとしてくるのだ。

 俺の境遇を知っているが故に親身になってくれている、のだと思う。

 頼りがいのある人……なのは間違いないのだが、完全に距離感がバグっていて俺は辟易している。

 

「ところで、さっき考え事をしてたって言ってたけど……なにかあったのぉ?」

「いえ、別に大したことじゃ……」

「む、先生に隠し事はよくないわぁ。正直に言いなさい」

「本当に先生が気にするほど話では――」

「すん、すん……悲しいわぁ……銀くんったら反抗期なのねぇ……あんなに愛情一杯に接していたのに……私はもう先生失格……すん、すん」

「わかった、わかりました! 話します! 話しますから泣かないでください!」

「本当!? 銀くんはやっぱりいい子ねぇ。愛してるわぁ♪」

「はぁ……」


 ホント、調子狂うなぁ……。

 なんか衣緒莉先生と話してると、もし俺に母親がいたらこんな感じだったのかもしれないと思う時があるよ。

 本当の母親がいたことはないから、よく知らないけど。


「さ、先生に話してごらん? なにがあったのかな?」

「は、はい、実は――」

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