見えない本命、見える二番目

ゆーり。

見えない本命、見える二番目①




麻人(アサト)が病院へ向けて全速力なのには理由がある。 入院しているはずの彼女が目覚めたという連絡が急遽入ったためだ。

だが脳裏に浮かぶのは謝罪の言葉ばかりで、目覚めて嬉しいという気持ちと反省の念が半々だった。


―――汐見(シオミ)の身体が元々弱いことは分かっていたんだ。

―――喧嘩をしたせいで頭に血が上り、汐見は倒れてしまった。

―――・・・謝ったら許してくれるかな。


手土産は迷ったが好きな食べ物を食べさせてやりたいという思いから、急いで購入し病院へ駆け付けている。 

部屋は分かっているため受付で簡単に挨拶をし病室へと向かうと、病室の前で中から汐見と数人の友人の会話が聞こえてきた。


「今から麻人くんが来てくれるって!」


声には憶えがある、というよりも彼女が麻人に連絡をくれた張本人だ。 汐見と特に仲がよく、その関係で麻人とも仲がいい。

このまま勢いで入るのもありだったが、気持ち的に完全な前向きではないため部屋の前で立ち止まってしまった。


「本当!? 麻人くん、来てくれるの!?」

「そんな嬉しそうな顔しちゃって。 本当に麻人くんのことが好きなんだね?」

「うん、大好きッ!」

「令仁くんもイケメンでカッコ良かったけどなぁ。 汐見がよかったら、私が付き合っちゃおうかな?」

「どうぞどうぞ」


病室内は随分と盛り上がっている様子だ。 それを聞く麻人は倒れる前の喧嘩が気にかかっていて、どのような顔で入ればいいのか分からなくなってしまっていた。 


―――というか、喧嘩していたことを憶えていないんじゃ・・・?


もし怒っているのならもう少し言葉の端にでも不機嫌な感じが出ていてもおかしくはない。 憶えていないのならわざわざ蒸し返すのも病み上がりとなる汐見にはよくないと思った。 

中の友人たちに聞いてもらうという手もあるが、病室前でこんなに葛藤している自分が女々しく思えた。


―――よし、入るか。

―――一応喧嘩のことを憶えているつもりでいよう。


病室の扉を叩き入室する。


「・・・やぁ、おはよう」

「・・・」

「ごめん。 汐見の好きなお菓子を買っていたら遅れた」

「・・・」


何を言っても汐見から反応はなく、横に座る友人に話しかけている。 友人たちは麻人に気付き汐見との間を視線が行ったり来たりしていた。


「し、汐見。 麻人くん来てくれたよ?」

「・・・え? 何言ってるの?」


汐見が訝しむような顔をしたことで、やり取りしていた友人が麻人のもとへとやってきて耳打ちする。


「ちょっとちょっと! 何かあったの?」

「倒れる前に喧嘩しちゃってさ」

「あぁ、そういうこと。 どっちが悪いのかは知らないけど、汐見の機嫌はよさそうだし麻人くんのことが大好きって言っていたから、謝ったらすぐに許してくれると思うよ?」

「そのつもりだったから。 ありがとう」


麻人は汐見の隣まで歩み寄ると大きく頭を下げた。


「俺が悪かった! 汐見のこと大切に想っていたからこそ、あんなことを言ってしまった。 今後はもっと汐見の意見を尊重するから、許してくれ!」

「・・・」


頭を下げたまま待ってみたが何の反応もない。 どうやらかなり怒っているようだ。 そう思ったのだが、顔を上げてみると病室の空気がどこかおかしいことに気付く。 

汐見は自分のことを見るわけでもなく、視線を友人たちの間でさ迷わせていた。


「・・・え、何? みんなどうしたの?」

「いや、どうしたって・・・」


その時麻人のスマートフォンが震えた。 見ると隣にいる汐見の友人からこっそりとメッセージが届いていた。


『喧嘩の内容を詳しく!』


急いでスマートフォンを操作し返信を打ち込む。


『体調悪そうなのに俺の晩飯を作ろうとしたから、俺が作るって言ったら怒られた』

『・・・へ? それだけ?』


それには返事せず頷いてみせた。 友人はそれを見て汐見に言う。


「ちょっとぉ、汐見! これだけ謝っているんだから許してあげな? というか、寧ろそれって喜ぶところだったと思うんだけど?」

「うん? 喜ぶって何が?」

「喧嘩のこと。 病院に連れてきてくれたのも麻人くんなんだよ?」

「うん、だと思ってた! 本当に最高の彼氏でしょ?」


その言葉で麻人も何かおかしいことに気付く。


「・・・もしかして、俺のことが見えていないのか?」



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