第17話 同棲と決心
バッティングセンターでの気分転換、もとい現実逃避は終わった。
我が家にたどり着いた後、諸々のことを済ませ、くつろぎつつスマホをいじる。
平穏が壊されたのはそれから数分後のことだった。
ピンポーン。
インターホンが鳴る。
「はい」
『晴翔君? 私、初川でーす』
「ちょっと待ってくださいね」
鍵を開けると、いわずもがな優里亜さんがいた。
「帰ってくるのが遅かったね、晴翔君」
「そうですかね、そんなでもない気が……というかなぜ帰ったタイミングを見計らったかのように?」
「冴海ちゃんが連絡をくれたのよ。『晴翔帰宅したはず』ってね」
「まさか行動を把握されているとは……」
ヤンデレは恐ろしいと身をもってわかるいい例なのかもしれないが、純粋に狂気の沙汰である。
あと、優里亜さんと冴海ちゃんが連絡先を交換していたのは意外だった。
「凄いわね、あの子。将来は探偵とかスパイとか……あと刑事とかもいいかも」
「地獄の果てまで犯人を追いかけてそうですね」
「たしかに!」
一度ロックオンされたら絶対逃げ切れないだろう。現に冴海ちゃんからの監視の目が光っている実例があるわけだ。
部屋へ招き、優里亜さんをソファに座らせる。
「それで、本日の要件は?」
「もちろん同棲のことね」
先日、同棲という言葉が出たのは記憶に新しい。たった数日でお隣さんから同棲相手に昇格しかけるなんて、前例がないだろう。
あれから、本日の休日まで頭を冷やそうと、優里亜さんとは会うのを控えていた。完全に同棲をするところまでは結局決まらず、いわば口約束のような状態だった。
「たしかに今日結論を出すとはいいましたね」
「そうそう。で、どうするの?」
この決断を下すのに、いささか気が進まず、バッティングセンターに逃げ込んでしまった。
バッティングセンターに寄る前にも、近くのショッピングモールもどきにて、スポーツショップでわけもなく引退前にやっていた競技の用品を物色したりしていた。
心が不安定だったわけだ。
「じっくり考えました。僕たちは事を急ぎすぎている気がします」
「というと?」
「僕たちはまだ出会ってまだ一週間程度。同棲の検討をしたのは、わずか出会って数日。このスパンの短さはどう考えても異常ですよ」
「うーん、そうかしら」
さも、それがなんら不思議なことでもないかのように、優里亜さんは疑問の意を示す。
「僕たちは恋人ですらありません。出会って間もないお隣さん同士です」
「つれないこといわないでよ。私の中では、晴翔君は盟友なの。いざというときに
は身を呈して守ろうと思えるかな」
「僕で命張れるレベルなら、優里亜さんはいくら命があっても足りなさそうだ」
友達百人くらい朝飯前で作れそうな優里亜さんである。盟友といわれてうれしいのは山々だが、その感じだと、いったい何人くらい命を張れる人がいるのだろうか。
「うん、命張れるはいいすぎた。せいぜい連帯保証人くらいにはなるつもり」
「ノーコメントで」
金銭問題で苦しんでいた彼女であるから、かなりコメントしづらい。自虐ネタなのだろうが、下手な触り方をして空気が悪くなるのは避けたい。
「話を戻しますが。一時の気の迷いで同棲を快諾してしまった気がして」
「そう思い悩まないで。同棲っていうのは最終形態。私の生活費を切りつめることを考えると、同居が一番安く済みそうだから」
「
「やっぱりそういう風に思われちゃうかな?」
「……他人から見ればそうかもしれないですね」
考えの切り口をすこし変えればわかる話だ。タイプど真ん中の異性との同居だなんて都合のいい話があるはずない。裏があるはずなのだ。
そういいきかせればいいきかせるほど、優里亜さんと若干距離をとろうとしてしまう。
近づきたいという本能と、離れるべきだと訴える理性。ふたつがせめぎあっていたのも、決断を避けてきた理由といえるかもしれない。
「そうよね……晴翔君はどこか不信感があるように思うけど、私、嘘はついていないし、真面目に提案しているからね?」
「……」
「順序なんてどうでもいいじゃない? 出会って間もない男女が同棲しちゃいけないとか、 好きな人とじゃなきゃ同棲は許されていない。そんなルール、存在する? しないでしょう。別に完全な同棲じゃないわけだし、深く悩む必要はないわ」
縁菜には、同棲すると伝えた。本人を前にしなければ、気を張らずにいえた。
だが、本人の前となると、突如としてハードルができてしまう。答えを断言したくないという思いに囚われてしまう。
「……やっぱり、答えを出せません」
「そっか。優柔不断なところ、別に嫌いじゃないからね? 私からすれば、そんな大きく変わらないと思うんだけどな」
こちらの気持ちの問題だ。それも、あまりにも身勝手な気持ちだ。
「無理しなくていいから。気持ちの整理がついていないだけだと思うから」
優里亜さんは俯き、ややあって、顔をあげた。
「まずは、お隣さんからよろしくね?」
「まるで告白みたいじゃないですか」
「告白じゃ、だめかな?」
「え?」
ドギマギしてしまう。あんなにしょうもないことで悩んでいたが、こうやって本能を刺激されると、理性が引っ込んでしまう。
「……なーんてね。別に晴翔君のことタイプじゃないし」
「冗談が過ぎますよ」
「これはどっちだと思う?」
……本当に、優里亜さんはわからない人だ。
でも、だからこそ惹かれてしまう。それが、お姉さんの危険な魅力なんだと、俺は思う。
同棲はチキってしまったが、これから、ほぼ同棲のような日々が繰り広げられることだろう。
メンタルと理性がどこまで持つか、いまはそれだけが不安だ。
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