第34話 冬のはじまり

 騒がしいアルフレッドが王都へ帰還して、館はもとの静けさを取り戻した。

 アルフレッドと護衛の三人がいなくなって、新たに増えた白銀の騎士が四人なので、総数としては一人増えたはずなのだが、静かだ。

 アルフレッドがどれだけ一人で騒いでいたかがわかる。

 アルフの前ではひたすらアルフに話しかけ、アルフがいなければひたすら周囲の人間にアルフについてを話しかけ続けるのだ。


 ……おかげでアルフさんの豆知識に詳しくなりました。


 館で一番の暇人としてか、転生者と疑われて目を付けられたのか、アルフレッドには頻繁に餌食にされた。

 メンヒシュミ教会へ行かない日など、アルフが来るまで延々話し相手とリバーシをさせられたのだ。


 ……もう当分会いたくない。


 アルフレッドから開放されたアルフも似た心境なのだろう。

 翌日は気疲れからか丸一日寝込んでいたそうだ。


 ……アルフレッド様はもう勘弁だけど、白銀の騎士は結構面白い。


 新たに館へ滞在することになった四人の騎士は、基本的にはジャスパーの見張りとして客間に詰めている。

 こちらから近づいて行かない限り顔を合わせることはないのだが、顔を合わせればいろいろとレオナルドの昔話を聞かせてくれた。

 さすがはレオナルドの元・同僚たちである。

 中には、話を聞いているとレオナルドが私と騎士を引き離しに来るような内容まであった。

 いつか何かに有効活用させてもらおうと思う。


 副団長であろう、と当たりを付けたジークヴァルトは、レオナルドが白銀の騎士団にいた頃は騎士団長だったらしい。

 黒騎士以上に実力主義の白銀の騎士もまた、強さで団長・副団長を決めているとのことだった。

 今の団長はティモンで、彼はなんとジークヴァルトの息子だったようだ。

 致命的なまでに身長の足りないジークヴァルトだったが、長身で美人の奥様がいるらしく、そのおかげかティモンの身長は人並みに届いていた。


 ……ジークヴァルト様が私のお養父とうさんって未来もあったんだね。


 ジークヴァルトとレオナルドの関係は良好で、昔養子としてレオナルドを引き取るという話が出たこともあったらしい。

 その時に話が纏まっていれば、私は今頃ジークヴァルトを養父ちちと呼んでいたかもしれないので、なんだか不思議だ。

 事前に王都では女性関係でいろいろあったと聞いていたが、その時にレオナルドは人間関係が面倒になり、養子の話も断ってしまったそうだ。

 面倒な女と一緒くたに話を蹴られた形にはなってしまったが、ジークヴァルトは気を悪くすることもなく、未だにレオナルドを自分の息子のように気にかけてくれていた。

 噂に聞いたわたしのことも、持て余しているのではと気にかけてくれていたようだ。


 ……レオナルドさんがいろんな人に好かれているのは判るんだよね。アーロン様とか。


 これもジークヴァルトが教えてくれた話だが、滞在中ほとんど私と会話をしなかったアーロンは、レオナルドを追いかけて騎士になったらしい。

 孤児から騎士に、という所謂いわゆる立身出世要素が受けて、レオナルドは王都で少年に大人気なのだとか。


 ……そういえば、テオもレオナルドさんの前ではおとなしかったっけ。


 あれは憧れの人を目の前にしての緊張状態だったらしい。

 王都ではどうか知らないが、今はグルノール砦で黒騎士だ、と言ったら、所属自体はまだ白銀の騎士なのだ、と教えられた。

 アルフともども。


 ……アルフさんも白銀の騎士だったんだね。


 知らなかった。

 しかしそうなると、レオナルドの引っかかった女のせいで、白銀の騎士から二人も有望な若者が抜けたことになる。

 王族の護衛も任される騎士に傷を与えたのだ、女の方もなんらかの制裁は受けていてほしい気がした。


 ……んだけど、ちゃんと制裁受けたんだね、女の方も。


 ジークヴァルトは言葉を濁したので、別の白銀の騎士に聞いてみた。

 王都で少年たちに大人気のレオナルドは、婿がねとしても大人気で、取り込みたい貴族やらなにやらも当然多かったらしい。

 その中から抜きんでて、なんとかレオナルドをその気にさせることに成功した娘がいたのだが、あろうことかその娘はレオナルドが戦場に出ている間に妊娠した。

 当初はレオナルドの子だと触れ回っていたそうだが、指一本娘に触れていなかったレオナルドに娘を孕ませる真似などできるはずもなく、のちに腹の子の父親だと判明した白騎士は娘の父親により閑職へと追いやられ、娘は勘当同然でその男に嫁がされたのだとか。


 ……うわぁ。レオナルドさんの女運の悪さ、神がかり的だね。


 見る目がないのか、変な女ばかり寄ってくるというのか、聞けば聞くだけ気の毒になってくる。


 ……あれ? でも別の男の子どもを妊娠して、その男に嫁いだっていうんなら、別に制裁でもなんでもなくない?


 レオナルドを裏切った女的には心移りした相手に嫁げたのだから、おんではなかろうか。

 そう思ったのだが、女的には父親から勘当されること自体がキツイ制裁になるらしい。

 身分ある父親の娘として生まれ、その身分を剥奪されて出世の望めない男に嫁がされるのだ。

 娘を娶るはめになった男の方も、出世の道を絶たれるわ、女の父親には睨まれるわでわざわいにしかなっていない。

 何しろ、恋人が戦場にいる間に別の男と通じて妊娠するような女なのだ。

 自分の子どもとして押し付けられた赤子が、本当に自分の子どもであるという保障はない。


 ……うん、ドロドロだ。そりゃ、人間関係が嫌になるかもしれない。


 こうしてレオナルドは戦果を認められ、褒賞として幾許いくばくかの自由を得た。

 黒騎士として、しばらく王都から離れるという形をとって。


 ……レオナルドさんに戦力が集中してもお偉いさんが警戒しない理由が、ちょっと解ったかも。


 娘の父親の身分まではわからないが、それなりに発言力のある人間なのだろう。

 義理の息子にはしそこなったが、その人物がレオナルドを守っているのだ。


 そろそろ王都に戻っても良い頃合だと思う、と会話を結ぶ騎士に、じっと顔を見られた。

 これはたぶん、それとなくレオナルドに伝えておけ、と言うことだろう。


 ……子どもの私にそういう駆け引きは期待しないでください。そんな嫌な目にあったトコになんて、わざわざ近づかせたくありませんよ。


 近頃ではちゃんと身内あにだと実感しつつあるのだ。

 好きこのんで自分の兄貴を、嫌な思い出のある場所になど追い込みたいと思うわけがない。


 ……でも、場合によっては王都にお引越し、ってこともあるのか。


 メイユ村を出たと思ったらオレリアの家に行き、グルノールの街へ来たと思ったら冬は旅行へと誘われて、レオナルドが呼び戻されることがあれば王都へ引っ越すかもしれない、となかなか落ち着かない生活だ。

 レオナルドはこんな生活をずっとしてきたのだろうか。






 秋が終わってメンヒシュミ教会へ通わなくなると、ぐっと気温が下がった。

 時折雪がちらつく日もあるぐらいだ。

 こうも寒くなってくると、裏門でお昼を食べることもなくなる。

 体力づくりと称して庭を散策していたのも、コクまろの散歩に出るぐらいになっていた。


 ……冬はメンヒシュミ教会に行かないことにして良かった!


 レオナルドが買ってくれたコートは生地が厚く、内側には毛皮も張られていて温かいのだが、出歩かないに勝る防寒対策はない。

 暖房光熱費など私が気にする必要はないほど稼いでいる、といったレオナルドの言葉に嘘はなく、館はいつでも温かかった。

 とくに二度と私に風邪などひかせてなるものか、と私の部屋の暖房は準備万端だ。

 暖炉はすぐに使えるように用意されているし、小さな薪ストーブも運び込まれている。


 ……でも、日中はほとんど居間にいるけどね、私。


 犬は二階には入れない、と家主のレオナルドがルールを決めたので、コクまろは三階の私の部屋には入れない。

 そのため、コクまろと温かく過ごそうと思ったら、居間の暖炉の前に陣取るしかないのだ。


 塗板こくばんを使っての勉強にも飽き、足元で丸くなるコクまろの頭を時々撫でながらぼんやりと暖炉の火を見つめる。

 慰霊祭以降、時々メイユ村でのことを思いだすことが増えてきた。


 ……今頃ホームシック?


 本当に今頃だ。

 春がくればレオナルドに引き取られて一年になる。

 両親が死んで一年でもある。


 ……去年の冬はワーズ病でどこの家も寝込んでて、お父さんたちが看病に出かけたりしてたけど、私だけ家の中にいなさいって閉じ込められてたっけ。


 病が村に広がり始めたのは、秋の終わりだった。

 慰霊祭の頃か、もう少しあとだ。


 ……去年は一人で一日家の中で遊ぶとか、全然平気だったんだけどなぁ?


 今年はなんだか寂しい。

 今年はレオナルドが贈ってくれた仔犬が足元にいる。

 同じ館内にレオナルドもバルトやタビサもいるし、滞在している人間だけならジャスパーや白銀の騎士もいる。

 両親と暮らしていた家よりも人が多いのだが、なんとなく寂しさに耐えきれなくなり、たまに様子を見に来るレオナルドを捕まえては長椅子に座らせる。

 長椅子に座らせてしまえば、こちらのものだ。

 あとは膝の上へと乗ってしまえば、レオナルドは私が膝から降りるまで長椅子に座り続けるしかない。


「どうした、ティナ? 寒いのか? 冬になったら急に甘えただな」


 膝に陣取るが、特に何かするわけでもない私を、レオナルドは苦笑いを浮かべながら抱き寄せる。

 密着して頭を撫でられていると少し暑苦しいのだが、なんとなく落ち着いた。


「去年の冬は、お父さんとお母さんとオーバンさんたちがいたにょに、今年はわたしだけなのが不思議れす」


 私だけが生き残っているのが不思議でしかたがない。

 なんとなく思ったことをそのまま伝えたら、抱き込まれた。

 レオナルドの胸に耳があたり、心臓の音が聞こえる。


「今年は俺とコクまろがいるぞ。夜にはアルフも来るし、タビサやバルトもいるだろう」


「……そうれすね」


 メイユ村に住んでいた頃周囲にいた人間は一人もいなくなったが、村を出てから知り合った人間は何人もいる。

 その中にも、もうこの世にはいない人が何人もいた。


 ……屋根裏部屋にこもりたいなぁ。


 あの狭い部屋は、メイユ村の家が思いだされて落ち着く。

 けれど、きっと今は入れない方が正解な気がした。

 今あの狭い部屋に入ったら、きっとずっと両親との思い出に浸って部屋から出て来れなくなる。

 そんな気がするのだ。


 結局、遅すぎるホームシックを発病した私は、そのまま人恋しさでレオナルドにべったりと甘えた。

 とにかく甘えた。

 離れがたくて移動する先々に付いて回ったら、根負けしたレオナルドは仕事を自室ですることは諦め、居間へと場所を移した。

 さすがに申し訳ないなとは思ったのだが、彼が兄を自称し、私も妹として扱われているので、家族として今は遠慮を忘れることにする。


 カルガモ状態の私にアルフが呆れた顔をしていたが、暖房光熱費の節約です、と澄まし顔で返したら盛大に笑っていた。

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