第6章
彼は煙草を咥えたまま、手で畳の上を探り、潰れかけた発泡酒の空き缶を置き、灰皿代わりにした。
何気なく俺は傍らに目を移す。
ゴミ袋の向こうに、DVDのパッケージが見えた。
まあ、いい年の男の一人暮らしだ。
どんなジャンルであるかは、凡そ見当は付くだろう。
そう、お察しの通り。
女性があられもない姿でのたうち回っている、
”その手の作品”である。
俺がDVDを見つけたのを察したんだろう。
RAN先生はそいつの上に、傍らにだらしなく畳まれていた布団から毛布を取り上げて隠した。
『僕だって男ですからね。このくらいのものは見たりしますよ。悪いけど、これからまた仕事にかからなくちゃならないんだ。次の締め切りが迫っているんでね』
つまりは”帰れ”という事なんだろう。
俺は腰を上げながら、シナモンスティックを咥え、
『分かりました。今日の所は失礼致します。ただ、私も仕事ですからな。事実をつきとめるまでは諦めませんから』
そう言い置いて部屋を出た。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺はスマホのボタンを操作して、記憶していた番号にかけた。
”はい、スワン企画でございます”
女の声だ。
少しばかり驚いた。
何せ向こうはAV業界では割と知られた制作会社なんだからな。
『私はある風俗向けのフリーライターなんですが、お宅の会社の製品について、取材をしたいと思いましてね。社長さんとお話出来ますか?』
ちょっとお待ちくださいといって、”エリーゼの為に”が2分間耳の傍で鳴り、すぐに、
”今日はスケジュールは開いていませんが、明日の午後1時から20分ほどでしたら、予定がとれますが”という。
『分かりました。ならそれで結構です。』
俺がそう答えると、
”では”と、返し、電話は切れた。
嘘は嫌いだが、探偵だって、時にはこういう真似だってするんだ。
何しろ銭がかかっているんだからな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
赤坂にあるビルの六階にあるその事務所は、オフィスと、ドアを隔てた社長室しかない、ごくささやかなものだった。
社長室とはいっても、大して広くはない。
そこらじゅうに段ボールが積み上げてあり、事務用のデスクとソファがあるだけだった。
俺は探偵免許とバッジを示し、探偵であることを明かして、ウソをついたことを詫びた。
スワン企画の社長・・・・エガワ氏は、でっぷりと肥った50がらみの、御世辞にもその肩書にマッチするようなタイプには見えなかったが、
”まあそんなことだろうと思っていました”とでもいうような目つきをし、俺にソファを勧めた。
『で、何をお訊ねになりたいんです?』
エガワ氏は目の前の
流石に俺もむせた。
幾らこっちが煙に耐性があるからって、無遠慮に吐きかけられて気分よく出来る訳はない。
しかしここは我慢だ。
俺はスーツの内ポケットから写真を五枚取り出して机の上に並べる。
行方不明になった人妻たちだ。
『この女性たちに見覚えはありませんか?』
エガワ氏は再び煙を吐き、
『さあ、知りませんな』と素っ気なく答えたが、その表情の中に動揺の影が浮かんだのを、俺は見逃さなかった。
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