謎のロマンス小説
冷門 風之助
第1章
その日、俺は赤坂にあるビルを朝から張っていた。
いや、その日というのは正解じゃない。
もう三日・・・・俺はそのビルを、朝9時から夜の7時まで、殆ど離れずに見上げている。
なんていう事のない、ごく普通のオフィスビルだ。
俺の目当てはその7階・・・・即ち最上階。
ある”有名な”出版社”である。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
新宿四丁目、通称”三角ビル五階にある俺の
”乾宗十郎探偵事務所”は、広さは畳敷きにして、丁度16畳と少しあるかないかというところだ。
事務用のデスク。
ソファふたつと
要するに”そんなに広かない”というわけだ。
その狭いオフィスに、依頼人が一度に五人も訪れたら、ただでさえ”三密がどうのヘチマの”と、役所がうるさい昨今だというのに、それだけで”新型ナントカ”を心配せざるを得なくなる。
ついこの間、二度目のワクチン接種とやらを受けて来たばかりの俺だが、流石に耐えられなくなり、窓を全開にし、換気を良くした。
だがその代わり、外の熱気が入り込んで、折角の新型エアコンも用をなさなくなっている。
俺はキッチンに行って、コーラのリッターボトルと、使い捨てのプラスチックカップを6つ持ってくると、
”後はセルフサービスで”と素っ気なくいい、自分は事務机の後ろのひじ掛け椅子に腰かけ、自分でコーラを飲み干した。
『もう一度最初から伺いましょう』
俺の言葉に、五人はカップにコーラを注ぎ、それを手に持って、互いに目配せをして、なかなか口を開こうとしない。
さりげなく、俺は一人一人を観察した。
・一人は頭の禿げ、でっぷりと肥った人の良さそうなおっさん。個人で貿易会社を経営している。年齢は50代後半。
・二人目は背が高い、銀縁の眼鏡をかけた、青白い顔に神経質そうな表情を浮かべた30代後半、都内のある有名私立大学で准教授をしている。
・三人目は、四十代前半、大手文具販売店の副店長。
・四人目は某区役所の福祉課の職員。年は30代前半。どこと言って特徴のない、善良そうな顔立ち。
・五人目は、運送会社で経理課長。年齢は40代後半。
揃いも揃って、特に変わったところのない、あり触れた男ばかりだ。
街中ですれ違っても、特段目に留めることもないだろう。
俺の事を何処で知ったかというのも、まちまちだ。
”タウンページの広告で”
”インターネットの検索エンジンで”
”以前依頼をした友人から話を聞いて”
”知り合いの弁護士に話を聞いて”
”探しあぐねて矢も楯もたまらず”
と、まあこんな感じだ。
『それで、私に何を調べて欲しいんです?私は法律に反しておらず、反社組織とも無関係で、かつ結婚や離婚問題とも無縁であれば、大抵の依頼は引き受けることにしていますが、その前にまずどんな依頼かをお聞かせ願いたいです。その上でなければ諾否は決められません』
コーラを飲み干し、俺はシナモンスティックを咥え、端を齧った。
五人は互いに目を見合わせ、それから頷き、一斉に声を揃え、
『私の妻を探してください!もういなくなって三か月も経つんです。』
そう言って、身を乗り出した。
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