第195話 熟練度カンストの会談者

 気絶させたヴァレーリアを横に置きながら、リュカとともにご飯を食べる。

 パッサパサのパンと、ちょい古いハム。


 これに、劣化したところを削った獣脂の塩味ペーストを塗って食うわけだ。

 うむ。

 空腹だと、こんなものでも美味いな。


 ヴァレーリアは、リュカが館の中からかき集めてきた布で作った、即席の布団に寝かせられている。

 なんだかうなされているようだ。

 悪夢でも見ているのかもしれないな。


「ごめんね、ヴァレーリア。でも、ユーマの考えたとおりにすれば、きっと国も救われるからね」


 リュカがヴァレーリアの髪を撫でながら言う。

 俺は信頼されきっているなあ。

 その期待を裏切らないようにせねばならない。


 半日ほど経った。

 途中でヴァレーリアが目を覚まし、俺を見て目を見開いた。


「くっ、私は敗者だ! 殺すなら殺せ!」


 などと言うので、飯と水を与えて落ち着かせた。

 リアルなくっ殺を聞くとは思わなかった。


「いいか、唐突なように見えるだろうが、俺は経験者だ。あの魔王と同格のを西方で四人倒しているし、南方でも一つ倒している。その上で、俺がこの間会話していた主は、魔王みたいなものを使役していた男だ。言いたいことは分かるか?」


「君が、魔王退治のベテランであるということは」


「まあそのようなもんだ。で、全ての魔王みたいなものたちには共通点があった。奴らには奴らなりの事情があるんだよ。そりゃあ、話して分からなかったり、こちらに敵対してきたりするのがほとんどだ。そういう連中はこの剣で打ち倒してきた。だが、稀に分かり合える奴がいる」


『うむ、私だね』


 僧侶が口を挟んできた。

 こいつは何日かごとにこうして会話してくるが、暇なのだろうか。

 それとも忙しいからこそ、たまにしか口を挟んでこないのだろうか。


『私からも説明させてもらっていいですかな、魔導騎士殿。今、この世界には危機が迫っているのですよ。それこそ、君たちグラナート帝国が相対している、魔王などとは比べ物にならない規模だ。むしろ魔王こそが、空より来る侵略者に備える為に帝国を支配しようとしていると言えるかもしれない』


「そんな馬鹿な……」


『国を一丸とせねば、抗う事すらできない相手。そんなものが来るのですよ。嘘と思うなら思えば良い。だが、世界は今、君が想像もできぬスケールで一つになって動かねばならない一大事に遭遇している』


「僧侶は口が達者で助かるなあ」


 俺は茶を飲んだ。

 この町の茶葉は劣化しており、味が悪い。

 だが暖かいものを口にしてるだけで、ましな気分になるものだ。


 やっぱり氷魔め、人間の営みってやつを知らなかったな?

 このまま続いていたら、町の人間は皆死んでいただろう。

 そんなわけで、魔王による支配を終わらせねばならないことには変わりはない。


 ヴァレーリアが腕輪と会話している間に、俺はまったりと食休みに入った。

 リュカはお腹がいっぱいになったせいか、うとうとしている。

 肩を貸してやると、こてんと頭を預けて、寝息を立て始めた。


「ふむ」


 俺はリュカが目覚めないように気を使いつつ、振り返る。

 そこは、この部屋の入り口だ。


 氷魔やヴァレーリアとのやりとりで、ボロボロになってしまっている。

 崩れかけたそこを乗り越えて、一人の男が屋内に入ってきていた。


「リュカ、起こしちまうな。すまん」


 俺は一言謝り、立ち上がった。

 リュカがぽてっと床に転げて、ハッと目覚める。


 侵入してきた男は、黒い衣装に身を包んでおり、氷のような甲冑をその上から着込んでいた。

 彼が手をあげ、ヴァレーリアを指し示す。

 魔導騎士はまだ気付いていない。


 この男には、音も気配も無いからだ。

 男の指先が、青く輝いた。

 周囲に急速に冷気が広がる。


「おっと」


 俺はこれを、ヴァレーリアとの間に割り込みながら断ち切った。

 広がろうとした冷気が、一瞬で霧散する。


「ゆっくりだったな、魔王様よ」


『うぬが氷魔の言う戦士か。余を呼びつけるとは命知らずよな』


 ヴァレーリアが飛び起きた。

 真っ青になりながら、横に置かれた剣を抜く。


「ま、魔王!! お前が魔王か!! 私は魔導騎士ヴァレーリア!! 帝国の敵! 仲間たちの仇!! 赤き炎よクラスニー奔れプラーミャ!」


 炎が生まれ、魔導騎士が炎を纏いながら魔王に突進する。

 魔王もまた、無表情のまま腕を持ち上げ、指先を強く輝かせる。


『凍て付くがよい』


「ほいストップ」


 俺はヴァレーリアを炎ごと受け流し、剣の腹で弾き飛ばす。

 返す刀で、魔王が放とうとした冷気を指先から叩き落した。

 これには、魔王も目を見開く。


『うぬは、冷気を斬るのだな? 氷魔の話も妄言では無かったと見える。さては、西の地でレイアを葬ったのはうぬか』


「そうだ。いい加減その魔王っぽい言葉遣いはやめてだな。腹を割って話そうぜ」


『これは余の素だ』


「あ、そうでしたか」


 そのようなやり取りを経て、俺は魔王を室内に招きいれた。


「何もありませんがどうぞどうぞ」


『余が氷魔に命じて片付けさせたのだ』


 嫌味のようになってしまった。

 だが、俺は気にしない。


 その辺の床に魔王を座らせて、ヴァレーリアもステイさせる。

 そして、魔王を名乗る存在と差し向かうのである。


 なるほど、この男は明らかに人間ではない気配がぷんぷんだ。


 全身から感じる気配に生気は無く、言うなれば僧侶が呼び出した人造神のインドラや、風の精霊王ゼフィロスが乗り移ったデスブリンガーの戦士リョウガとよく似通っている。

 氷の兜の下は、細面のイケメンである。

 だが、ピクリとも動かない表情が、氷の面を思わせる。


「さて、それでは単刀直入に言うが、おたくはあれだろう。宇宙から来る連中と戦うために帝国をまとめようとしているな?」


『そうだ』


「馬鹿な!?」


 率直に返答した魔王に、ヴァレーリアが愕然とした。


「では貴様は、外敵から帝国を守るために私たちの国を支配しようとしたというのか!? ならば、どうして私の同胞を殺した!」


『余は彼らに告げたが? 空の果てより大いなる災いが来る。人の力を束ねねば戦うことは叶わぬ。人よ、余に運命を委ねよ、とな』


「そりゃあいきなりやって来て、帝位をよこせみたいな話は通じんだろうな。人間ってのは面倒な段取りってのがあるんだ」


 俺の言葉を聞いて、魔王は微妙な顔をした。


『分からぬな。それは人の道理であろう。余には通じぬ』


「おたくの道理も人間には通じないってことだよ。あんたさ、氷の精霊王なんだろ?」


『ほう、そこまで分かるか』


「あんたみたいなのが、ホイホイあちこちにいてたまるか」


『うぬがいるであろう』


「むっ、説得力のある反論だ」


「ユーマ、ユーマ。話がそれてるよー」


 リュカに裾を引っ張られて気が付いた。

 話を元に戻そう。


「昔はあんたは信仰対象だった。多少の滅茶苦茶は許されただろうさ。だがな、今は人間もそれなりに文化や文明ってのを築いてる。いつまでも太古のルールじゃやってけないってわけだ」


『ほう。では余に、人が定めた決まりに合わせよと? 言語道断であろう。あれは人が己に都合よく定めたものだ。そこには人ならざるものへの利はない』


「うむ。そんなわけで、俺が仲を取り持つので、あんたも皇帝も、一時的に俺の指揮下に入ればいい」


『……!?』


「はあ……!? ゆ、ユーマ! 君は一体、言うに事欠いて何を言っているのだ……!?」


「どでかい戦に備えなきゃならんだろう。ならば、各国に頭がたくさんあるよりは、頂点が決まってる方がいい。事が終わったら解散するから、一時的に俺がまとめる。それが合理的だと思うわけだ。と言っても、口先だけでは信用されないことは知っている」


 俺は立ち上がり、宣言した。


「ちょっと地元に戻って、うちの軍勢をつれてくる。帝都にお邪魔するから、皇帝に伝えておいてくれ。それと、魔王は連れて帰るから安心しろ」


『何っ』


 魔王もこれは意外だったらしい。

 無表情が普通に驚いた顔になっている。


「つまりな、氷の精霊王。あんたは古いんだよ。今、世界がどうなっているか正確には把握して無いだろう。まずは俺についてきて見識を広げるんだ。それに気付いて無いだろうが、ここに風の精霊王もいるぞ」


 俺が目配せすると、リュカが頷いた。


「呼ぶと町がなくなっちゃうけど、ゼフィロス様ならいつでも呼び出せるよ」


「他の精霊王たちは、暴走した。で、俺が全部倒した。それで奴らは意思を失って、巫女たちに使役される存在になったってわけだ。あんたもこのままじゃ、向かう先は使役される存在だぞ」


『余には巫女はおらぬ』


「そういう問題ではないが。まああんた、話しただけじゃ分かり合えないタイプだよな」


 俺は町の外を指し示した。


「一度全力でやり合おうじゃないか。俺が勝ったら従う。あんたが勝ったら好きにする。それでどうだ?」


『力の原理か。いつの時代も変わらぬ、明確な道理よ』


 魔王はにやりと笑った。

 俺はそれを、俺の提案に対する同意と取る。

 そして、ヴァレーリアに声をかけた。


「ということで、ちょっとこいつと殴り合ってくる。必要ならヴァレーリア以外に、見届け担当を呼んだほうがいいぞ」


「そ、それであれば、あと二名の魔導騎士がこちらに向かっている」


「よし、そいつらの到着を待って始めるとするか」


 というわけで、いつもの腕ずくとなるのであった。

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