第170話 熟練度カンストの勧誘者

 異人たちに案内されて、連なり山の丘を登る俺と竜胆ちゃんなのである。

 竜胆はお姫様だが、さすがは田舎の国で暮らしていただけあって、足腰が強い。

 息も切らさずに、獣道しかない上り坂をひょいひょいと駆け上がっていく。


 俺はと言うと、やはりそれなりに体力はあるので、彼女の後ろにぴったりついていくのだ。

 こうすると、前から来る風を竜胆が受けてくれるので、俺は楽をして登ることができると。


「ユ、ユーマ! さっきから、その、首筋に鼻息を感じる……!」


 振り返って竜胆が抗議してきた。

 いかんいかん。


 身長差から、ちょうど俺の鼻が彼女の首筋に来るのだ。

 風を避けるためにそれなりに近い距離にいたので、荒くなった我が鼻息がダイレクトヒットしていたようだ。


「いや、スリップストリームをしていたので仕方がないのだ」


「またそうやって訳の分からぬ言い訳をする!」


「蓬莱の外では一般的な言葉だぞ。……多分。竜胆も外の世界に出ることがあるなら、覚えておいて損は無い」


「妾が外の世界に……!? ……ふむ、そうか、そう言えば、そういうのもありじゃな……」


 なんか意味深に俺をチラチラ見ている。

 そして、竜胆は速度を緩めて、俺の隣を歩き出した。

 異人たちはそんな俺たちのやり取りをニヤニヤしながら見ている。


「青春だなあユーマ」

「最初はホウライ人かと思ったが、容姿がそれだけにてるから現地で女を作れるんだなあ」

「モテる上に強いとかなあ」


 いちいちうるさい連中である。

 そもそも俺はモテ……モテ……ない、のか……?

 明らかにハーレムみたいな状況になっているではないか。


 これは逆説的に、俺はモテるという状況になっているのではないか。

 いや待て。


 だがうちの女連中、一癖もふた癖もある娘しかいないよな。

 そうか。

 俺はそういうのを吸引するタイプに違いない。


 うむうむ。

 自己解決したぞ。


「モテのコツを教えてやろう」


「おっ、なんだなんだ」


 後ろにいた異人たちが集まってきた。


「例を挙げると、こっちにいる竜胆を口説くともれなく蓬莱帝が敵に回る」


「えっ」

「えっ」

「えっ」


「他にも、俺が親しい女たちはラグナ教そのものに命を狙われていたり、ザクサーン教と敵対していたり、エルド教を向こうに張って海賊してたり、国家反逆罪で地下牢に閉じ込められていたりだな……」


「あっもういいです」


 異人たちがスッと引き下がった。


 うむ。

 俺の真似をしてはいけない。多分死ぬ。

 後ろの方で、異人たちがヒソヒソ囁き合っている。


「嘘だと思うか?」

「いくらなんでも大げさすぎるだろう……」

「作り話? それにしてもスケールが異常だろ」

「あ、でもネフリティスには年若い女海賊がいたぞ。水の巫女で怪しい魔法を使うとか」

「微妙にリアリティ持たせてきてるんだな……」


 作り話認定かしら。

 まあそれはそれでいい。

 俺だって話に聞いただけなら、普通信じない。


 しかしまあ、我ながら、結果的に権力を敵に回し続けてきたものである。

 しみじみと思い返していると、小脇をつつかれた。


「こ、こりゃユーマ。お主……その……。他に、妻とかたくさんいるのかや……?」


「あ、いや、まだ関係は持ってないんだけど親しい女の子は五人ほど」


「ふ、ふーん」


 なんか竜胆の顔がひきつっている。

 どうしたというのだ。

 どうやら、俺と異人たちのやり取りを聞いて、理解できる俺の言葉から判断したようだが……。


 何をモゾモゾと、「いや別に妾はこやつのことなどどうでも」とか「まさかこやつがモテるなどとは……」とか呟いている。

 いやいや。

 まさかまさか。


「さっきのうどんは美味かったなあ」


 なので全く関係ない話題を投げかけつつ会話をしようとする。


「なっ、なぜにうどんの話題……!? いや、たしかに美味かったが」


 そんなわけで、ひたすらうどん……というかパスタの、もちもち感とかコシの話をし続けながら目的地に向かうことになった。

 そしてすぐに到着したわけなのだが。


「おう、誰をつれてきやがった」


 しわがれた声とともに、バキューンと来た。

 木々に隠れて影になっているところから、銃弾が飛んできたわけだ。

 俺は即座にバルゴーンを呼び出し、これを弾き返し……ああ、いや、弾き飛ばしておこう。


 明後日の方向に弾丸が飛んで行く。

 反射してやってもいいのだが、正確に打ち返すと殺してしまうからな。


「せ、船長! いきなり……! って、え?」


 ベンが驚いて、影の方と俺を交互に見やる。

 俺に手には虹色に輝く剣が握られ、ほぼ正確に撃たれたはずの銃弾など、既に影も形もない。


「……なんだぁ、その男は。弾を見てから・・・・弾きやがったぞ」


「おう。弾丸程度なら見てから反応余裕です。あれを使うってことは、おたくエルド教の関係者?」


 俺が問うと、影に隠れていた奴は押し殺したような笑い声を漏らした。

 そして、のっそりと立ち上がる。


 大柄な影が、ふらりふらりとしながら、光の下に歩み出てきた。

 ボロボロになったシャツに、豪華な船長的帽子。

 手には、エルド教の連中が持っていたような銃をぶら下げている。


「俺は船乗りでな。あいつらとも取引はある。こいつは今回の雇い主からの先払いでな。……と言っても、もう仕事を放り出してどれくらいになるか……」


 髭面の巨漢だった。

 異人たちとは肌の色が違うが、浅黒いな。混血かもしれん。

 で、そいつが今までいたところから、光が差し込んでいる。


 背中で隠していたようだが、そこは繁みになっており、丘の向こう側が覗けるようだ。

 地面には、物騒な武器が転がされている。


 ガトリングガンとかライフルとか。

 なるほど、こいつで高いところに陣取り、荒神憑きを撃退してきたわけだ。


「おたくの船員たちを勧誘に来たんだが」


「勧誘だあ? 何をさせようってんだ。奴隷として使おうとでもいうのか?」


「俺は元の国に戻るので、頭数がいたほうが後々便利なのだ。ということで勧誘したのだ」


「馬鹿言うんじゃねえ。そいつらは俺の船のクルーだ。勝手に連れて行かれたら船が出なくならあ」


「船などもうなかろう。なら問題もあるまい。現におたくはずっと長いことここで見張りをしてきただろ? ずっと見通しが立ってないなら、俺とともに行くべきである」


「勝手なことを抜かしやがる……!!」


 眉を吊り上げて、船長らしきその巨漢がそこらからライフルを拾い上げる。

 そいつをピタリと俺の額に突きつけた。


「なっ!?」


 竜胆が色めき立ち、棒を構える。

 異人たちも戸惑い、


「待ってくれ船長!」

「そいつの話も聞いてくれ!」


 などと言い出しているではないか。

 俺としては、別にライフルで射撃されたところで弾けば良いので、この状況などどうということはない。


 だが、ふむ。

 難しい問題だ。

 この船長は、異人たちを今まで引っ張ってきた自負がある。それから責任感が強いのだろう。


 だからこそ、どこの馬の骨とも分からん俺にこいつらを預ける気にならんわけだ。

 異人たちも船長を信頼しているから、果たして俺に従うべきか否か迷っている。

 うむ、ジョンを叩きのめした程度では判断材料にならんな。


「よし、では先に俺のプランを聞かせよう」


「ほう」


 船長の引き金にかかった指に力がこもる。

 なんと気の短い男だろうか。

 まあ、俺は寛大なのだ。無視しておこう。


「俺たちは蓬莱帝に会いに行く」


「今更、ホウライキングに会ってどうしようってんだ。そもそも、流れ者が国のキングに会えるものかよ」


「いや、会いに行くぞ? そして殴る」


「はあ!?」


「そして元の世界に戻る方法を聞き出すのだ」


「お前……頭がおかしいんじゃないのか?」


 船長が呆れた顔になった。

 まあ気持ちは分かる。


 常識的にはそうだよな。

 なので、俺はちょっと証拠を見せることにした。


「いいか。おたくら、常識的にものを考えてるかも知れんが、常識なんてのは所詮、そいつの頭のなかで思い描く範囲までしか考えられんものだ。だがな」


 手にしたバルゴーンで、俺は次元を切り裂いた。

 切っ先が消える。

 俺はそのまま、額に当てられたライフルを無造作に払い落とすと、消えた切っ先で船長の頭上を薙ぎ払った。


 虹色の軌跡が、繁みの上部を撫でる。

 次の瞬間、鬱蒼としていた繁みが半分の高さになった。


 範囲にして、雑木林一個分くらい。

 それの頭上、頭二つ分ほどの高さが、まるごと消滅したのだ。

 俺が切り散らしたのだが、船長や異人たちには消えたように見えただろう。


「はあ……!?」


 突如として降り注いでくる陽の光に、船長はあんぐりと顎を開けて、押し黙った。

 異人たちも呆然と空をみあげている。


「まあ、このようなことを俺は可能だということだ。そしておたくにはエルド教の武器がある。なら、帝に面会するってのも無理じゃないんじゃないか」


 俺一人なら普通に行けるとは思うが、こちらは竜胆ちゃんがいるしな。

 そもそも、帝に会うというのも竜胆の目的だ。


 これだけ多くの頭数があれば、竜胆を守ることも容易くなるだろう。

 それに、船を手に入れられた時、船員の経験者が多いってのはとても重要だ。

 船長だって欲しいしな。


「俺はこのように、武力を提供しよう。おたくらは船を手に入れたときの労働力を提供してくれればいい。あと飯」


「むむ……わかりやすい」


 船長があごひげをしごいた。


「お前、この俺の銃を見て、しかもエルド教の武器だって知ってながら、それを無視しててめえが武力になるとか言ってるのか。だが、この面妖な技を見れば、あながちハッタリでもねえな。それに……俺の船乗りとしての勘が、お前が見た目通りのぼんくらじゃねえと告げている」


「うむ……ネフリティスの女海賊とそれなりに仲がいいくらいにはそちらの事情にも詳しいぞ」


「ほう! お前、あの魔女と知り合いなのか!! なるほどな、それで怪しい技にも得心がいった。だがな、一つ言っておくぞ。俺たちは、お前が負けたり殺されるような状況になったら、即座に逃げる。そうしたら、そっちにいるお嬢ちゃんの身の安全だって保障できねえし、万一お前が生きてても、お前の命をホウライとの交渉材料に使う」


「それで構わんよ。第一俺は負けないからな」


 俺の言葉に、船長はにやりと笑ったのだ。


「俺ぁ、お前みたいな奴を知ってるぜ。いや、聞いたことがある。そういう、頭のおかしいことを正気で言い切る奴は……狂ってるのか、そうでなければ覇王とやらになる男だ。俺も焼きが回ったか、分が悪い方に賭けてみたくなったぜ」


 かくして、船員と船長をゲットなのである。

 次は船だな。

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