第96話 熟練度カンストの連結人

 それぞれの森を巡り、パスを繋いでいく。

 俺はアリエルの護衛代わりについていきながら、世界を巡ることになった。


 それぞれ、エルフの森にはリュカ。火竜の山にはサマラ。オケアノスの海にはアンブロシア。地下洞窟にはローザ。四人の巫女が向かっている。

 これを、近場の森をリンクさせることで次々に迎えに行く寸法だ。


 そして、それぞれの妖精族の代表者が集い、会議を行おうとしているのだ。

 というのも、どうも人間側に大きな動きがある事が分かってきたからだ。


「人間たちは何をやろうとしているんでしょうかね……っと。これで、パスをつなぎました。この森はいつでも扉として使うことが出来ますよ」


「お疲れ。まずは一つだな。……そうだな、連中、俺たちが怖いんだよ。本来ならあいつら、俺たちみたいな人間とは違う連中をことごとく滅ぼして人間だけの世界を作ろうとしてたみたいだからな」


「そもそも、私たちが混沌界と接続しなかったら、人間は安泰だったのでは?」


「そうかもなあ。だが、俺はいけ好かん世界だった。なんつうか、俺は社会不適合者っぽくてな」


「あ、分かります」


 おい。

 ちょっと否定して欲しかったな。

 ガックリ来る俺の前で、パスを繋がれたという森が淡く輝き始める。


「あっ、来ますよ、リュカさんが」


「うむ……」


 俺はどっしりと腰を落として身構えた。

 次の瞬間にやってくるアクションは予想出来るからである。

 案の定。


「ユ――――――――マ――――――――!!」


 一番聞き慣れた声が、距離の壁を突き破って飛び出してきた。


「よしこーい!!」


「ユーマ!!」


 どーん!! と俺に突撃するリュカ。

 どしんと来た。

 俺はガッチリと彼女を受け止める。

 鍛えておいて良かった、体。


「ユーマ、アリエルさんとイチャイチャしてなかった? ダメだよー」


「してないよ!!」


「はいっ、してません!」


 真顔で否定する俺たち。

 ということで、リュカが仲間になった。


 ……まあ、ここはエルフの森付近にあるディアマンテ国境周辺の森である。

 俺は背中にリュカをぶら下げて、アリエルの後をついていく。


「もう、ほんと見せつけてくれますねっ。それは私がシングルであることへのあてつけですかっ」


「えっ、君シングルなのか。いやいや、そんなつもりはない」


 何故か怒るアリエルに、俺は弁明する。

 そんな俺の背中をリュカがよじ登ってきて、首筋に思いっきり抱きついた。


「むふふ、最近ユーマのにおいがする。ユーマって汗かきだから、すぐににおいで分かるようになっちゃう」


「ほらあ! もう知りませんからね!!」


 あっ!

 アリエルがプンスカしながら行ってしまった。

 年頃の女子というものは難しいのである。


「しかし最近のリュカさんはスキンシップが凄いですな」


「ん? そぉ? むふふ。ちょっと離れてる時間が多かったからかも」


 ふっと肩が軽くなった。俺の背後に、彼女が着地する音がした。 


「さ、行こうよユーマ! アリエルさんに置いて行かれちゃう!」


 憤慨しながらすごい勢いで森のパスを繋ぐアリエル。

 俺たちは彼女の後を追った。

 エルフの森から、亜竜に乗ってオケアノスの海へ。


 ネフリティス王国とアルマース帝国、ディアマンテ帝国の狭間に存在するこの地は、水の中にある森なのだ。

 サンゴ礁に海藻がもりもりくっついたみたいなところだな。

 水の中にパスを通すため、当代最高の風の魔法の使い手であるリュカの助けが必要になる。


「よーし、じゃあいっくよー!! シルフさん、お願いーっ!」


 リュカに同行していた、いつもの空飛ぶ亜竜ごと、俺たちを巨大な風のボールが押し包む。

 それが亜竜の動きに合わせて水中へと突き進んでいくではないか。

 浮き上がろうとする空気の浮力を上回る、亜竜の羽ばたきである。


「うひゃあーっ!! は、は、は、速すぎるううううっ!!」


「あははは! はっやーい!!」


 几帳面なアリエルと、割と破天荒なリュカ。どちらがどの声をあげたのかはお分かりであろう。

 俺はと言うと、もうこんな猛烈な速度に慣れてしまっているのである。

 平常心のまま、二人が亜竜から転げ落ちないように固定して座している。


「あ、な、なんか来るんですけど!」


 アリエルが悲鳴をあげた。

 見れば、水中へ突っ込んでいる亜竜目掛けて、尋常ではない速度で突き進んでくる影がある。


 あれは……古風な潜水服?

 明らかにこの世界の文明レベルを超えたそれは、エルド教の産物であろう。そして、例えそんな甲冑じみたものに身を包んでいても、亜竜に突撃してくるこの命知らずさは……。


「ザクサーンの狂戦士とエルド教の文明が手を結んだな。これはやばいぞ」


 俺はリュカとアリエルを、首と腰にしがみつかせてからバルゴーンを出現させる。

 形状は刺突剣。それも、両手で扱う可能な限り長大なタイプだ。


「迎撃しながら突っ切るぞ。頼むぞ亜竜」


「ユーマ、ずっと亜竜だと味気ないよ! 名前を考えてきたの。ええとね、ゲイル!」


 グオーンッ、と亜竜……もとい、ゲイルが咆哮した。

 おっ、嬉しそうだな。


「よーし、このまま突っ切れゲイル! 邪魔なやつは俺が片付けてやる」


 水中を飛翔するゲイルに向けて、斜め下から来た潜水服は、機械仕掛けのもりを突き立てようとしてくる。

 これを、


「正面から止める」


 そう。切っ先と銛の先端を突き合わせて、向こうを一方的に破壊する。

 ピンポイントで相手の武器を無力化していくわけだ。

 こんなまだるっこしい事をする理由は、下手に大きくこの泡を切り裂けば、水が入り込んでくるかもしれないためだ。


 周囲には、リュカが補充できる空気も無い。

 一つ、二つ、三つ。

 銛を突いて破壊する。


 潜水服は水圧に強いのだろうが、いかんせん嵩張って動きが鈍い。

 背中から空気を大量に吐き出して、加速して動くことは出来るようだが……奴らの背後に空気を送るチューブが見えているのと、どれだけ加速しても直線的な動きしか出来ないらしい事は分かった。


 しかし、こちらも水の中を泡に包まれ動いている状況。

 地上と同じに動けはしない。

 まあ、五分と五分。


 こちらに有利なのは、向こうが潜水服を扱い慣れていないことと、俺とゲイルが組になって動く事に慣れていること。

 ……なんだ、圧倒的じゃないか。


「二人とも、しがみついてろよ!」


「ひいいーっ!? こ、こんな戦闘があるなんて聞いてませええええんっ」


「ユーマ、がんばって! がんばって!」


 悲鳴をあげるアリエルと比べて、荒事に慣れているリュカは肝が据わっている。

 俺の首から肩にしがみつきながら、はしゃいだ声で声援を送ってくるのだ。

 彼女を守ることが、現状最も重要であると言えよう。


 リュカが大切なのもあるし、彼女がこの泡を維持しているからだ。

 ってことで、次々に襲ってくる機械銛を、刺突剣で破壊、破壊、破壊する。


 ついでに余裕があれば、一人の潜水帽をぶち抜いてやる。そうすれば、簡単に向こうは戦闘不能になる。

 だが、とにかく相手は数が多い。


「よし、剣が届く所は片付けた。ゲイル、このまま行け!」


 グオオオオッ、とゲイルが咆哮をあげた。

 水中では、例の加速モードが使えないらしく、泡の中で一生懸命に羽をバタバタさせて進んでいく。


 元々、単純な速度ではこちらの方が速い。

 潜水服どものチューブの長さ限界よりも深く潜ると、奴らは追ってこられなくなった。


「いや……しかしどうして俺たちが来ることが分かっていたんだ」


「も、もしや情報が漏れていたんでしょうか……!? す、す、スパイが!?」


 アリエルは襲撃されたショックがまだ覚めないのか、あわわわわ、と自分の想像で震えだす。


「いや、そうじゃないね。あいつら、ここのところずっとあたしらとやり合ってるよ」


 聞き覚えのある声がした。

 おや。

 振り返ると、泡の外側にアンブロシアがいる。


 おおっ! 水着姿じゃないか。

 胸元と腰回りだけを覆う、最小限の布。恐らくは濡れない材質の、水中で作られたものだろう。

 アンブロシアは水中でも変わらず呼吸と発声が出来るようだ。


「よっ。待ってたよ。海の森に案内するからついてきな!」


 彼女が先行して泳ぎ始める。

 うーむ……見事なプロポーションだ。

 ガン見してしまう。


 むむっ、だが、あまり見ているとリュカが不機嫌に……。


「別にいいよ? 私が一番ならだいじょうぶ」


 あっ、さいですか。

 リュカさんは心が広いなあ……。


「それからね、ユーマ。そろそろ私たち、東に……」


「ついたよ! ここが海の森さね!」


 リュカが言いかけた言葉は遮られた。

 アンブロシアが振り返り、指し示す光景。

 それは、ジャイアントケルプの森である。


 つまり、でかい昆布。

 思えば、恐らくこいつは水面ギリギリまで伸びているのだろう。


 ずっと気づかなかった。

 そしてかなりの水深があるというのに、この水底にはちゃんと陽の光が降り注いでいる。


「水の精霊界と一緒になった海だからね。水そのものが光を通すように動くのさ」


 ケルプの森はとても明るい。

 幾本もそれが茂る中を、ゲイルは進んでいった。

 リュカもまた、見上げても見上げきれぬほど大きなケルプが、無数に生い茂る光景に圧倒されているようだ。


「水の中だと……ふつうの森と全然違って見える……。不思議」


「うむ」


「あ、海草でもいけますね。パス、繋がります……!」


 アリエルはゲイルの翼ギリギリまで進んで、泡に触れた昆布に手を伸ばす。

 彼女の指先が、海草に触れた瞬間、柔らかな光がケルプの森に満ちた。

 これで、水の精霊界ともパスが繋がった。


「後は、火と土ですね。でも、火の森と土の森ってどんなのなんでしょうか……。ちょっと想像が」


「アリエルは風の精霊界とディアマンテの森しか知らないもんねー。世界ってね、すっごいんだよ。すっごく広くて色んなものがあるんだよ?」


「ほええ」


「だからユーマ。今度、土の精霊界にも連れて行ってね?」


 おねだりへと変わったリュカの言葉に、俺は頷いて返すのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る