第35話 熟練度カンストの入浴者

 覗けるかな?

 と思ってついて行ったら、むきむきのお兄さんたちに止められた。


「お客さん、ここから先はちょっと……」


「あ、はい」


 俺は大人しく従ったのである。

 足をちょっと引きずりながら、男たちが集う大浴場へ向かう。


 大浴場とかちょっと抵抗があるのだ。

 なんと言うか、人付き合いが発生しそうで大変面倒くさい。

 以前の俺であれば対人恐怖症めいたところがあったのだが、今はそういうものが大分緩和されている。


 この、剣の腕なりで自分に自信を持つことが出来たせいであろう。


 そして気付く。

 コミュニケーション面倒くさい。


 俺は元来、コミュ障的な性分を有していたらしい。

 だが、旅の汚れは落としたい。


 それに大きな風呂というのは大変な魅力である。

 この世界、部屋風呂なんてものは存在しない。

 外で行水か、部屋にお湯を持ってきてもらって体を拭くか、後は施設が充実した宿ならば大浴場だ。


 アキムが見つけてくれたこの宿、実はかなり大きいのではないか。

 長い廊下を歩きつつ、俺はそう思った。


「字は読めないが……男湯だろうな」


 俺はその入り口を潜った。

 すると、服を脱ぐ男どもがたくさんいるではないか。

 どいつもこいつも髭である。

 さすがはアルマース帝国。

 俺も服をぽいぽい脱ぎ捨てると、その男たちに倣って用意されていた紐でぐるぐる括った。

 入り口の辺りにいる、いかついおっさんが服を預かる係のようである。

 彼の背後に丸められた服が積みあがっている。

 それぞれに札が付いており、対応した木の札を手渡される。


「あんた髭が無いな。エルフェンバインの人間か?」


「ええ、まあ」


「そうか! ディマスタンの風呂を見て腰を抜かすなよ? こんな凄い風呂は、エルフェンバインには無いからな!」


 ほう、でかい口を叩く。

 どれほどのものか見てやろうではないか。

 現代人を舐めるなよ。


 風呂場に行こうとすると、髭で禿のおっさんが俺の横にやって来た。


「おう、髭なしの兄ちゃん、あんた旅人か! ディマスタンの風呂は凄いぞぉ」


 それはさっき聞いたと言うのに。

 どうせ大したことは無かろう。

 俺はたかをくくりながら、大浴場への扉を潜ったのである。


「うわーっ」


 俺は腰を抜かしかけた。


 一見すると湯船が無い。

 視界いっぱいが白い大理石で覆われている。


 たくさんの彫刻が施された壁はどこまでも続き、あちこちに石像が飾られている。それも、かなり精緻に作られた人間の像だ。

 髭の連中は、そこここに腰掛けて談笑している。


「ザクサーンは偶像崇拝を禁じてるんだがな。まあ、崇拝の対象でもねえし、昔あったっつー古代帝国がこんな彫刻を作る技術を持っててな? アルマースはそいつを受け継いで、こうやって凄い風呂を作ってるってわけだ」


 禿げた髭のおっさんが俺を招く。

 この空間、一見すると風呂的ではない。

 だが、風呂なのだ。


 何故なら、とんでもなく暑くて、しかも湿気が凄い。

 そういえば、蒸気浴とかリュカが言っていたような。


 立っているだけで全身に汗が浮いてくる。

 そこを、浴場内を歩き回ってるおっさんに垢を摺ってもらって綺麗になるのだそうだ。


「おい、こっちにも垢すり頼むぜ!」

「へい」


 垢すりのおっさんがやってくる。

 俺も禿で髭のおっさんに倣って垢を摺ってもらった。


 おお、こりゃあいい。

 ダラダラ汗をかくから、面白いように垢が落ちるぞ。

 で、程よいところで、おっさんが立ち上がった。俺を招くので、ついていってみるとだ。


 ゾロゾロ移動していく連中がいるではないか。

 ほう、ここは壁からお湯が出ている。

 これで汗や垢を流すのか……。

 こりゃ堪らん。


「ぐはー……。これは人をダメにする風呂だな……」


 俺は髭のおっさん達に混じって、この蒸し風呂を堪能する。

 今頃、リュカたちも蒸し風呂できゃっきゃうふふとやっているのだろう。

 あまり克明に想像すると股間の辺りがむくむくと元気になるので、隣にいる禿げで髭のおっさんを見て心を落ち着ける。


「どうだい兄ちゃん。ディマスタンの風呂は凄いだろう」


「うむ。正直舐めていた。俺の負けだ」


 そんな事をしていると、また別のおっさんが籠を抱えて練り歩いている。


「ありゃ石鹸売りだ」


「石鹸とな」


 近づいてきたおっさんから買ってみると、なるほどどうして、本格的に石鹸である。

 泡を立てて体を洗う。


 くそ、これは堪らん。


 聞くと向こうには水風呂もあるのだそうで、蒸し風呂でだらだら汗を流した後で、そこにみんな飛び込むのだそうだ。

 たまに心臓発作なんかで死ぬ奴がいるが、大変気持ちいいのでみんなやめない。


 それを聞いて、俺もやらねばならぬと思い立った。

 汗をだらだらかいて、水風呂で冷やして、またダラダラ汗をかいて……。

 大変満足してきた辺りで外に出てきた俺である。


 衣服を受け取ると、禿げのおっさんと一緒に飲み物を注文した。

 ひんやりと冷えた茶が出てくる。

 お、ちょっとしょっぱいぞ。これで抜け出た汗の塩分を補給するわけか。よく分かってるじゃないか。

 二人で並んで、茶をぐーっと飲む。


「ぷはぁっ」


「うむ、完璧じゃないか。恐るべし……」


「な?」


 禿のおっさんと、衣服預かりのいかついおっさんにドヤ顔をされた。

 俺がほこほこになって帰ってくると、女の子たちもちょうど戻ってくるところだった。


 サマラも服を買ってもらったようで、ゆったりした布を纏っていた。

 リュカの小遣いをはたいたのかもしれない。

 二人とも頬が上気して、なんとも色っぽい。


「お風呂すごかったー」


「凄かった……。悔しい……! ザクサーンがあんなお風呂を持っているなんて……!」


「サマラは複雑そうだな」


 俺が言うと、彼女は涙目で頷く。


「絶対ザクサーン教は滅ぼしてやります! だけどお風呂だけ残す!」


 乙女心は難しいな。


「ユーマ、足は大丈夫なの?」


「うむ。あったまって足を伸ばしてたら良くなってきた」


 だが、まだ無理は禁物であろう。

 ここ最近のハードな生活で鍛えられたとは言え、俺は基本的にニートで引きこもりだった男である。


 大事をとって、無理はせぬほうがよかろう。

 その後しばらく、風呂談義を交わすことにする。

 俺が集めた情報はこうだ。


1・リュカの肌はすべすべしており、触れるともちもち、しかも大変張りがある。


2・リュカは発展途上だが、今後に期待が持てる。夫たる男性は大いに未来へ希望を持つべきである。


※2補足・巫女は精霊の加護を受けているため、ハイティーン程度の年齢で老化が停止する。以後は殺されるか、子を産むまで自然に死ぬ事は無い。子を産むと、巫女としての性質は全て子供に受け継がれる。ということは、リュカはもうちょっと成長して、サマラの保証によると大変な美女になるらしい。


3・サマラのおっぱいは大きい。


4・サマラはぼんきゅぼんである。羨ましい。


5・女子風呂は男風呂に比べると質素だが、女性たちは数少ない羽を伸ばせる場所として愛用しており、リュカのような特殊な見た目の人間が来ても、他言する事はない。


「なるほど……」


 俺は女子二人を眺めながら「むむむ」と唸る。

 大変有益な情報であった。

 5以外は俺しか得をしないような気もするが。


「男の人のお風呂が広いのは羨ましいなあ。私も行ってみたいなー」


「大巫女様! ザクサーン教を滅ぼしてやれば、このような男女を分ける習慣も滅びますから大丈夫ですよ!」


「広いお風呂のためにそこまでするのはなあ……」


 サマラの過激思想に、リュカはちょっと引き気味か。

 そのような談笑をしつつ、俺たちは本日は骨休めと位置づけ、明日から祭器奪還作戦を決行する事にした。


 話によれば、ディマスタン宮殿には離れに宝物庫が存在するそうだ。祭器はそれなりに豪華な形をしているのだそうで、その宝物庫に保管されているのではないかという事であった。


 無論、宮殿よりも宝物庫の方が、侵入が簡単だというわけではない。

 恐らくは宮殿に劣らぬ程度に、警備は厳重であろう。


 さらには、宮殿を囲む堀を抜け、敷地内をある程度歩く必要があると言う事。

 なかなかにリスクを背負った作戦なのであった。


「外ならシルフさんの力を借りられるし、屋内でも風が通っていればいけるから」


「宮殿の中であれば、かがり火や燭台の火を使ってヴルカンを呼び出せます」


「俺は捻った足は固定していけば大丈夫かな」


 各々が出来る事を提示し、作戦概要を詰めておく。

 シルフの力で姿を隠しつつ接近し、宮殿に入り込んでからは状況の流れに応じて、それなりにいい感じでやる、という事に決定した。


 つまり成り行き任せである。


 うむ……。俺たち三人は、作戦立案能力が欠如しているな!

 いつかまた、辺境伯に会うことがあれば、彼女にその辺りを教えてもらおう……。

 さて、話し合いの後、せっかくならばとキングサイズのベッドを使用する事になった。


 この部屋、床は絨毯敷きだし、ハンモックもあるしで寝床には困らないのだが、キングサイズのベッドが部屋の中央にどでーんと鎮座ましましているのだ。


「アタシは床で……!」


「だめ!」


 大巫女様と同じベッドとは畏れ多いとひれ伏すサマラを、強引にベッドへ引きずりあげるリュカ。

 体格差を物ともしない腕力である。

 流石は豪腕系女子。


「ひええ、ふ、ふかふかだあ……。悔しい! ザクサーンの連中がこんな凄いベッドを作ったなんて悔しいぃっ」


「うわわ、体がどこまでも沈んでくー!」


 女子たちに大好評で良かった良かった。

 さて、俺はソファで昼寝を……。


「ユーマもきなさい!」


「なんだって!!」


 リュカさんのご指示とあれば仕方あるまい。


 いや、女子だけで水入らずにしてあげたかったんだがな。

 指示されてしまったなら仕方ないなー。

 俺もベッドに飛び込んでみた。


「おほー! な、なんだこのフッカフカは……!」


「ね! これは人をだめにするベッドだよ……!」


 エルフェンバインでの主な寝床であった、藁のベッドとは何もかも違う。いや、これと比べればあれはベッドなどというものではない。寝床を貸してくれたハンスには悪いが、あれは馬小屋のようなものである。


「こ、ここで贅沢を覚えちゃったら……」


「うむ。後の旅で苦しむ事になりそうだ……」


 戦々恐々とする、俺とリュカであった。

 結局、俺たちはベッドの魔力に敗れ、川の字になって昼寝をしてしまった。

 目覚めるともう外が暗いではないか。


 エルフェンバインでは、暗くなってしまえば人々は家に帰り、数少ない酒場くらいしか灯りが点いていなかったものだが……。

 下の階からは、賑やかな声が聞こえてくる。

 どうやら、ディマスタンの夜はまだまだ長いようだ。


「お客様、アキム様がおいでになっています」


 外から声が掛かった。

 夕食には戻ってくると言っていたから、やって来たのだろう。

 では、ハードな一日となるであろう明日に向け、栄養を蓄えるとしようではないか。

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