第7話 女子高生、ロートル棋士の部屋に泊まる。
美央は謙作に挨拶をしたあと、謙作の隣に座った。謙作はえっ、と思ったが美央は気にする様子もなくタッチパネルで注文を入れだした。
謙作はミックスグリル、咲良は天ぷら御膳、美央はハンバーグステーキであった。
(最初この娘に会った時、誰かに似てるなと思ったら咲良だったか。母娘だもんな。)
「実は今日、先生の指導対局を受けて来たんだ。」
「わざわざ?」
「うん。かれこれ一時間ぐらい先生とマンツーマンだったから得しちゃった。」
「謙作ちゃん、相変わらず人気ないからねえ。」
「面目ない。実のところ助かった。あと、美央ちゃんはいい将棋を指すよ。」
「ほんとですか。女流棋士になれそうですか。」美央は俄然食いついてきた。
「ああ。君がそのつもりなら可能性はあるんじゃないかな。だが最低アマ五段、入ってからも伸びしろがないと厳しいよ。特に収入面では。」
「我が娘ながらカワイイと思うし人気はでそうだけどねえ。」
「顔だけならいくらでも代わりはいるからな。アナウンス学校に通ったりモデル事務所に所属したりみんなプラスアルファを持ってるわけだ。純粋に対局のみってのは女流トップグループぐらいだね。あとは結婚して旦那さんの収入もあるとか。」
「そっか。簡単じゃないんですね。」美央はハンバーグステーキをペロリと平らげ、既にデザートのプリンアラモードを食べている。
「あと、先生。将棋関連のバイトってないかな。高校生なんでバイトもしたいんだけど。」
「うーん。一度谷本にお願いしてみるか。土日祝なら手合い係の仕事はあるだろう。俺はもっと記録係を増やそうと思ってるし。いつまでも手合い係をやるわけにもいかないから。」
「わあっ。アマ名人の谷本さんの道場ですよね。ぜひお願いします。」
「よかったじゃない美央。」
「母さん、お小遣いは自分で稼ぐから要らないよ。」
「別にそれは気にしなくていいわよ。あと、謙作ちゃん、この子の将棋も見てあげてね。」
「ああ、見どころがありそうだし俺でいいなら。」
三人は食事が終わってファミレスを出た。謙作は歩いて帰れる距離だ。咲良と美央はタクシーを拾った。
「母さん、この際、謙作先生と一緒に住む話をすればよかったのに。」
車内で美央が咲良に話しかける。
「一度あなたと謙作ちゃんを会わせてからにしたかったのよ。」
「私は大丈夫だよ。いい人そうだし。いつも母さんから話は聞いてたから初対面には感じなかった。」
「そっか。良かった。」
咲良としても中年男と女子高生を同居させるということで慎重になっていたのだが美央には父親にあたる存在が必要であるだろうし、それが将棋のプロになる事ならなおさら謙作の力が必要だと考えていた。
咲良と美央は2DKの共益費込みの家賃8万のマンションに住んでいるが咲良と謙作の部屋を同じにすれば3人が住むことはできるだろう。謙作は家事ができるし咲良としては家に謙作がいてくれるのはありがたい。デリヘル事務所への通勤は仕事を頑張ればきちんと送迎付きの待遇になるだろう。もしだめでも電車でも通えなくもない。若い時から風俗業界にどっぷり漬かっている咲良だが娘に同じことをさせるつもりはなかった。
美央が中学生のとき、母親の仕事のことでイジメられ、そのことで咲良とも険悪になったこともあった。それでも今は仕方ないと思ってくれている。美央の学校の成績はそこそこであり、大学にいくだけなら学費もなんとかなるのであったが美央は普通の会社員より将棋の道を目指していると公言した。
(もう少しだけ仕事を頑張って、美央が一人前になるのを応援できたら)
そうした咲良の気持ちを美央もわかるようになったのだ。なので今は咲良がデリヘル嬢であることを咎めだてすることはなくなった。それどころか家の家事は全部自分でやっているようだ。家計簿もつけている。
「母さん、私からお願いがあるんだけど。」
「なあに?」
「あのね。」
週末から美央は谷本将棋道場で手合い係のアルバイトを始めた。謙作が谷本に頼むと二つ返事でOKしてくれたのだ。ちょうど学生のバイトが辞めたばかりでもあった。
「次は野元さんと林田さん、野元さんの香落ちでお願いします。」
「道場で指すのは初めてなんですね。そうですね。ネットの将棋倶楽部99のサイトで初段で指せるならうちでも二段半から三段はあると思いますよ。」
「えー、美央ちゃん。昇段がかかってるんだからもっと優しい相手にしてくれよ。」
「だめですよ。最後のラスボスを乗り越えての昇段こそ価値があるんですから。伊藤さん、緩めないでビシビシおねがいしますね。」
「まいったなあ。」
美央は一般アマとしてはかなり強い方だ。谷本道場でも四段半で指せると言われている。またネット将棋もやっているのでネットとリアル道場、谷本道場基準の棋力判定も的確だ。初めての手合い係のバイトとは思えないほどテキパキと仕事をこなしている。お客の棋力も把握しており、負けこんでる人にはどこかで勝ち星が拾える相手を当てている。
実の所、席主の谷本も美央が来てくれて道場の雰囲気が明るくなり、徐々に週末の常連が増えだしているので助かっていた。谷本も一階の居酒屋がコロナショックの営業自粛で家賃を下げるように言われており、将棋道場でそうそう赤字を垂れ流すわけにもいかなかった。空気清浄機をつけっぱなしにして
アルコールの準備など細かいコストがあれこれかかるようになっているのだ。また人数が増えてもソーシャルディスタンスを考えつつの営業となっているのである。盤ごとに透明アクリル板を設置したりの対策も取っていた。それらも全部コストとなっている。なので客数を増やす必要に迫られていたのだ。
「美央っー。来たよー」
「あ、みっちゃん。久しぶり。谷本さん、中学のとき大会でよく対戦した下村さんです。」
美央は学生大会で知り合った友人が多く、彼らが谷本道場を訪れるようになった。もちろん、谷本自身から将棋を教わる機会があるのも大きな理由だ。
(むさくるしい道場だったが、女子も増えたし子供たちも増えた。このままいけば少しだけ利益もだせるようになるかな。)
「美央ちゃん、もう大丈夫だから上がっていいよ。明日の祝日もお願いね。」
「ハイ。おつかれさまでしたー。」
謙作は記録係の仕事を終え、帰宅した。ドアを開けると電気がついていた。
「咲良、来てたのか。」そう言いながら謙作は部屋に入るとそこには美央がいた。
「え、美央ちゃん?なんでいるの。」
「勝手に入ってごめんなさい。でもお母さんが遅くなるときは先生の部屋に泊めてもらえっていうから。合鍵をもらったの。」
「ちょっと待ってな。」
謙作は部屋の外で咲良に電話を掛ける。
「おい、咲良。美央ちゃんが来てるけどどうなってるんだ?」
「え、美央から聞いたでしょ。遅くなるなら謙作ちゃんの所に泊まれっていったの。あの子すぐナンパされたりスカウトに付きまとわれたりするのよ。夜は危ないでしょ。謙作ちゃんの所なら心配ないから
着替えも持たせてあるしお願いね。あ、仕事入ったから切るわ。じゃあね。」
(参ったなあ・・・信用してもらってるってことかもしれんが。)
夕食はあり合わせのものを用意して二人で食べたその後
「謙作先生、せっかくなんで一局教えてください。」
「いまからか。」
「はい。」
謙作は押入れからと布盤とプラ駒を出してテーブルに置いた。
「コマ音がウルサイって苦情があるからこれでな。」
対局の後、もう23時を過ぎており寝ることになったが部屋を片付けてなんとか布団を二つ敷いた。
(いいのかなあ。)
美央は気にする様子もなく、台所で寝間着に着替えた。
「先生、この押入れのタンスの引き出しが一つ空いてるので私がつかっていいですか。」
「え、それって」
「これからは私も泊まることがあるからそのほうがいいかなあって。」
(まあ子供だしな。俺が変に意識しすぎか。)
謙作は自分にそう言い聞かせて美央と布団を並べて眠ることとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます