スローライフオブザエルフ~人間に森を焼かれた最チョロ種族のエルフ、流れ着いた世界の果てで部下のゴブリンとスローライフを目指す~

天野ハザマ

最チョロ種族のエルフ、人間に森を焼かれて脱出する。

 エルフ。森に暮らし自然と生きる孤高にして長命の種族。

 彼等はそう呼ばれ、実際そうである。

 しかしながら……男性エルフは自信満々で結構抜けており、女性エルフはプライドが高く意外とドジ。

 男女ともに総じて惚れっぽく、生活力の類は精霊や、同じ妖精族のゴブリンを雇いやらせている為ゼロに近い。

 それでいて種族全体が美形な為、なんか結構生きていけたり悪い人間に騙されたりしている。

 もっと言えば……チョロい。プライドがクッキーより簡単に折れたり懐いたりするし、何にでも興味を持ったりするので騙しやすいのだ。

 それでいてエルフの集落には高級金属であるミスリルが必ず大量に備蓄されている為、エルフの森はよくミスリル狙いの輩に焼かれる。

 ……そして今日も、エルフの森は焼かれていた。


「うおおおおおおお! 何故だ、何故こんなことに!」

「ミスリル狙いでしょうなあ。あとゴブリン嫌いの御仁も多いですし」

「何故だ! 私はゴブリンは結構可愛いと思うんだが!」

「旦那のそういうとこ、結構好きですぜ」


 燃え盛る森の中を逃げているのはエルフのレイシェント、そしてゴブリンのハナコだ。

 金の髪に青い目、エルフらしく端正な顔のレイシェント。

 そしてその隣を走る、赤い服と帽子を身に着けた黒髪黒目の少女がゴブリンのハナコ。

 出会って3年くらいの仲だが、結構気が合っている……とレイシェントは思っている。


「ともかく、この先だ! そうだな!?」

「そうですなー。他の誰かが先に使ってなけりゃですが」


 すでに仲間は四方八方に逃げているが、レイシェントとハナコが向かっているのは川だった。

 エルフの生活用水としても使われているその川には……以前レイシェントとハナコがこっそり作った船が隠してあるのだ。


「ええい、許さんぞ! あの船は私と君が頑張って作ったのだから!」

「旦那が作ったのは穂先の女神像でしょうがよ」

「仕方なかろう! 私は大工仕事が苦手なんだ!」

「他に得意があるみたいな言い方やめていただけますかね」

「細工は得意だ!」

「ペッ」

「ああ、ひどいぞハナコ!」


 そんなやり取りをしながらも2人は川に辿り着き……布のシートを引っぺがす。


「よし、あったぞ!」

「そんじゃ川に浮かべますぜ」

「よし来た!」


 早速船に体育座りをするレイシェントを、ハナコは冷めた目で見つめる。


「……旦那。一応聞きますけど、それは?」

「押してくれ! 私は力があんまりないんだ!」

「ビンタされたくなけりゃ、一緒に押してくだせえ」


 ちょっと脅えるレイシェントとハナコは船を川へと押し出し……なんとか船に乗り込む。


「ハナコ。大変申し訳ないとは思うんだが」

「旦那にオール捌きなんざ期待してねえんで、座っといてくだせえ」

「有難い!」

「よぉし旦那。その寝る態勢をどうにかしねえと蹴りますぜ」

「ひえっ」


 そんな感じでハナコの巧みなオール捌きで進む船に乗りながら……レイシェントは感心したように呟く。


「……ハナコ。そんなオール捌き、何処で学んだんだ?」

「ゴブリンは流浪種族ですぜ? そんなもん嗜みです」


 そう、ゴブリンは妖精族の仲間ではあるが……女性ゴブリンと違い、男性ゴブリンは化け物じみた容姿で有名でもある。

 勿論男性ゴブリンも女性ゴブリンも変わらず理知的ではあるのだが……人間の「ゴブリン」イメージが男性ゴブリンであり、しかも盗賊行為を働いている連中である為か、駆除対象と見做されることも多い。

 これは他の種族でも同様であり、ゴブリンに友人や仲間として接するのは最チョロ種族と名高いエルフくらいのものだ。

 ともかく、そんなわけでハナコはそれなりにレイシェントに恩義も感じている。


「そうか……前に森に来た人間もハナコを見て露骨に驚いてたものなあ」

「アレは旦那が少女を働かせるクズエルフと勘違いされたんでさあ」

「なんだとお!?」

「人間のゴブリンイメージは男ゴブリンですからなあ」


 カラカラと笑うハナコと、ショックを受けた様子を見せるレイシェント。

 しかし、そんな2人の表情はすぐに真面目なものに変わる。


「……焼けていくな、私達の森が」

「ええ。いいところだったんですが」


 燃え広がる炎は、やがて森の半分以上を焼き尽くすだろう。

 そこまでしてミスリルが欲しいというのだろうか?


「この川の先には、何があるのかな」

「さあ、あっしもこの方角は良く知らねえですから」


 燃え盛る炎の中を抜けて、2人を乗せた船は進む。


「……ところで、このドドドって音は一体?」

「ん? いや待て、この音は確か……」


 呑気なレイシェントとは違い、ハナコは顔を真っ青にする。


「やべえ、滝だ! この先にそんなもんが……くっ!?」


 飛び出た岩にぶつかり、ハナコの手のオールが弾かれ飛んでいく。


「旦那、一応聞けますけど泳げますか⁉」

「無理だ!」

「でしょうね畜生!」


 ドパンッと。凄い勢いで空中へと飛び出す船。

 レイシェントとハナコも当然のように投げ出され……レイシェントは、そのハナコの手を掴む。


「旦那、何を……」

「ハクメイの森のレイシェントが風と水の精霊に願う! 我等に水中呼吸の力を与えたまえ!」


 2人を包む精霊魔法の輝き。

 そう、いつもレイシェントはハナコの事を忘れない。

 何の逡巡もなく掴まれた手の力強さに、ハナコは笑う。


「ああ、旦那。これだからあっしは旦那を見捨てられねえんだ」

 

 ドボン、と。2人は滝の下に落下して。

 落下のショックで気絶したレイシェントを掴むと、ハナコはひっくり返ったボートに掴まる。

 森を焼かれた精霊の怒りか、急速に天気は悪くなり……雨は強く、風が逆巻き始めている。


「嵐、か。逃げらんねえなあ、こいつあ……」


 水中呼吸の魔法がかかっているから、死ぬことはないだろう。

 しかし、どこまで流される事か。

 せめてレイシェントとは離れるまいと、ハナコはその手を強く掴んでいた。

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