〜〜邂逅 リュウの少年とヒトの少女〜〜

第1話 緊急任務









「はぁぁ……」



 白銀に輝くミミル(※この世界における植物に相当するモノ)の群集が生い茂る丘。

 そんな場所で溜息を吐く1匹の青いドラゴン。

 よくありがちな蝙蝠に似た翼はなく、両腕の二の腕に当たる部位は鉛色の金属で構成された生体組織で出来ており、前腕に当たる部位は生体組織と同様に金属から成り立つ外殻装甲に覆われ、両脚も同じようになっている

 まるで生身の部位を残したサイボーグのような風貌のドラゴンの名は、ジークア。

 とある組織にその身を置く"戦士"の一人だ。


「……飽き飽きする」


 呆れを含んだ鼻息を出して、そんな愚痴が自然とジークアの口から零れ落ちる。

 一体何度溜息を吐きながら、この虹色の空を何度仰いだのか。

 一度や二度、位じゃないことは頭が悪いと定評のあるジークアでも分かる。

 元々、空を仰ぐことなんてなかった。

 ただ視界に映るだけで、そこに何の感慨もない。だが戦争が起きてからは、自然と空を見て意識を思考の海へと放り投げることが多くなった。

 なぜ、戦争は起きたのか。

 どうして、止まらないのか。

 なんで、こんな事になってしまったのか。

 しかし、空を何度仰げども、その答えが明確に出てきた日はない。たぶんこれからも。


「……ったく。こんなの、いつになったら終わるのやら……」


 誰に言う訳でもなく。唯一人、己に向けての自問自答。当然それに答えるものなどいない。


「そりゃ、ずっとじゃない?」


 筈だった。

 誰なのか検討が付いているのか。特に驚きもしなければ、慌てることもなく。

 ゆっくりと上半身を起こしたジークアはチラリと後ろを流し目で見据える。

 案の定、彼にとって予想通りの人物が立っていた。

 狼か、あるいは犬か。その辺りの獣を彷彿とさせるデザインの無機質な黒いヘルメットを頭に被り、藍色の学生服に似た半袖にピンクのスカートを履いた一人の少女。

 両腕が金属で構成された骨格部位と筋肉組織、硬質的な外殻装甲に覆われており、両脚も腕同様に金属で出来ている。

 ゆっくりと近づいて来るその少女にジークアは、一人っきりの時間に水を差された気分から、つい苛立ち混じりの声を上げてしまう


「何の用だよ。"ルガ"」


 ルガと呼ばれたその少女は、ジークアのやや不機嫌な態度に不服そうな顔を浮かべて言う。


「本部からの呼び出し。通信端末ちゃんと開いてるの? かなり前から連絡あった筈だよ」


「………あー、ほんとだ」


 言われた通りに取り出して見てれば、小さな端末の液晶画面には確かに通信を受信した痕跡があり、『本部一件』と出ている。


 ルガの言っていることは紛れもない真実だと言うことだ。


「呑気に黄昏るのも悪くないけどさ、こう、もうちょっと気を引き締めた方がいいんじゃない?」


「引き締める、か。まぁその通りなんだけど、

 最近はどうも……」


「……分かってるわよ。ここ最近になってまた大勢仲間が戦死してる……そのことなんでしょ?」


 浮かばない顔には陰りが差しているジークアを見て、ルガはその心中を代弁する。

 ジークアとルガは共に同じ陣営で戦い、数多くの敵を討って来たが同時に多くの仲間を失ったのだ。

 亡くなった仲間の意志を受け継ぎ、戦って、戦って。しかしどれほどの作戦を遂行しようと、どれだけの功績を積んでも……勝利は未だ届かず。

 それどころか見えすらしないのだ。

 ただ悪戯に仲間を亡くしていき、精神的な部分や物資など様々な面で消耗していく。

 そんな日々が続いているのだ。

 だからこそジークアは思う。

 何故戦争は続いているのか。何故終わりが見えないのか。

 そんな疑問の数々が原因となって、ここ最近は空を仰ぎ見る機会が多くなった。

 ただ見ているだけは答えなど見つからないと、分かっているのにも関わらず……。


「……なぁ、ルガ。ずっと……ってのはさ、

戦争はこの先もずっと続くって言いたいのか

?」


 つい先程呟いた独り言に彼女は、そう答えたのだ。

 それをただの冗談だと捨てるには、納得が行かない答えだった。


「認めたくはない、けどね。ジークアも分かってる筈よ。闘争主義の連中は元から私たちみたいな平和主義と比べて数はすごく多い。そして奴らは戦いを欲してる。そして私たちは奴等の侵攻から平和を守る為に戦わないといけない。……ずっとね」


「それは分かってる。けど、和解の道も検討するべき…「そんなの無駄だよ!」……」


 耳を突き抜けんばかりの声が、言葉の道筋を断った。


「いい? 奴等は命を奪い合うことを娯楽にしてる。いや、もうそれが生まれ持った本能なんだよ。だから奴等はそのことに疑問なんてない。殺して殺して、殺し尽くす。私達っていう敵がいなければ何の問題もなく仲間同士で殺し合いを始める……それが闘争主義なんだよ」


「いや……俺にはそうは思えない。"アイツ"はそんな闘争主義を統率して、曲がりなりにも組織として成り立たせてるんだ。もし、ルガの言う通りなら戦争はとっくに終わってる……俺たちの勝利でな」


「……だから、余地があるって言いたいわけ

 ?……みんなが納得しないよ」


「……そうだな。そこが問題なんだよ」



 闘争と平和。常に世の理として相対する双方の概念は決して交わらない。

 二つの思想を掲げる者達もまた同じ。互いに歩み寄り、尊重することなど有り得ない。

 だからこそ、戦いは消えない。

 どちらかが滅ぶその時まで、不毛と混沌の泥沼のような戦いは続いていく。


 誰が……何をどう言おうと。






 ※






 虹色に光輝く大空が天上を彩り、様々な種のミミルが生い茂る大地。

 そして"ユグジス"という様々な働きを宿す素粒子が満ち溢れる世界。

 その世界を、そこに生きる者達は『ラグロギアス』と呼んだ。

 ラグロギアスに生きる住民達は、多種多様な見た目をした種属が存在し、その全種属に共通点するのが生まれ持って金属の部位を備えているという事だ。

 彼等は総じて、自らを『ハーフメル』と呼ぶ。

 有機物質と金属物質を併せ持つ、有機金属生命体である彼等は数百から数千と長命を生き、高度な文明を築き上げ、多次元の世界を

観測できるほどのレベルにまで達していた。

 しかし、彼等は生まれ持って強い本能を有していた。命を賭し、捨て去るような戦いに己の存在意義やハーフメルとしての正しい在り方を見出す『闘争主義』を掲げていた。

 故に同族間の殺し合いは絶えず、強者こそ

が尊ばれ弱者はその糧に成り下がるしかない

 そんな彼等の歴史の中で、ある時期に闘争とは真逆の平和的思考を有するハーフメルが生まれ始めた。

 争いが全てを決定し動かすのではなく、他者との調和に基づく安寧。それこそが知性を持つ生命体であるハーフメルの在り方で、今の在り方から脱却すべきという、新たな思想を掲げる『平和主義』が誕生した。


 当然、両者は相容れなかった。


 ハーフメルが平和と闘争、二つの主義に分かれて争う『ピース・オブ・バトル』と呼ばれる時代が幕を開けた。

 それから約5000年の月日が流れ、平和主義は目指すべき平和と治安維持を目的とする軍部組織『イージス』を創り、闘争主義はその後、ある男の下に統率された。

 名を『アグニール』。

 彼は元よりイージスのハーフメルだったものの原因不明の出奔を経て、『アレス』という闘争主義の一大勢力を誕生させた。

 平和主義を掲げるイージスと闘争を是とするアレス。

 両勢力による戦争は、泥沼化を辿る一方で未だ終息の兆しさえ無い状況へと停滞し続けていた。






 ※






「全くお前って奴は……いいか! 通信端末の受信音は常にオンにしとけ! こっちからいつ重要な連絡事項が来るか分かんねーんだぞ」


「す、すみません……」


「それと、だ。お前の寝腐ってた場所は度々アレスどもが目撃されてる地域だぞ。丁度、

連中の領地に近いしな。もうちっと安全なところでやれ。敵の奇襲を受けたらどうすんだ

!!」


 ジークアに向けて放たれる説教染みた怒号

。彼の側に立つルガはやれやれと呆れ、当の本人は反省を込めた蒼白の顔でウンウンと頭を縦に振って頷く。

 ゼウ・ザンダー。

 ジークア、ルガの二人が所属している先攻精鋭部隊『ファブラ』を指揮する隊長である。

 その風貌は獅子の如く多く盛った長い髪に口と顎の髭が髪と一体化し、ややギザついていて、人相は厳つく常に眉間に皺が寄り、目つきは遠くにあるものでさえ射抜きそうな面構えをした男性のハーフメルだ。

 机の上に自身の金属の腕を乱暴に叩きつける形で置きながら、説教染みた言葉を続ける


「まったく。昔から妙に放浪癖がある奴だと思ってたが、んな危機感ゼロの奴だとは思ってもみなかったぞ」


「……お言葉ですがゼウ隊長。周囲の確認はしましたした。それにもし敵が隠れ潜んでいたとして、それに気付けないほど軟弱のつもりはありません」


 自分に非があるのは百も承知だ。それでも

、だからと言って仮にも正式に『戦士』としてイージスに属しているジークアは、戦士の中でも上級に入る『精鋭』に位置する実力者

 散々言われてそのままにしておくほど、ジークアは素直で従順な性分ではない。

 イージスに所属し、今に至るまで数百年。

 その数百年で培った経験と技術、度量は先攻精鋭部隊に配属される程に至っている。そのことを考慮すれば、彼としても安く見られているような言動は気に喰わないだろう。


「ハッ! 俺から見りゃあ、テメェら二人揃ってまだまだヒヨッ子だ」


 しかしゼウは、ジーグアの反抗的態度を嘲笑う。


「ヒヨッ子が一丁前にほざくな。物事ってのは常に万が一を考えておくんだよ。テメェには、それがねぇ。戦いの技量技術、経験があったところで基礎的なソレがなけりゃ話にならん」


 ゼウの言葉は、正論に等しかった。


 物事は全て、計画してさえいれば上手く行くとは限らない。予想外な事態が何の前触れなく起こってしまう事などザラにある。

 言い方自体は粗暴ながら、その筋としては決して間違ったことは言っていない。

 それでも、やはりジークアの顔には不満があった。

 理屈としては正しくとも、感情はそうはいかない。

 しかし理屈的には正しいからこそ、顔で不満を零す程度に抑えている訳だ。


「まぁ、とりあえずこの話は終わりだ。仕事の時間だ」


 イージスにおける仕事は、戦場に立ち、闘争主義のハーフメルによって構成された『アレス』と呼ばれる敵対組織と戦うこと。

 これは先攻精鋭部隊も例外ではない。


「"ゲヘナ"のポイントエルダートにあるイージスの研究施設が襲撃を受けた。間違いなくアレスのクズどもだ。だが山ほどいる下っ端部隊じゃない……そりゃもう、大が付くぐらいにヤバい連中だ」


「勿体ぶって無いで、早く言って下さいよ」


 やけに神妙な面持ちで、思わせ振りに語るゼウにルガが急かすように口調を強める。


「"バルセルク"だ。嫌でも知ってんだろ?


「バ、バルセルク?!」


 思わぬビッグネームにルガは驚きの声を上げ、

 ジーグアは眉間に皺を寄せ、不快感を露にする。


 強襲部隊バルセルク。


 アレスの中でも強者揃いの部隊で、その凶暴性、残虐性はイージス内でも知れ渡っている。

 戦士ではない一般市民の平和主義のハーフメルの街一つを老若男女問わず、紙のように身体を引き裂き、腕や足といった五体の部位を潰すといった手段で皆殺しにした事があり、それ以降同様の、あるいはまた別の卑劣且つ残虐極まりない方法でイージスの軍事基地や街を壊滅させている。

 単純に弱い者を狙い襲う脆弱な部隊ではなく、相応の実力を持つ強者相手でも、凄惨な虐殺を平気で行う悍しい部隊なのだ。


「いいか、心して掛かれよ? バルセルクどもは厄介過ぎる。気を抜いた瞬間、首を取られました、なんてオチで終わらせるなよ」


 ゼウはそう言い、重い腰を上げて立ち上がる。


「先攻精鋭部隊、ファブラ! 出撃だ!!」






 ※






 ファブラの構成員は隊長であるゼウとルガ、ジークアの3人だけではない。

 3人を含む計10名のメンバーで成り立ち

、各々が"アーティス"を持っている。

 アーティスとは、ハーフメルの持つ『技術

』によって作り出された武装を指し、精鋭部隊クラスの戦士は各々が自分に合った専用のアーティスを持っている。

 逆にそうではない一般部隊の戦士たちは皆、量産型のモノを使用しており、何種類かのタイプに分かれる。

 接戦用の銃型やその逆である遠戦用の狙撃銃型。薙ぎ払いに特化した長剣型。投擲にも利用できる短刀型。突きの攻撃に長けた槍型

 他にもあるが、概ね見られるのはこの五種類だ。

 しかし専用のモノは保有するエネルギー量や、

 性能に大きな差が出るほど非常に優秀。

 故に一般戦士では扱えず、持て余す代物だが、精鋭戦士は苦もなく戦場の中で扱いこなし、敵を多く倒す。


 そんなアーティスをあろうことか、"椅子代わり"にするファブラ所属の精鋭戦士がいた。


「う〜ん……下っ端が45。メインのバルセルクが3ってとこだね」


 黒い円形の筒型のアーティスの上に腰掛け

、遠くを目を凝らして観察するその精鋭戦士の名は『ニズグ』。

 三つの赤い湾曲したパーツが交差しドリル状となっている"指先"に当たる部位と、それを取り付ける"掌"になる黒い土台のパーツが特徴的な少女だ。

 肩にかかる程度に長いブラウンの髪を靡かせながら、黒いフード付きのスクールコートに似た服装のニズグが見つめる先にあるのは

、アレスによって占拠されたイージスの研究施設。

 赤砂に覆われ、黒い石が大小そこらに転がる荒野で、彼女は眉間に皺を寄せて渋い表情を浮かべた。


「どーする? フレスベル」


《どうするも何も、俺たちの役割は偵察。今はゼウ隊長から『俺が来るまで情報収集に徹しろ』って命令されてるんだから、素直に従っとけ》


 ニズグの耳に装着された通信端末から聞こえる男性の声。その本人である『フレスベル

』は、ニズグがいる位置とは反対側の位置で腕を組みながら悠然とした佇まいで、通信越しに忠告を交えて、そう返した。

 フレスベルはルガやニズグと同じマーヒュ属の少年で、彼女らと同じくファブラのメンバー。

 両眼の白眼部分は真っ黒に塗り潰されており、瞳も確認できない特徴的な目を持っている。

 とは言え、これは遮光フィルターの役割を持つ黒い色素が両眼を覆っているだけで、きちんと両眼の視覚機能は正常に働いている。

 纏う格好はノースリーブの上に金属で出来た羽根のようなが生え、下半身はカーゴパンツに似たボトムを着用。

 円形が幾重に重なり合った形状が特徴的な金属の翼を持ち、橙色の短髪で金属で構成された逆関節の両脚はまるで、鳥類のソレを彷彿とさせるものだ。

 しかしまんま似ている訳ではなく、両脚の先の足首は円錐状の三つの部位が展開した形となっている。

 彼は遥か上空から、地上にあるイージスの基地を観測していた。

 自身の身体を包む特殊なエネルギーバリア『テルス』を発生させる事で自身の存在を察知されないよう、空中偵察の任に徹しているが、現在においてアレスに目立った動きはない。


《空から見て今のところ動きはないし、増援が来る様子もない。地上は? 本当に何もないのか?》


「うん。特に目立った動きなし。下っ端は45で、バルセルクが3。数に変化なしで見張に立ってる下っ端は20。中にいるのは25で、バルセルクどもは全員中」


 ニズグの情報通り、その周辺にはアレスの強襲部隊バルセルクの配下にある兵士が20名見張に立ち、強襲部隊メンバーである3名のハーフメルたちと残りの兵士が施設内部にいるらしい。

 彼女の『スキャウパー』という分析能力をもってすれば、内部を透過し、何から何までという程ではないがそれでも大きな動きと数を捉えることはできる。

 このスキャウパー自体はそれ程珍しい訳ではない。ハーフメルなら誰でも保有している能力の一つだが、ニズグの場合、一般的に分析不可能な長い距離からでも捉え分析できる為、この様な偵察任務では非常に優秀な人材である。

 加えて、空からの支援もある。

 偵察において彼等はまさに最強コンビだ。

 しかしそれでも、相手があのバルセルクなら油断は一切できない。


「しっかし、なんでまたバルセルクが? そんなに重要なモンでもあるのかな。あの研究所に」


《……知るか。連中の考える事なんざ理解したくもない》


 下らない、とばかりに鼻を鳴らしながらフレスベルはそう吐き捨てる。

 強襲部隊バルセルクは、部隊であるにも関わらず、たった3名のメンバー数で成り立っている。

 兵士たちはあくまでサポートの為の人員に過ぎず、正式にバルセルクに属している訳ではない。

 バルセルクの3名は敵味方構わず、猛攻による暴虐の限りを尽くすからだ。

 唯一メンバー同士での殺し合いには発展しないが、それ以外では敵も味方も関係ない。

 一度スイッチが入ってしまえば、体力の限界まで暴れ狂い全てを叩き壊し、容赦なく殺す。

 まさに狂戦士と言う他にない存在。

 だからこそ、彼等に追随するのは基本的に『組織全体における最小限の損失にしか成り得ない』、末端の一般兵士が担わらされる。

 彼等にとっては不運な事だが、アレスという組織の傘下に入ったのが運の尽きと思う他にない。


《!! ゼウ隊長から指示が来た。ゲヘナ・ポイントルーアで船が降下するから合流しろってさ》


 ゼウから送られて来た一つの信号。

 ハーフメルにしか聞こえない特殊な音で構成された暗号を読み取ったフレスベルは、地上で施設周辺を偵察していたニズグに内容を伝える。


「了解。すぐ離れるよ」


 ニズグはそう返した。

 フレスベルとニズグの両名は、ゼウからの信号を元に、目的の場所へと向かう事になった。






 ※






「なるほど。先攻部隊ファブラが来ているのか」


 黒い髪を二つの房に分け、赤い瞳に灰色の白目の特徴的な双眸を持つ少女は、どういう方法・手段かは謎だがイージスの基地内部から彼等の動向を既に察知していた。


 強襲部隊バルセルクのリーダー『ベアヌス』。


 左腕が金属部位で、その手はいくつもの指に当たるアーム部分が花弁の如く展開され、ギチギチと常に音を立てながら不気味に動いている。


「俺にやらせてくれよネーちゃん! 俺、アイツら食ったことねーし、あとグジャグジャに潰してもみてぇんだよ!!」


 ベアヌスの口から紡がれた言葉が、独り言のように零れた瞬間。我先にと声を上げるハーフメルの男がいた。

 それはまるで、獣の髑髏を象ったような顔だった。声自体はややガラついたものだが、無邪気な子供の雰囲気を纏わせ、黒い布のようなモノで身体を隠す様はまさに『死神』の一言に尽きる。

 大鎌でもあれば、尚更そう見えただろう。


「そう焦るな『オオウル』。きちんと遊ばせてやるさ」


 バルセルクの特攻兵オオウル。


 性格は子供っぽく、リーダーであるベアヌスの命令には非常に忠実で、彼女を『ネーちゃん』と呼び慕っている。

 しかし、いざ戦いとなれば暴れ狂い、あらゆる命ある者を殺し喰らう、暴虐の獣となる


「ファブルか。楽しみだ。奴等の切り心地、どのようなものか……」


 それは剣と呼ぶべきか、槍と呼ぶべきなのか。

 灰銀に輝く棒状のその武器は両刃で、しかし握る為の柄らしき部位がなく、丸々刀身という奇妙な形をしている。

 そんな異様な業物を握り締め、痛みを感じているにも関わらず狂気染みた微笑みを顔に張り付かせて言うのは『狂切者』のカミフ。

 長い藍色の髪を垂らし、顔の上半分を切り傷をイメージしたような赤いラインが奔るブラウンカラーのアイマスクで覆い、オオウル同様その身も黒い布を衣服として纏っている

 武器を握る手は、腕含めて暗い赤のカラーの金属部位で前腕にナイフのような突起が付属されている。


「い、いったい何の用だ! お前らのような飢えた獣如き…がぁッ!!」


 全身を覆う灰色のコートを纏い、高性能の顕微観察機能を持ったゴーグル端末を装着したマーヒュ属型の男。

 彼が言い分を終える前にベアヌスのアームに溢れた手が男の顔を掴んだ。


「突然の訪問には失礼した。何分、急ぎの用だったものでね」


「がぁッ! あぁッ!!」


 ミシりと音を立てて、男の頭部が歪んでいく。

 しかし一方のベアヌスは至って丁寧な口調

。実に違和感が異様なほど滲み出て来る光景だ。

 彼はこの研究施設の最高責任者に位置する者で、『カガル』という。

 カガル以外の研究員は全員残らずバルセルクや兵士たちの餌食に成り果て、唯一の生存者は彼しかいない。

 ……いや。正確に言えば、を除いては。


「率直に尋ねよう。『最重要研究対象』は、何処にいる?」








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