6話。薬師のアトリエを作成する

 その夜──

 私は夢を見た。


 私はホワイトウルフのシロにもたれかかりながら、小説を読んでいた。

 場所は魔王城に増設した書庫の中だ。

 ジンとしみ込んでくるような静けさと、古びた紙の匂い。

 私を包み込む、温かいモフモフの感触。


 ……すべてが満たされた至福の時間だわ。


 頭が良い魔狼であるシロも、器用に前足を使って本のページをめくっていた。

 尻尾をふりふり揺らしなが、シロも黙々と本を読んでいる。


「お姉様! お姉様がいては、私はエルトシャン殿下と結婚できないわ!」


 突然、義妹シルヴィアが扉を破って乱入してきた。彼女は大勢の聖騎士を引き連れている。


「シ、シルヴィアっ……!?」


 なぜ、どうやってここに?


「殿下はお姉様に心を奪われたって! 聖女である私を差し置いて、ゆ、許せませんわ! この魔女めぇえええっ!」


 魔王城の守りが、こうも簡単に突破されてしまうなんて。

 もっとしっかり防備を固めておけば良かったと、私は激しく後悔した。


 聖騎士たちの放った【聖炎】の魔法が、周囲の本棚に着弾して火の手が上がる。早く逃げなくては。

 シロと一緒に走り出したところで、目が覚めた。


「……あっ、夢ね」


 私はベッドから転がり落ちていた。

 ……い、痛い。

 

「失礼します。お嬢様、朝食の準備が整いましたので食堂にお越しください」


「はい。あ、ありがとうございますぅ!」


 執事のヴィクトルが、部屋をノックした。

 ランギルスお父様をお待たせしてはいけないので、急いで身仕度して向かう。


 着替えは実家では侍女が手伝ってくれていたけれど、この城では召使いはヴィクトルしかいないようだった。

 ドレスをまとうのに、かなり苦戦してしまう。


 大理石が敷き詰められた廊下に出て、食堂に向かう。

 魔物をチラホラ見かけるけど、魔王軍と呼べるほどの規模ではない。


 首無し騎士が私に出会うと、ひざまずいて、胸に手を当てた。


「我が姫に忠誠を……ッ!」


 彼はこの城を警備してくれているようだ。一瞬、ギョッとしてしまったけど、アンデッドナイトは、この城最強の兵だと教えてもらっていた。

 なら、失礼の無いようにしないと……


「……アルフィンです。お、お世話になります」


「お父上、魔王様の元にご案内いたします」


 アンデッドナイトに先導されて食堂に向かう。

 生者を憎むアンデッドは人間の天敵と言われているけど、彼はとても紳士的だった。


「おはようアルフィン。お前と一緒に食事ができるなんて、夢のようだ」


 食堂でランギルスお父様が、出迎えてくれる。

 

「ぅっ……! お、おはようございますっ」


 精霊であるお父様は、食事の必要はないのだけど。なるべく私と食卓を共にしたいと、おっしゃってくれていた。

 美形のお父様に満面の笑みを向けられると、緊張で全身が強張ってしまう。この人と親子だなんて、まだ若干、信じられない。


 それにしても、良い匂い……


 カリカリのベーコンと色とりどりの野菜サラダ、みずみずしい果物が食卓を彩っていた。こんがり焼けたパンが、編みカゴにいくつも盛られている。


 昨日の晩餐も豪華だったけど、朝食も贅を凝らしたものだった。

 これをすべてヴィクトルがひとりで用意しているというのだから、スゴイ……


「お父様、さ、さっそくですが。魔王城に作ってみたい設備があります」


「よし。聞こうか」


 お父様が身を乗り出した。

 食事をしながら話す。


「ま、まずは『薬師のアトリエ』を作りたいです。私は回復薬(ポーション)の作成が得意ですので……」


「回復薬(ポーション)は、助かるな。魔王城のある迷いの森では冒険者たちがモンスターを乱獲して、怪我をする魔物が続出している」


「そ、そうなのですか?」


「ああっ。残念だが、精霊となった俺はここから出られず、魔物たちを庇護することができない」


 お父様は苦虫を噛み潰したような顔をした。


「ランギルス様の庭を荒らす害虫ども。本来なら、私が出向いて蹴散らしてやりたいところなのですが。

 あまり目立って、この城に討伐隊など差し向けられては困るので、放置しておりました」


 ヴィクトルは、忌々しそうに鼻を鳴らす。

 給仕役の彼は、空になった私のグラスにオレンジジュースを注いでくれた。


「そ、それでは回復薬(ポーション)作りは。怪我をしたモンスターたちを救うのにも役立ちますねっ」


「それ以外の使い方もあるのか?」


 お父様が意外そうな顔をした。


「……は、はい。積極的に城を強化して、守りを固めていかないと。聖王国にいつ攻め込まれるか、わかりませんのでっ。

 わ、私は作成した回復薬(ポーション)を売ってお金にして。そのお金で魔王城の設備を増やしていきたいと考えています」


 怪我を治す回復薬(ポーション)は需要があるので、それなりの値段で売れた。

 私は聖女教育の一環として、回復魔法を封入した回復薬(ポーション)作りを叩き込まれてきた。

 毎日、30本は作って、商人に買い取ってもらっていた。


 私の作った回復薬(ポーション)が誰かの役に立つ思うと、熱が入った。


「軍資金を稼ぐための『薬師のアトリエ』か!」


 お父様が感心した顔つきになる。


「はい。実はそれだけでなく……私はどうしたら、お母様が理想とした人間と魔物が共存できる世界が作れるか。考えました」


「なに……?」


「それには専守防衛です。絶対に落とすことのできない無敵の城を作って。いざとなったら、みんなでここに引きこもるんです」


 私の考えに、お父様とヴィクトルは目を丸くした。


「【魔王城クリエイト】で、作れる設備には『地下ダンジョン増設』というのもありました。大勢の魔物を地下ダンジョンに入れて守れば、こ、この考えはうまく行くハズです。

 ひょ、兵糧の問題も。食料生産ができる設備を作れば、解決できますぅ」


 作れる設備には果樹園もあった。

 【魔王城クリエイト】で作成できる設備は、条件を満たすことで増えて行くらしい。それなら食料生産設備も増えて行くだろう。


 自給自足が可能になれば、ずっと引きこもっていられる無敵要塞が完成するハズだわ。しかも、書庫まで完備……

 それは、まさしく私の夢の城だった。


「兵糧攻めでも落とせない無敵要塞。なるほど、そそられるお話ですな」


「大軍の維持には、大金がかかる。魔王城が落ちなければ、どの国の軍隊が攻めてきても、やがてあきらめて帰るだろう」


「こちらからは決して攻撃せずに、専守防衛に徹する……そ、そういう方針で大丈夫でしょうかっ?」


 私はチラッとヴィクトルの表情をうかがった。

 ヴィクトルは紳士だけれど、吸血鬼の王(ロード・ヴァンパイア)だと言うし、好戦的な感じがした。


「もちろんでございます。アルフィンお嬢様は、次代の魔王となられるお方。その方針に従うことに喜びこそあれ、異論があろうハズがございません」


 私は胸を撫で下ろす。魔王の権威は絶大なようだ。

 まだ次代の魔王になるかは、決めかねているけれど……


「ただし、もしランギルス様やお嬢様を害そうなどという愚か者がおりましたら。その首を取ることに、何のためらいもございませんが」


 ヴィクトルは不敵に笑った。

 周りの空気が凍てつくような感じて、私はビクッと、してしまう。


「ま、まだ、私の【魔王城クリエイト】で作成できる設備の種類は限られています。実際に設備の作成を試していないので……どれほどの質のモノができるかも不明です。

 この構想が本当にうまく行くかは、わ、わかりませんが……」


「いや良い考えだと思う。ヴィクトル、さっそく100万ゴールドをここに持って来てくれ。試してみよう」


「かしこまりました」


 退出したヴィクトルは、やがて宝箱を運んできた。

 ヴィクトルが蓋を開けると、ギッシリと詰まった金貨が輝きを放つ。


『薬師のアトリエ(費用80万ゴールド)。

 この設備を設置しますか?


▶はい いいえ』


 設備の作成をしたい。

 そう願うと、光の文字が出現し選択を迫ってきた。


「……もしかして、この『はい』。に触れれば良いのかな?」


 おっかなびっくり、タッチしてみる。


『設置する場所を指定して下さい』


 続いて魔王城の見取り図が、目の前に表示された。

 薬師のアトリエは、ひんぱんに通うことになると思うので、自室の隣を選んでタッチする。


『パッパラッパパー! 【薬師のアトリエ】の設置が完了しました!』


 軽快なラッパのような効果音と共に、魔王城の見取り図に『薬師のアトリエ』が追加された。

 同時に80万ゴールドの金貨が淡い光となって消滅する。


「薬師のアトリエが、設置できたようです。さ、早速、見に行ってきます」


「よし。行こう」


 お父様と一緒に席を立つ。

 廊下を進むと、今までは無かった扉が追加されていた。『薬師のアトリエ』と書かれたドアプレートが、かかっている。

 好奇心と共に扉を開けて、息を飲んだ。


「うわぁ……っ」


 そこには超一流の薬師が使うような、立派な機材が揃ったアトリエが広がっていた。

 テーブルの上には、丸底フラスコ、すり鉢、天秤、蒸留器。部屋の中央には、魔法溶液を満たした最新型の錬金釜まである。

 そのどれもが手垢のついていない、新品のピカピカだった。


「すごい設備じゃないか。80万ゴールドをかけたかいがあったな!」


 お父様も感嘆の声を上げた。

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