第44話
肉を切るとざくっという手応えがある。筋とか繊維とかを壊していく音だろう。
スーパーで買った牛肉や豚肉を切るのとは違う。何て言うんだろ、抵抗感がある。
暖かく、そして生きている、切断される事をよしとしない、肉自身の抵抗のように感じる。このざくざくという感触が割と好きだ。死んでしまった肉は何も抵抗しない。それはもうただの肉の塊で、肉屋で並んだ肉と同じだ。
骨にひっかかると刃物が妙に止まって手に嫌な痺れが走ったりする。
途中で楽しみを邪魔されたような気分になって不快だ。骨を砕くのは力がいるからあまり好きじゃない。すぱっと骨ごと切断出来れば爽快なんだろうが、そこまでの鋭利な刃物を用意するのと力加減のタイミングが難しそうだ。達人じゃあるまいしね。
通販で買ったメリケンサックは面白いけど、疲れるからあまりやらない。
所詮、女なんて非力なものだ。トレーニングジムへ行って筋肉ムキムキに鍛えればいいのかもしれないけど、そこはそれ、趣が違う。そういう事に時間を費やしたくない。
前回のハンディチェーンソーは超がつくほど気に入っている。
でも短所は派手に汚れる事。血しぶきが吹き出て、拭き取るなんてもんじゃないほどの血の海になる。脂肪の汚れで切れが悪くなるし。それに買い換えるのはいいけど、ああいうのって捨て場所に困る。もちろん電動のチェーンソーも持ってるけど、まだ使った事がない。外国の田舎の殺人鬼一家じゃあるまいし、あんな派手なのそうそうに使えない。うるさいし、振動がわりと腕にくるし。
ハンマーも持ってるけど、重くて重くて持ち運びに不利。金槌の方がましね。
基本的には誰にも見つからない、迅速に秘密に行動するのがモットーだ。誰かに見られる、通報、逮捕は避けたい。そうすると楽しみに制限が出来る。出来るだけ服を汚さない、時間をかけない、誰にも見られない。流血させない、音をたてない、迅速に行動する。
これだけ制限がかかると、使える武器も限られてくる。
刺すのは好きだ。致命傷も与えやすい。血も出ないし、服も汚さない。持ち運びにも便利、安くてどこででも購入出来る。だけど毎回アイスピックではつまらないでしょう。
刺す、切る、砕く、それなりに対応出来る少し大型のナイフがいいのかもしれない。
軽量だし、値段もいろいろだ。
でも刃物は見つかったら銃刀法違反になるのかしらね。
美里の楽しみなぞささやかなものだった。月に一度も楽しんでいない。
普段の日は朝から晩まで働いて、ささやかにチョコレートを一粒食べるくらいだ。
毎日趣味で楽しくお出かけしてる近所の奥様に比べて、何て我慢強い美里。
だがもう我慢しなくていいような気がした。
そう思うと肩の力が抜けて楽になった。
我慢しなくていいという事は美里が確実に死に向かっているという事だ。
細心の注意を払ってきたお楽しみにもきっと穴ができる。
その穴に足下をすくわれて、美里はきっと失敗する。
返り討ちにあうかもしれない。
警察に捕まるかもしれない。
捕まったらきっと死刑だな。
そんな地味なの嫌だ。
警官隊に撃ち殺されるとかそういう派手なのがいいわ。
この外国の地ならぴったりだわ。
青い空、海、まぶしい太陽、、観光客。
自分の死をどうか藤堂が悲しまないでいられますように。
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