四人の再来④

 再びモンテ・クリスト伯爵邸に着いたのは、もう夜9時に近かった。勿論、そんな時間にアポイントもなしに突然訪ねるのは極めて失礼な行為だ。しかし、モンテ・クリスト伯爵は快くわたし達を迎えてくれた。

「連日、そしてこんな夜分に申し訳ありません」

 紫音は頭を下げた。

「構いません。まだ起きている時間ですから。それで、ご用件は?」

 モンテ・クリスト伯爵はやや警戒した面持ちで尋ねてきた。いきなり探偵が押しかけて来ればそうなるのも無理はないだろう。

「実は、ヴィルフォール氏のことで伺いたいことが」

「ヴィルフォール氏ですか。彼がどうかしましたか」

「お亡くなりになりました」

「お亡くなりになった! いつです?」

 伯爵は椅子から飛び上がる様に、驚いて立ち上がった。

「今日の午後です」

 対する紫音はあくまでも冷静だった。

「私共の事務所へ参られた夫人が帰宅された時に発見したと」

「そうですか。しかし、なんでお亡くなりになりました?」

「殺人です。彼は殺されました」

 紫音は冷淡に言った。

「殺された! 誰にです?」

「それをお伺いしに参りました」

「というと?」

「私はこの事件の捜査を依頼されましたが、生憎とその人物のことを全く知りません。なので、私より詳しい方にお話を伺いたく」

 伯爵は頷いた。

「ヴィルフォール氏は、MAFIA内での裁判官でした。彼の判断によって、規則違反者を罰することが出来るのです」

「では財務管理はダングラール氏が?」

「そうです。そしてモルセール伯爵も幹部の一人です」

「でしょうね。ヴィルフォール氏には誰でも簡単に会いに行くことが出来ましたか?」

「難しいでしょう。曲がりなりにもMAFIA幹部です。同じ幹部でもなければ……」

 紫音の目が虚空を見詰め始めた。何か重要なことに気が付いたかなにかだと思うが、失礼だから改めた方がいいと思う。

「幹部の誰と親しかったとか、逆に仲が悪かったとか、そういうことはありませんか?」

 紫音に代わってわたしが尋ねた。伯爵は少し考えるようにしてから、

「誰とも特別親しくはなかったと思います。逆に言えば、特別仲が悪いということもありませんでした」

 と答えた。

「そうですか。今日どなたかと会う予定だとかも、聞いていませんよね」

 こちらの質問は完全に駄目もとだ。

「そういった話は聞いていませんね。お力になれず申し訳ありません」

 伯爵は丁寧に頭を下げた。

「とんでもない。貴方のお話のおかげで、仮説を一つ裏付けられましたよ」

 急に現実に戻ってきたらしい紫音が言った。彼女は勢いよく立ち上がると、上流階級者らしい上品さで一礼し、モンテ・クリスト伯爵邸を後にした。何故その態度を話を聞く時にもしないのか、甚だ疑問だ。

 帰りの馬車の中でも紫音は黙り込んでいたが、やがて口を開いた。

「思索している時に口を挟まない友人を得られて私は幸福だな」

「そう?」

「こんな二人きりの空間で私が黙っていても君は気にしないだろう? これはなかなか得難いことだ。あのレストレイドなど、ひっきりなしに話しかけてきた。気まずかったのだろうな」

 紫音がこうも急に上機嫌になるのも、もう慣れたものだった。歳を重ねる毎に段々と奇抜さが際立ってきている気がしなくもないが、全ては慣れだ。

 ワトソン博士もこういう心境だったかもしれない。

「捜査は順調なの?」

「素晴らしく順調だ。既に犯人は分かった。後は証拠集めだ。まあそんな顔をするな。全ては明白だ。私が分析にかけては右に出る者のない魔眼を持っていることは分かっているだろう?」

「分かってはいるけど」

「折角綾女さんが複製してくれたのだから、君ももっと活用するべきだ」

「きみのものほど明確な分析は出来ないよ」

「それでもだ。少なくとも、肉眼では見えないものを見ることが出来る。足跡とかな」

「足跡?」

「そうだ。この街には、一見しても分からないが、地面の上に根源魔力エーテルが堆積している。いわば根源魔力の泥だな。その上に足跡がつくというわけだ。屋内では、靴の底に付着した根源魔力が床にも残る。これは靴を脱がれれば使えないが、その点今回は幸運だった」

「なるほどね。で、なんでそれで分かったの?」

「ヴィルフォール氏の邸宅の前には足跡がなかった。来訪者は一人、馬車で来ていた。嗚呼、馬車も車輪の跡で同様に分かる。わざわざ馬車を使って来るのは再来の者だけだ。つまり、モンテ・クリスト伯爵、ダングラール氏、モルセール伯爵の三人に絞られる。だが、室内にあった足跡のうち、ヴィルフォール氏のものではない方は、モンテ・クリスト伯爵のものとは異なっていた。そして、ダングラール氏の再来になるような人物に、眉間を撃ち抜くなどという芸当は出来ない。これは現場で見た資料で確認済みだ。ここで推理の基本に立ち返る。つまり『有り得ないことを除いた時、When you have eliminated the impossible,どんなものが残っても、whatever remains,如何にありそうになくてもhowever improbable,真実に他ならないmust be the truth.』だ。よって――」

「モルセール伯爵が犯人」

「そういうことだ」

 紫音は口の端を一瞬だけ吊上げるようにして笑った。

「じゃあ、モンテ・クリスト伯爵の家まで行ったのは、足跡を確認するため?」

「少し違うな。勿論それもあるが、一番の理由は、モルセール伯爵がヴィルフォール宅へ行けるかどうか知りたかった、ということだ。もし行けないとすれば、この仮説は完全に間違っていたということになるからな」

 馬車が止まった。ドアの鍵をポケット内で探しながら紫音は続けた。

「明日はモルセール伯爵邸を訪ねることになるだろう。今日は早く休んだほうがいい」

「夜食は? ハドソン夫人が用意してくれてると思うけど」

 紫音ははたと手を止めた。その顔を見てわたしは全てを察した。まったく彼女はホームズだ。

「忘れていた。最早思索の必要もない。早速頂くとしよう」

 そう言ってサッと鍵を開けて中へ飛込んだ。


 翌朝早く、わたしは寝室への闖入者によって叩き起こされた。

「来い、ワトソン! 来るんだ!」

 興奮した紫音がいた。わたしは時計を見た。

「まだ七時十五分だよ……」

「嗚呼、いつもより早くに起こして悪いとは思っている。しかしこれを聞けば君の機嫌も直ると信じているよ。『獲物が飛び出したぞThe game is afoot!』」

 実際、彼女の言う通りだった。わたしは跳ね起きてすぐに着替えた。我ながら単純なことだと思うが、いやしくもワトソン博士の再来ともあろう者がこの言葉を聞いて起きないなどということがあるはずがない。

 わたしが一階――イギリス式の一階なので、日本で言う二階――に降りると、紫音は私の分もコーヒーを淹れてくれていた。

「目覚めには濃いコーヒーが一番だな」

 そう言ってわたしに渡してくれた紫音の顔は活き活きとしていて、昨晩の陰鬱な事件など無かったかのようだった。

 わたしはコーヒーを一気に飲み干し、紫音の方へ身を乗り出した。

「それで、獲物は?」

「これだ」

 紫音は手紙を差し出した。目で読んでみろと言っていた。


 拝啓

 シャーロック・ホームズ様

 私を貶める人物についての調査をお願いしたく、本日午前九時に伺います。詳しいことはその時にお話します。

 敬具

 モルセール伯爵


 ということが書いてあった。

「モルセール伯爵からだ!」

「そう、訪ねるつもりが訪ねられることになった。その前に朝食を済ませておこうと思うと、早く起きてもらうより他になかった」

 どうせ自分は食べないくせに、と思ったが、わたしは何も言わなかった。言わなくても伝わっていることはこの際考えないでおく。

 朝食はハドソン夫人お手製のチキンカレーだったが、やはり紫音は食べなかった。思考が鈍るのはわかるが、空腹でも逆に集中力に影響しないだろうか。まあ、酷い時は三日以上何も食べなかったりする彼女のことだから、一食くらい抜いても空腹すら感じないのかもしれない。それはそれでどうなんだ。医者の端くれとして彼女の体調についてはわたしにも責任があると思っているが、どうしても食べてはくれないのである。

 モルセール伯爵は時間通りにやってきた。背は高く痩せ気味で、頬は痩けて目は落ち窪んでいた。着ているものは立派で、威厳のある人物であるかに見えないこともなかったが、顔は真っ青で、目は見開かれ充血して、どう見ても正常な状態ではなかった。

「はじめまして、シャーロック・ホームズさん。手紙はお読みになりましたか」

 モルセール伯爵は握手しようと手を差し出したが、その手は酷く震えていた。

「きちんと読ませて頂きました、モルセール伯爵。さ、おかけになって、ブランデーでもお飲みになっては」

「いえ、それには及びません。頭ははっきりしてますし……」

 それを聞いて紫音は自分の肘掛けに腰を下ろし、手でソファを勧めた。

「それで、貴方を貶める人物についての調査を依頼したいというお話でしたね」

「そうです。この紙の差出人を調べて頂きたいのです」

 モルセール伯爵は上着のポケットから一枚の紙を取り出した。それは所謂A4サイズのコピー用紙で、何かの書類のようだった。

 紫音はそっと受け取り、しげしげと眺めた。やがてそれを目の前に掲げたまま口を開いた。

「ふぅん。ではこれが昨日ジェラール・ド・ヴィルフォール氏の客間から持ち去られた書類というわけですか」

 伯爵はギョッとした表情を浮かべ、口をパクパクと開いたり閉じたりした。

「何を、何を仰りますか」

「昨日殺害されたヴィルフォール氏の客間からは、明らかに何か書類の類が持ち去られていました。それがこれだと私は確信を持っています。これはMAFIAにおいて処刑宣告にも等しい書類です。その差出人を知りたいと思うのは、まあ不自然な話ではありませんね。しかし、よりにもよってそれが私の元へやってくるとは」

 モルセール伯爵は秘密を暴かれたことへの羞恥か怒りかで赤くなった。

「この紙は、告発状であると同時に死刑宣告書だ。ヴィルフォールが署名すれば私はMAFIAで死刑になる。身を守って何が悪いか!」

「知らぬ存ぜぬを決め込むかと思っていましたが、意外に思い切りが良いのですね。しかし、それならどういう理由でそうなったのか、魔術連盟に報告すべきではありませんか? この街ではMAFIAとて魔術連盟法に従う必要があることをお忘れではありますまいな」

 客はまた小さくなった。

 わたしからしても、紫音の言う事に道理がある。魔術連盟は今や一つの国家の如しだ。魔術連盟が統治するこの夏山市においては、如何なる人物であっても魔術連盟の法に従う義務がある。外国人なら訪問先の国の法を守らなくていいなんてことがないのと同様に、魔術連盟員でなくMAFIAの構成員であったとしても、それは絶対だ。

「それは、全てが明らかになってからにしようと……でなければ私が悪くないと証明出来ません」

「ほう。では直ちに報告する義務があるにも関わらずそれは無視なさると。それは大変結構です」

 紫音は皮肉っぽく言った。モルセール伯爵は黙ってうつむいている。

 わたしは思わず紫音の方を見た。やはり彼女は伯爵に同情的ではないのだ。わたしが何か言おうとした時、紫音が手で制した。

「ワトソン、余計なことは言うな」

 紫音はそう囁いた。わたしは紫音の顔を見た。彼女は静かに微笑んでいる。大丈夫だ、任せておけと言っているかのようだった。

 わたしは紫音の言葉を信じることにした。それがワトソンたるわたしの務めだと思っているから。

 紫音は伯爵の前に歩み寄り、机の上に手をついた。

「伯爵、ご安心下さい。私に全てお任せ下さい」

 モルセール伯爵はハッとして顔を上げた。

「この件は、私、シャーロック・ホームズが引き受けます。勿論、直ちに報告しなかったという点については責任を取って頂きますが、根本的に誰が悪かったのかは、私が真実を明かします」

 伯爵は紫音の手を取り、何度も感謝を述べた。

「ありがとうございます! 本当に、なんてお詫び申し上げればいいやら……。どうかよろしくお願い致します」

 紫音は鷹揚に頷いてみせた。

「お気になさる必要はありません。これも仕事のうちです。察するに、この告発状は貴方ではなく、直接ヴィルフォール氏に送付され、ヴィルフォール氏が貴方を呼び出したということでしょうね」

 モルセール伯爵は頷いた。

「呼び出しはいつどのように?」

「昨日手紙で」

 神秘社会では、手紙は郵便局のポストに入れれば自動で相手に届く。速達なら即時だ。魔術師達に手紙が愛用される所以である。特に最新科学に忌避感のある古典的な魔術師にとっては必需品といえる。

 とはいえ、今回の件で手紙が多用されるのは再来の元となった人物の時代のせいだろうが。

「どのような文面でしたか」

「重要な話があるので来るように、と」

「それで行ってみたらこれを見せられた」

「そうです」

「ヴィルフォール氏は部屋の中央に立ってはいたが、ペンを持って今にも署名するかのようだった。それで貴方はヴィルフォール氏を射殺し、客間中をぐるぐると歩き回った末に、この紙を拾い上げて帰った」

 モルセール伯爵は目を見開いた。

「見ていたのですか!」

「いいえ、単なる観察の結果です。貴方からお聞きすべきことはだいたい伺えましたので、もうお帰り頂いて構いません。しかし、この告発状は調査に必要ですから私が預かっておきます。貴方は直ちに連盟に事の経緯を報告なさることです。ではごきげんよう」

 紫音はサッと立ち上がると軽やかにドアを開け、手で道を示した。モルセール伯爵は何度も頭を下げながら帰って行った。

 紫音は椅子に深く腰掛けて長い足を組んだ。

 その顔はいつも通り涼しげで、先ほどまでの会話などまるでなかったかのようだ。

 わたしは紫音の向かい側に座った。

 紫音はため息を一つ吐き、パイプを取り出した。マッチを擦り、火をつける。煙を深く吸い込み、吐き出す。彼女の魔力の、特徴的な紫色の煙が部屋に広がった。

 紫音はしばらく目を閉じて考え込んでいたが、やがて口を開いた。

 その声もすっかり落ち着いていて、今しがた殺人犯と会話したとはとても思えなかった。

「さて、まずは情報を整理しよう。モルセール伯爵が持ってきた告発状だが、これは告発状であると同時に死刑宣告書でもあると言っていたな。ワトソン、ひとつ告発状の内容を読んでみてくれないか」

 わたしは紫音から告発状を受け取り、声に出して読んだ。


 ジェラール・ド・ヴィルフォール殿

 私はモルセール伯爵を以下の罪状で告発致します。

 モルセール伯爵は、首領の意向に反して一般人を捕らえさせ、その婚約者を犯し娶りました。また、以前所属していた組織を裏切り、その長を謀殺した上、その妻と娘を奴隷商人に売り渡しました。

 公正な裁きをお下し頂きますようお願い申し上げます。


「署名はないね」

「当然だな。この手の告発状に記名するのは馬鹿だ。今回のようなことがあった場合、書いた者に危険が及ぶからな」

 紫音はそう言って肩をすくめた。それはそうだ。MAFIAに所属するような者が、自分を貶めようとする人物を放っておくわけがない。だからこそモルセール伯爵もここへ来たのだ。相手が悪かったが。

 わたしは再び告発状に目を落とした。

「今どき奴隷商人なんているの?」

「勿論いる。こういう裏社会の更に底の深いところにね。連中は主に私生児や孤児を買うなり拾うなりして手に入れ、労働力や兵力として売り出す。簡単には尻尾を掴ませてくれないからその存在を知ることは困難だが、私は幸い少しだけ知っている」

 紫音はまたパイプを口に運び、眉間に深い皺を寄せながら暫く黙っていた。

「……実際のところ『誰がやったかWhodunit』は大した謎ではないな。送り主は明白だ。動機もまた然り。問題は、ここに書かれていることが真実かどうかだ。さあどうやって確かめる?」

 紫音は再び口を開くなりそう言った。

「それわたしに訊く?」

 わたしの抗議に、紫音は悪戯っぽい笑みで応えた。いいから考えてみろということらしい。

 時々彼女はこういうことをするが、それはわたしの思考を通して自分の考えを纏めようとする彼女独特の方法であることをわたしは知っているので、今更文句を言うつもりもない。

 勿論迷惑だとは思っているが。

「モルセール伯爵に尋ねる」

「却下だ。真実であっても否定する筈だ。自分の正当性を保ちたいのだからな。彼と話すのは全て明らかになって、彼に弁解の余地が無くなってからだ」

 紫音は即答した。つまりこれがその場で本人に尋ねなかった理由というわけだ。

「警察の記録は?」

「悪くない。しかし、わざわざ告発状を用いなければ明らかにならないような情報を、あの無能なヤードの連中が持っていると思うか?」

 それはわたしも思わない。市警の方々には悪いけれども。

 しかし、当たれる可能性はこのくらいではないだろうか。他に誰かがそれを知っているとも思えない。

 ところが、わたしがこう考えたことを読み取ったのであろう紫音は呆れたような表情を浮かべていた。

「ワトソン、私がこの問題について述べる前に何と言っていたか思い出してくれ。私は『送り主は明白だ』と言わなかったか?」

 確かにそう言っていた。これでようやくわたしにも分かった。というより、このヒントを出すなら答えはこれしかあるまい。分からない方がどうかしている。

「じゃ、送り主に訊くんだ!」

「Exactly」

 紫音は短く静かに答え、スッと立ち上がった。

「来るかい?」

「もちろん」

 三十分後、わたし達はもはやお馴染みとなったモンテ・クリスト伯爵邸の客間にいた。

「一切の疑問の余地もなく、送り主はモンテ・クリスト伯爵だ。動機は言うまでもあるまいね」

 わたしは頷いた。

「さて、動機がはっきりしているなら、問題はもう一つしかない」

「というと?」

「書かれていたことが事実かどうか、さ。如何せん余りにも原作に似すぎている。つまり復讐される原因となった行いが他にあるのか、それとも本当に書かれている通りの――」

 それ以上話すことは適わなかった。客間の戸が開き、モンテ・クリスト伯爵が颯爽と現れたからだ。

 紫音は立ち上がり、告発状を突き付けた。

「失礼ながら、この件について伺ってもよろしいでしょうね?」

 彼女は有無を言わせぬ空気を纏っていた。伯爵は少なからず驚いた様子だったが、すぐに何事もなかったかのように取り繕った。

「そこに書かれていることは事実です」

 伯爵は厳かに言った。

「前半は私がされたこと、後半はエデがされたことです」

 紫音は椅子に座り直した。少々毒気を抜かれたらしい。

「エデ嬢からも話を聞きたいのですが」

「彼女は今ヴィルフォール氏の娘を匿っているので、ここにはおりません」

 紫音は少しだけ黙り込んだ。

「……では、別の話を。貴方の婚約者だった女性が、今のモルセール伯爵夫人というわけですね」

「そうです」

「それから、彼はジャニナを裏切って巨万の富を手に入れた」

「その通り」

「……ことは想像以上に深刻です。モンテ・クリスト伯爵、貴方は当分手をお引きなさい。少なくとも、ダングラールが次の行動を起こすまで」

「どうやら、その方が良さそうですな。予定とも予想とも違う展開になっているようですから」

 伯爵は悠然と頷いた。

 紫音は険しい顔で頷き返し、立ち上がってわたしに目配せした。

 わたしは伯爵の手を握り、屋敷を後にした。

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