作中人物プロフ オンライン忘年会
令和三年も残り三日となった 十二月二十八日火曜日の夜のことであった。
この日、池袋のアニメショップで夕方に行われたインストア・CDリリース・イヴェントが、佐藤冬人(ふゆひと)にとってのイヴェント納めとなった。
ちなみに、〈インストア・イヴェント〉とは、CDショップやアニメショップなどの店舗内、すなわち、〈イン〉・ストアで行われるタイプのイヴェントのことである。
そのイヴェントが終わった後、自宅最寄りの駅に隣接したスーパーに立ち寄り、そこで飲食物を購入し、下宿に戻った冬人は、家にたどり着くや否や、大急ぎでノートパソコンを起動させ、ミーティング・アプリを開いたのだった。
数十秒の間、ミーティング・アプリの待機室で待った後、今回の〈オンライン忘年会〉の主催者である〈グッさん〉から、入室の許可が下りた。
「おっ! 〈イヴェ〉君も入ってきたみたいやし、未だイヴェントに行っとる何人かを除いて、だいたいのメンツはそろったかな? 今年もオンラインになるけど、ほな、忘年会を始めよか。じゃ、乾杯の音頭は、〈とっきぃ〉さんに頼もかな」
「じゃ、グッさんから仰せつかったので、不詳、このとっきぃが乾杯の音頭をとりますね。みんな、それぞれ、飲み物は手にとった? ちなみに、イヴェ君は、今日のイヴェ納めはどこの〈現場〉だったの?」
「〈LiONa(リオナ)〉です」
イヴェこと、冬人がそう応えた。
「まじか、あの〈選民イヴェ〉に、弟君、当たったんかっ!」
選民イヴェとは、抽選の当選者数が絞られた、選ばれし者だけが参加できるイヴェントのことである。
だから、〈うちゅうのスギヤマ〉から、そんな声が漏れ出たのだった。
「なるほど、LiONaね……。おっし、わかった。じゃ、乾杯しようか。かんぱあああぁぁ~~~い」
「「「「「「「「「かんぱあああぁぁぁ~~~い」」」」」」」」」
全国各地に散在しているイヴェンター達が、画面に向かって、それぞれの杯を掲げた。それから間髪を入れずして、とっきぃがこう付け加えたのだった。
「おつか〈リオナ〉あああぁぁぁ~~~」
「「「ぷっ」」」
何人かが、とっきぃの不意打ちギャグに吹き出してしまったようだ。
「なんすか、とっきぃさん、今のはっ!」
「高度な言語遊戯ですけど、何か?」
「てか、ただの親父ギャグじゃないですかっ! もう止めてくださいよ。でも、『おつかリオナ』か……、オレも今度使ってみようかな」
軽いツッコミを入れつつも、イヴェは、そんな感想を付け加えたのだった。
それからしばらくの間、参加者たちは雑談に興じていたのだが、場が落ち着いてきたあたりで、主催のグッさんが、こう声を掛けた。
「ほな、みんな、イヴェントもだいたい納まったみたいやし、今年の総括とか、してみよか」
「いいっすね、それ」
そう応じた〈コマ〉が、声のトーンを低めながら、こう続けた。
「それじゃ、今年、一緒に御ツアーを巡ってきた〈御タクさん〉たち一人一人に、今年の御イヴェントについて語ってもらいましょうか?」
「ヘ、へっ、くっしょん!!!」
そうコマが言い終わった直後に、画面の向こうで、大きなクシャミをした〈ヨッポー〉の顔がディスプレイ全体に映し出されてしまった。
「ジャストなタイミングだね。それじゃ、ヨッポーさんから、お願いしよかな」
グッさんから、ヨッポーに指名が入った。
「えっ、自分からですか? わ、分かりました。それじゃ、話を始めますね」
そう言ったヨッポーは、アニソン・アーティスト、翼葵(つばさ・あおい)こと、〈エール〉さんとの馴れ初めから語り出したのだった。
(「ヨッポー」の章へ)
*
ヨッポーが、今年の夏の全国ツアーの思い出を語り終えた所で、グッさんが言った。
「それじゃ、次の人は、ヨッポーさんが指名して」
「うぅぅぅ~~〜ん、〈現場〉で初めて会った時に、その〈うちゅう〉レヴェルの数々の伝説に驚かされたので……」
「「「「「「「スギヤマさんかっ!」」」」」」」
忘年会の参加者全員が、かのレジェンドの名を唱和したのだった。
(「スギヤマ」の章へ)
*
「えっ、えええぇぇぇ~~~、スギヤマさんって〈夏兄〉の全部のステージに行っているんですね! そんなヲタク、他に聞いたこともありませんよ」
イヴェこと、佐藤冬人は驚きのあまり叫んでしまった。
「そやで、イヴェ君。〈うちゅうのスギヤマ〉の〈夏兄〉全通話、知らんかったら、イヴェンター界隈では〈もぐり〉やで」
「もう、よしてくださいよ、グッさん。今回の〈夏兄〉と言えば、グッさんの最終日の姿、自分、忘れられませんって」
「えっ? 〈夏兄〉の時、何かあったんですか?」
と、チケットが確保できず、〈夏兄〉には不参加であったヨッポーが疑問を発した。
「ああ、あの日のグッさんはな……」
そう言って、スギヤマは、〈夏兄〉三日目の後半戦のことを語り出したのだった。
(「〈夏兄〉のグッさん」の章へ)
*
「〈夏兄〉の時のグッさんの姿、まじで、自分、忘れられへんのですよ」
「よしてえええぇぇぇ~~な、スギヤマちゃん、あの時のこと、思い出すと、ちょっと、顔、赤なってくるわ」
「ところで、グッさん、次は、誰に話してもらいましょか?」
「そやな……、じゃ、じゅねえに語ってもらおか」
「あ、アタシですか? うぅぅぅ~~~ん。アタシ、みんなみたいに、それほど面白いネタって無いんですけれど」
「「「「「「「「いやいや、いやいや、いやいや、いやいや、いやいや、いやいや、いやいや、いやいや」」」」」」」」
オンライン忘年会の参加者全員から、否定の「いやいや」が八連呼された。
「わかりました。ホント、今回のツアーの初めは、『絶望したっ!』って感じだったのですよ……」
そう言って、〈ネージュ〉こと〈じゅ姐さん〉は、ツアーの時の自分の気持ちを吐露し始めたのであった。
(「じゅ姐さん」の章へ)
*
じゅ姐さんの、仙台公演の話が終わった辺りで、グッさんが言った。
「ちょっと、みんな、少し待っててな。〈じん〉さんと〈シュー〉君、そして、あっ、〈スコ〉さんもやわ、〈あやのん〉の〈現場〉に行っとった三人が待機室に入ってきたんで、オンライン忘年会への入室の許可をしちゃうわ」
数十秒後、ふ~じんとシュージン、そしてスコッチの顔が画面に入り込んできた。
「じんさん、シュー君、スコさん、今日がイヴェ納めで、同じ〈現場〉だったはずやけど、忘年会への入室、偶然にも、ほぼ同じタイミングだったで」
「あっ、グッさん、それなんですけど、自分、今、シューとスコさんと一緒に、ライヴ会場近くにある、池袋のネットカフェの声出しOKエリアにいるんですよ」
「仲良しやな」
「そうなんです。シショウの隣のブースにいます」
ふ~じんは左耳にだけイヤフォンを着けていたのだが、隣のブースから、リアルなシュージンの声が右耳に届いた後で、若干のタイム・ラグの後、左耳のヘッドフォンから、シュージンが発した同じ声が聞こえてきていたのだった。
「……。じんさん、ちょっと訊きにくいんやけど、〈あやのん〉のラスト・ライヴ、どないやった?」
ふ~じんとシュージン、そしてスコッチの〈最推〉である真城綾乃は、所属していた〈カエデ・ミュージック〉の契約満了と、所属事務所の退所を発表しており、この日、十二月二十八日の対バンライヴが、現体制でのラスト・ライヴだったのである。
「たしかに、あやのは、レーヴェルと事務所は辞めるんですけれど、本人、今後も歌は続ける意志はあるみたいなんですよ。なので、五年前の時とは違って、自分の精神状態は、わりと落ち着いていますね」
「ご、五年前か……」
「「「「「「「「「「「「………………………………」」」」」」」」」」」」
まるで放送事故のように、オンライン忘年会という場を静寂が覆ってしまった。
五年前の二〇一六年の秋――
この時、グッさんグループのメンバーのほとんど全員の〈最推〉である翼葵は、いったんマイクを置いてしまったのだった。
(「ふ~じん・シュージン」の章へ)
*
〈作中人物・プロフィール〉:「凡例」イヴェンター・ネーム:人物紹介文
イヴェ:本名・佐藤冬人(ふゆひと)、北海道出身、イヴェンター歴二年目、主現場は、〈LiONa(リオナ)〉、佐藤兄弟の弟の方で、大学二年生である。
シュージン:本名・佐藤秋人(あきひと)、北海道出身、イヴェンター歴七年、主現場は、〈翼葵(つばさ・あおい)〉と〈真城彩乃(ましろ・あやの)〉、タイミングが合えば、〈A・SYUCA(ア・シュカ)〉の〈現場〉にも行っている。現在は、都内在住の大学四年生で、〈イヴェ〉のリアル兄である。夏のエール・ツアーの〈全通カルテット〉の一人で、ふ~じんとは師弟の間柄である。
グッさん;兵庫県在住、主現場は、〈エール〉だが、〈エール〉所属の〈カエデ・ミュージック〉の〈現場〉の大体に行っている。夏のエール・ツアーの〈全通カルテット〉の一人である。
ふ~じん:茨城県出身、都内在住、途中〈現場〉に行かなかった時期もあるが、イヴェンターを始めたのは三十年前、一九九一年にまで遡る。主現場は、〈翼葵〉と〈真城彩乃〉だが、グッさんと同様に〈カエデ・ミュージック〉の〈現場〉の殆どに行っている。夏のエール・ツアーの〈全通カルテット〉の一人で、シュージンとは師弟の間柄である。
とっきぃ:埼玉県在住、〈埼玉エール組〉の一人、かつてはアイドル〈現場〉に通っていたのだが、今は〈エール〉さんだけを〈単推(たんおし)〉している。夏のエール・ツアーの〈全通カルテット〉の一人である。
ヨッポー:埼玉県在住、〈埼玉エール組〉の新人、偶然、エールさんを知って、中年になってからヲタクになり、〈エール〉さんを〈単推〉している。夏のエール・ツアーは、九都市・十公演に参加した。
うちゅうのスギヤマ:大阪府在住の〈D・D〉で、〈シソカリオソ〉や〈抽選当たりスギヤマ〉、〈フラワーロック・スギヤマちゃん〉など、幾つもの異名を持つ。そして、二〇〇五年に始まり、二〇二〇年の延期を挟んで、二〇二一年現在まで開催されている〈ナツアニ・メロメロライヴ〉に関しては、十六回・三十七の全ステージに行っている〈真の全通者〉であり、それゆえに、〈ミスター・夏兄さまー〉とも呼ばれている。
スコッチ:京都府出身、主現場は、〈翼葵〉と〈真城彩乃〉だが、アニソン系のシンガーソング・ライターである〈お朱鷺(とき〉〉の〈現場〉にも足繁く通っている。
じゅ姐さん:静岡県出身、東京都在住、イヴェンター・ネームは〈ネージュ〉だが、仲間内では〈じゅ姐さん〉と呼ばれることが多い。〈推し〉は、翼葵のバック・バンド、〈翼組〉のギタリストの〈フルカ・ロワ〉である。
コマ:山形県出身、東京都在住、主現場は、〈LiONa〉と、アニソン界のディーバで、レコード大賞も受賞した〈RiZA(リーザ)〉である。
アニやん:奈良県在住、主現場は、ヴォーカルとキーボードの二人組のユニット、〈OPERaDELiA(オペラデリア)〉で、しばしば、ヲタクに会いに会場おしをしている。
グッさん夫人;グッさんの奥様、イヴェンターではないが、グッさんと一緒に、翼葵のライヴに頻繁に参加し、夏のエール・ツアーは、九都市・九公演に参加した。
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