第09イヴェ ヨッポー、夕を駆ける
人身事故によるダイヤの乱れという〈不運〉に見舞われ、焦りまくったヨッポーは、できる限り急いで乗り変えようと、四苦八苦したものの、〈遠征〉初心者ヨッポーの思いは空回りしてしまったのだった。
ヨッポーは、乗り換えのために出るべき改札口を間違えたり、スイカの残高不足で改札に入れなかったり、一刻も早くホーム階に辿り着きたかったのに、エスカレーターの両端が塞がれていたり等々、ダイヤの乱れという不運に加え、過失という自己責任のコンボを次々にキメてしまったのだった。
なるほど確かに、エスカレーターを塞がれたのは、運が悪かったようにも思えるが、急いで駆け上がりたかったのならば、たとえ四階まで上がらなければならないとはいえども、二人しか横に並べず、そもそも、本来は歩行禁止のエスカレーターではなく、階段を使うべきだったのだ。
とまれかくまれ、それらのやらかしを、たとえ一つでも減らせてさえいれば、ヨッポーは、乗車予定であった〈十六時二十七分〉の京阪本線の特急に乗れたかもしれないのだ。
だが実際は、事実は全くもって残酷で、ヨッポーはタッチの差で間に合わなかったのである。
大急ぎで、スマフォの路線アプリで調べてみると、京橋を出る京阪の中で、最も早く、京都の三条駅に到着するのは、〈十六時三十七分〉発の特急で、その到着時刻は〈十七時二十一分〉であることが分かった。
しかし、である。
名古屋から大阪までの移動の時間を使って、近鉄特急〈ひのとり〉の中で調べたところによると、京阪の〈三条駅〉から、ライヴ会場である〈ロームシアター京都〉までは、徒歩で十七分かかるらしいのだ。
駅到着から開演までは……
きゅ、九分だとっ!
これでは、普通に歩いたのでは、どう考えたって間に合いっこない。
なんとか京都には到着できそうだし、少し遅れるかもしれないけれど、ライヴには参加できる。この際、最初の数曲はあきらめるか……。
東海道線の大雨による不通から始まって、大阪環状線の人身事故、もう〈運〉とか〈神〉とか、そういったものに、自分は見捨てられているとしか思えない。
いや、あきらめちゃ駄目だ。
とりあえず、大阪から京都行きの列車には乗れているんだし、ライヴは未だ始まってさえいないのだ。ここで心を折れさせてはならない。「あきらめたら、そこで〈ライヴ〉終了ですよ。フォフォフォ」と、心の中で、『スラムダンク』の安西先生が言ってくれているように、ヨッポーには思えた。
それでは、三条から会場まで、どのように移動したらよいのだろうか?
バスに乗るか、でも、バスだとタイミングよく来てくれればよいが、もしそうでないとしたら、わずか数分かもしれないが、そのバス停での待ち時間がもったいない。
それでは、タクシーを捕まえようか?
そんなことを考えながら、ヨッポーは、京阪特急の車内で、こんなツイートをした。
「列車乗り遅れ、開演には間に合わないかも」
そう呟やくや否や、何人ものフォロワーから、次々にリプライが届いてきたのだ。
「ヨッポーはん、列車は、何に乗ってはるんですか?」
「何時何分に京都に着くの?」
ヨッポーは応えた。
「乗っているのは京阪の特急で、十七時二十一分に、京阪の三条駅に到着予定です」
「う~~~ん、三十分くらいあれば、一キロくらい歩くのはしんどいし、三条駅から、岡崎公園とか平安神宮行きのバスだけど、夕方のこの時間帯、三条通りは渋滞するかもだからなぁ~~~。それだと、バスやタクシーの交通手段は危ないかも」
このリプライにヨッポーはこう応じた。
「えっ! 自分、タクろうかと思っていたのですが」
「一キロちょいだし、九分くらいなら、走った方が無難かもよ」
こういったやりとりの結果、ヨッポーは、三条駅から会場まで〈駆ける〉決意をしたのだった。
「自分、走ることに決めました」
ヨッポーが、こうツイートすると、話題は、いかに移動までの時間を削るか、という事に移った。
まずは、いかにスムースに駅から出れるか、それが問題なのだ。
「ヨッポーさん、乗っているのって、〈準急〉ではないですよね?」
それは、〈乗鉄(ノリテツ)〉でもある、竹岩さんからのリプライであった。
「はい、特急です」
「ならば、たぶん……、八両編成かな。まあ、車両編成は、後で自分で確認しておいて」
京阪は、七両編成と八両編成の場合があって、準急は七両、特急は、おおむね八両らしいのだ。そして、七両と八両では、乗車位置が違うので、何両目のどこのドアから出るかによって、階段やエスカレーターにアクセスする効率が違ってくるそうなのだ。
今まで、ヨッポーは、そんな〈効率〉を考えて列車に乗ったことはなかったので、竹岩の指摘は落涙ものであった。
京阪の三条駅を降りて、ロームシアター京都に向かうには、〈三条通り〉を通って〈東大路通り〉方面に向かうのだが、この場合、〈三条大橋〉方面の、例えば、七番出口に行ってしまうと、大幅な時間のロスになる。少しでも時間を削るには、〈九番出口〉を使うべきなのだ。そして、その九番出口に向かうには、中央改札からよりも〈北改札〉からの方が近いらしい。
「ヨッポーさん、〈北〉を使って〈九番〉から出るには、二号車の進行方向二番目か三番目のドアから出れば、エスカレーターに最も近いよ。だから、今のうちに二号車に移動しておいた方がよいよ」
「わかりました。タケイワさん」
「あと、三条駅の一つ前の〈祇園四条〉、できれば、二つ前の〈七条〉を列車が出る時には、ドアの前で陣取っておきなよ」
「えっ! 早くないですか?」
「真っ先に降りて、エスカレーターに乗らなくちゃ、時間なんて削れませんよ」
「わ、わかりました」
ヨッポーは、乗り換えや下車の仕方にも〈コツ〉があるのを、この時はじめて知ったのだった。
〈三条駅の九番出口を出る〉、この事をツイートすると、何人ものフォロワーから、会場までの移動経路の説明リプが返ってきた。
まずは、三条通りを真っすぐひたすらに東大路通りまで行き、それから道を渡って左折、その東大路通りをまっすぐ行き、この通りが、二条通りと交差したら、道を渡って右折、少し進めば、左手に、会場の〈ロームシアター京都〉が見えるとのことであった。
フォロワーの中には、写真付きの道案内を送ってきてくれる方さえいた。
捨てる〈神〉あれば、拾う〈フォロワーさん〉あり、だな。
ヨッポーは、フォロワーの皆に感謝しながら、まずは、車両が八両編成であることを確認し、二号車に移動した後、移動の間、三条駅から会場までの経路を、何度も何度もシュミレートしたのだった。
やがて、京阪本線が三条駅に到着するや、瞬間移動の如く、北改札、そして九番出口を抜け出て、雨上がりの夕方の京の町を全力で駆け抜けながら、ヨッポーは思った。
こんなに思い切って全力疾走するのって、高校を卒業して以来初めて、実に二十一年ぶりのことかもな。
ロームシアター京都に到着したヨッポーは、会場に続く階段を駆け上がると、まず検温を受けた。
夕方の夏の京都を駆けたせいで、体温もきっと上昇していたに違いないが、三十七.五度以上にはなっていなかったようだ。
それから、手指の消毒をし、手荷物検査とドリンクのチェックを受けた後、あらかじめ京阪の車内で入場画面まで進んでおいたスマフォを係員に見せた。これも、フォロワーさんから、事前に準備しておくように指摘されていたので、スムースに入場することができた。
そして――
ライヴが始まるのはこれからだというのに、すでに全身汗だくのヨッポーが、自分の指定座席に辿り着いたまさにその直後、ライヴの始まりを告げる〈SE〉が流れ始めたのだった。
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