第39話

双子の妊娠出産は珍しいことではあるとはいえまったく無いわけではなく、実際ロメウス先生も一卵性の弟がいる。

だがその出産の際に帝王切開など外的手段で赤ん坊を取り上げる技術は国の中心部でのみ進んでおり、地方の小さな町村では内臓疾患での手術すら経験したことのない医者しかいない。

王都や大きな領地の中心都市で医師として外科経験を積みながらも、故郷に帰ってきた後はその腕を振るったり技術を向上させるための勉強の場もないため、単なる箔付けと化しているのが現状だ。

「ましてや女の医者でしょう?『女なんて赤ん坊を取り上げる以外に、役に立つことなんかない』っていうおじいちゃんたちが多いのよ~」

そういうシュー女医はヒラヒラと手を泳がせるが、実際のところ女の方が看護師として働いているのは異世界でも変わりなく、言っては何だがやはり女性の方がこういった場面には冷静に対処できるらしい。

「だいたいその赤ん坊が産まれる瞬間に立ち会わせたら、『他人の妻のあられもない姿を見るわけにはいかない』とか言い出すのよ?そのくせ、お望み通り妊婦の胎から赤ん坊を取り上げる栄誉を与えたら、『女の身体を切ったことはない!』ですって!バッカじゃないの?だから教えてやったわよ?『女をどんな化け物だと思っているの?内臓の一部の在り方が違うだけで、脂肪の付き方を除けば頭のてっぺんから足の先まで全部同じ数だけあるわよ!』って言ったら、ようやく度胸が据わったみたいだけどねぇ」

偉そうな口を利いていた医師ほど現場で血を見るような緊急性のある手術を行ったことがなく、出産での大量出血を目の当たりにして気絶した老年の最高位医師は、適切な処置が行われなかったその女性が赤ん坊を出産後に亡くなったと知り、「こんなことはよくあること」という助産師の言葉に自分の無知無力さを思い知らされたと現場を退いたらしい。

今では出産のために命を落とさなかったものの、何らかの障害が残ってしまったために夫に捨てられた女性たちを診察する療養院を率先して回っているという。

「おかげで王都では『出産は命がけ』という常識が浸透しつつあるけど……それを助ける術はまだ確立していないの」

普通に切ったところを縫い合わせれば済むだけの話ではないため、ルネも関わって『失われた血を補う』ということが目下の課題らしい。

それには『輸血』が一番いいのだろうが、この世界では人の身体から血を抜いたとしても保存するための冷蔵庫はないし、ましてやその血液の型を特定したり適性を判断する薬品などが発明されているわけではないから、簡単に口出ししてはいけないとルネが『お口にチャック』ジェスチャーをヒロトだけにわかるようにやってみせる。

「……造血剤は無理なの?」

「造血?」

それでもやはり何かしら口を出したくなったヒロトが確か血を作るための薬、のような物が前世ではあったはずだと発言するが、この世界にはそれに相応するような薬草や野菜はないのだろうか?

『血を造る』という発想はさすがになかったらしく、シュー医師はキョトンと目を見開く。

「うん。あれ?でも、血を作る?合ってる?」

「……合ってない。あれは女性の貧血とかを治すために鉄分を増やすものだったり、赤血球の増加を……うん、今話すことじゃないけど……そうか……血を増やす植物……魔術……」

何か思いついたのか、ブツブツとルネが考え込んでしまい、ヒロトもその様子に何と言っていいかわからない。

「う~ん……彼も時々私にはわからない話を始めるんだけど、君もどうやら同じ・・なのね?まあ……冒険者に頼めば『血を増やす薬草』とか『止血する薬草』とか、そんな物が世界のどこかにあるかもしれないわ。ルネがおかしいんだから!『魔法では治せないものだって、薬草を調合すれば治る』って言い出すのよ?そんなこと、あるわけないじゃない!」

ケラケラと笑うシュー女医はどうやら科学的療法を信じている様子はなく、西洋医学であろうと東洋医学であろうと、前世の知識が役立つとは思えない。

双子を無事に出産させるのがきっかけで作った産院施設とはいえ、問題はまだまだありそうだった。



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