第32話
むろんそんなことが簡単に叶うはずもなく、ヒロトはただデラが少女の写真を励みに魔術をどんどん吸収し、グラがまったく顧みてくれない父親だけを除け者にして宿屋で働く従業員すべてと母を味方につけ、チャムシィは『野菜の王』にでもなろうとしているようにしか思えない父親をどうやって追い出そうかと画策しているのを見ているしかない。
何せヒロトはガミガミと咬みついてはいても、本当は父やルネが『秘密道具』的な物を含め、様々な前世の者を作り出して生活を便利にしてくれることを疎んではないのだ。
しかし自分にその才能が無いということもわかっており、では自分は何がしたいのかと模索している最中だ。
まあ──間違っても『科学者』にだけはならなさそうな気はしているが、それだって長じなければわからない。
だいたいこの世界では、その『科学』を学問に捉えてすらいないのだ。
「かといって別に文才があるわけでもないから詩人にはなれないし、別に美術家として絵に興味があるわけでもないし、音楽家として活躍できるほどでもないしな~……」
だいたい伝手がない。
「まったく……親の職業を子が継ぐのが当たり前…なんてなぁ。自由に職業を選ぶのだっていいと思うんだけどね……」
「何ひとりでブツブツ言ってるの?」
教室の畑に植えられている野菜たちすべてによく実れという魔術を試したというチャムシィが、畑の端で鋤に寄りかかって彼方を見つめるヒロトの側に戻ってきた。
「え?あ……うん……いや、デラもグラも自分のやりたいことをやれたらいいなぁ……って」
「うん。さすがにデラが魔法使いとして王都の研究所に推薦されるか、冒険者として返ってこれないぐらい遠い異国に行ってしまえばあきらめざるを得ないとは思うけど。いや……そうでもないか?きっと死亡通知でも来ない限りグラを後継者なんて認めないだろうし、ひょっとしたらグラじゃなくて妹の長男を『長男だから』っていう理由だけで後を継がせるっていう非道いことをしそうだよな。次男は後継者じゃないから……って」
「チャ、チャムシィさん……?」
やたらと実感のこもったその言い方に、ヒロトは思わずチャムシィの方を窺った。
「ハハハ……うちの親父が飲食店街の食料店界隈で揉め事起こしているのは知っているだろ?」
「え、あ、うん」
「最近よく叔父さん……親父のふたり目の弟がね、ちょくちょく来て俺を養子にしたいって言ってくるんだ。親父のいない時にね……ほら、俺も商売するよりか、こうやって野菜育てる方が…さ、どうやら好きっぽいって気付いたんだ。だから畑持ちの叔父さんとこに行ってもいいかなぁ……て思ってるんだけど……」
チャムシィの父親は野菜を商う店の中でもかなり大きな店構えをしているのは、扱う野菜が上等というのはもちろんだが、元々兄弟が多いため領主に袖の下を含めて懇願した結果、まるで大地主の如く広大な畑を一族で分けて様々な野菜を育てているのだ。
しかし今の当主であるチャムシィの父はかなり傲慢で、かなり血の薄くなった親族にとって我慢のならない態度を取ることで有名である。
いや──それは親族に対してだけでなく、商売敵に対しても妻や子供に対しても同様で、はっきり言って『嫌われ者』を体現しているような人物だった。
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