第19話
かくしてヒロトたちの『先生』は、いきなり3人となった。
むろんこの小さな家を教室とするロメウス先生と、かなりノリノリなルネと──突然この家に引っ越してくることとなったロメリア先生の婚約者であるイリーナという若い女性である。
彼女が現れた初日はまったく勉強とならず、アキまで呼び出された宴会となってしまった。
食材はチャムシィとデラが用意し、飲み物はルネが酒もジュースもたっぷり用意してくれたが、全員が驚いたのはヒロトの父であるアキが持ち込んだ簡易コンロである。
「こ…れは……?」
「あー……あの、電気コイルを中に仕込んで、加熱できる魔石を仕込んで……本当はね、やっぱり火力の問題でガスコンロにしたかったんだけど……」
「がす……?こんろ……?」
要は持ち運びのできる電気コンロなのだが、地中から噴き出す天然ガスは毒物扱いで、ボンベに貯めてそれを利用するための仕組みなどまだこの世界では考えついていないため、理屈も製造方法もわかっていてもアキもルネもまだ『知っている』ということを明かすつもりはないらしい。
しかしやはり前世の知識をツルッと話してしまうことを止められず、今もロメウス先生とイリーナさんがキョトンと顔を見合わせて、アキが手にしている四角い変な箱を見つめた。
「まぁまぁまぁ。とりあえずさ、アキが美味しい物を作ってくれるから~。ほら、鍋もあるしぃ~」
そう言ってルネが取り出したのは、直径40センチはあろうかという広い底に比べて12~3センチぐらいの高さの出来損ないの両手持ち鍋である。
普通ならそんな大きな底ならば、高さだってもっと低い炒め用の片手物か、逆に底と同じ長さか倍以上は高い煮込むための物のはずなのに──
「やっぱりさぁ~、大人数だったら鍋パーティーだよねぇ!ポン酢ってわけにいかないけど、柑橘果汁と味噌作りで上がってきたもろみ液で『ナンチャッテ』は作れたし~。出汁もきのこ類を干せたから物足りないけど使えるし!良いでしょっ?!」
「『良いでしょ』……って……ガッツリ異世界料理じゃねぇか!!こっちじゃあっちが『異世界』なんだぞ!!」
「
「言わねぇ!!てか『サバ・サバ』って言やぁ済むと思って!!」
「ハッハッハッ!」
アキとヒロトとルネ──いつもの家でのやり取りだが、慣れていない人たちにとっては意味不明なやり取りである。
けっきょくヒロトは年の功で押し切られ、イリーナさんはアキと共に食材を指示通りに薄切りにしていく。
「あの……こ、これも、ですか?」
肉はともかく、根菜まで薄切りにと言われて、イリーナさんは困惑している。
だいたい煮込み料理に使う根菜はぶつ切りにして、ぐつぐつ煮込むのが正しい調理法と言われていた。
だが彼女に対してアキは緩いY字の上の方に不思議な刃を渡した物──いわゆるピーラーを手渡す。
「こ、これは……?」
「これをですねぇ、こうやってニンジンに当ててスゥッと……」
皮を剥く前のニンジンを上から下になぞって見せ、薄い紙帯のように剥けるのをやって見せると、イリーナさんは驚いてその手元を見つめた。
「怪我はしづらいと思うけど、一応指に触らないように気をつけてね?」
「はっ、はい!」
力んで引くとニンジンの実に刃が食い込んで引っかかってしまったが、力を抜いてとアドバイスされてからは、面白いようにニンジンの帯をたくさん作っていく。
それを見ていたロメウス先生がそわそわしているのに気が付き、アキは彼を招き入れてふたりでニンジンだけでなく洗って薄皮をこそげ落したごぼうも同じようにしてくれと頼んだ。
「最後は剥けないほどになるから、なるべく包丁で薄切りにしてくださいね~」
「はい!」
「はっ、はい……」
ニンジンより細く、木の根のような見たことのない植物を見て目を輝かせたロメウスは、ゆっくりと慎重にピーラーをごぼうに当てて引いていく。
それが思ったよりも芳醇な香りを立てるのに驚き、もう1回、もう1回…と、手で持てるギリギリまで引いていくのを見て、ヒロトは自分も初めてあのピーラーを使って皮むきをした時に、楽しすぎて必要以上にじゃがいもを薄切りにしたことを思い出した。
おかげで山ほどのポテトチップスが出来上がったのを不思議に思ったが、今ならちゃんとジャガイモを素揚げすればできることを理解している。
「ポテチ!」
「え?」
「ポテチ!作ってくれよ、久しぶりに!!」
一瞬キョトンとしたが、ヒロトのキラキラした目につられるようにアキの目も輝き出す。
「ポテチ!ポテトチップス!そうだね!やっぱこういう時はジャンクな物もないと!!イリーナさん、深鍋ってあります?」
仲良くふたりで薄剥きの鍋食材を量産していたイリーナさんに向かってアキが訪ねると、そこはすかさずコクンと頷かれた。
もうすでにここに同棲すると決めたのか、彼女と共にロメウス先生が乗ってきた荷馬車にはさすがに煮込みのできる鍋があり、ちょっと揚げ物に使ってしまっていいのかと思うぐらい綺麗なものだった。
「……いいのかよ、これ……」
「何だったら新しい鍋、結婚祝いであげたらぁ?」
「あ、いいな、それ!」
そう言いながら遠慮なく食用油をどんどんと鍋に開けていくのを見て、イリーナさんはさすがに顔を青褪めさせた。
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