父子転生、しちゃいました ~お母様は女神?冒険なんかには出ないので、とにかく平和に暮らしたい~
行枝ローザ
第1話
「おぉぉぉぉぉやぁぁぁぁぁぁじぃぃぃぃぃぃぃ───っ!!」
朝も遅くから響き渡る少年の声。
ああ、いい発声練習──
などと思うわけもなく、並んだ酒瓶と空になったつまみの袋、散らかる紙に包まるダメ大人が二匹。
『朝』と言ったが、時刻は昼に近い。
「クソッ……ああ、めんどくせぇ……」
何やら書き込まれている紙を丁寧に拾い、順番などは気にせずに作業台の上に置いてから、酒瓶を拾いながらおそらく自分の親である方の塊を近付くたびに蹴り上げる。
「うぅぅぅ……ヒドいよぉ……ヒロォ~~~……」
「あ、何だ、こっちはルネか。んじゃ、こっちだな」
衝撃にようやく目を覚ましたらしい金髪の美青年がむくりと起き上がったのを見て、ヒロと呼ばれた少年はもう片方をもう少し乱暴に蹴った。
「オラッ!起きろぉ!!今日の当番は本当は親父だからなっ!貸しだからなっ?!」
「えぇぇ~~……レンチンするだけなんだから、勘弁してよぉ……」
「アホかっ!もう少ししたら客が来るだろっ?!どんだけレアアイテムだと思ってるんだよっ、レンジなんてっ」
「うぇぇ……ポカリちょうだい~~~……」
「ねぇよっ!商品名出すなっ!またややこしいことになんだろっ?!」
「あ~ははは……ヒロってば厳しいねぇ……異世界なんだから、キニシナ~イ」
ガルガルと唸るように怒鳴られながらも、二日酔いらしい大人たちはヘラヘラと笑っている。
はぁ~…と溜息をつきながら、ヒロ──カイトゥ・ヒロトは父お手製の冷蔵庫の扉を開き、ガラス瓶に入っているこれまた手製の経口補液を取り出した。
この世界ではまず作られていないプラスチックのコップをふたつ食器棚から出すと、それぞれに注いで持っていく。
「さっさと飲んで、少しはシャッキリしてくれ……頼まれていた『オルゴール時計』取りに来るんだから……」
「あ、やっぱりその名前にしたの?」
「他に呼び方知らないもん……」
「ボワッタ・ミュージックじゃダメなの?」
「ぼわ……ボワッタ時計?う~~ん……」
ルネが勝手に冷蔵庫からヨーグルトを出して、これまた勝手に器を出して盛りつけて食べ出す。
そのレイから提案された言葉を考えてみたが──ヒロトはすぐに却下した。
「ダメ。日本語で『終わった時計』みたいに聞こえる。終末?なんか店が終わりそう。だから却下」
「エェ~~???イイジャナ~イ。ここ、日本じゃないしぃ」
「フランスでもないしぃ。俺が呼びやすい名前にしていいって、親父が言ったし!アーユーオーケィ?」
「ニホンジンって、中途半端に英語言うよね?ソレナニ?いまだに理解できないんだけど」
「俺は元フランス人だっていうルネと会話が成り立っていることの方が理解できない」
「ハッハッハッ!」
笑って誤魔化された。
何でもアリだな……
ヒロトは父が作ったという太陽光畜発電パネルで作られたお湯で茶碗を洗いながら、とりあえずレトルトのスープを沸騰した鍋に入れる。
一応薪を使うコンロを模してはいるが、実際はIH型の物で、何でもヒロトとふたりきりで暮らすと決まった時にはもうすでに設計図を作っていたらしい。
「いや~、電気工学科を出ててよかったわ~」
「ホントだねぇ。ボクもまさかこんな形で
ルネが自分では『悪い顔』だと思っているらしい笑みを浮かべるが、ヒロトには綺麗な顔をした男の人がおっとりと微笑んでいるようにしか見えない。
その向かいでは父がこれまたどうにか作ってしまったコーヒーメーカーで温かいコーヒーを淹れて飲んでいる。
よくはわからないが、ふたりは前世で同じ『大学』という所に通っていたらしい。
しかし学年とやらが違うので、『学部』という所属するところは同じでも顔を合わせたことはないと言うが、共通する知り合いがいたのか、会ってすぐに親友になったと聞かされた。
そう、この場所にいるのは奇跡的に、同じ時代に居合わせた『転生者』であり、ここは『異世界』という場所。
今年三十四歳になるカイトゥ・アキが記憶を取り戻したのは、十三年前に息子であるヒロトを抱いたその時。
本当の名は『ロベルト・ポルック』であり、妻は弟子入りした『アーティファクト・オルフェイス工房』の次女であるジーンだ。
しかし──
「……
「え?」
「この子、洋斗だよ」
「ヒ、ヒロト……?なぁに?その変な名前……」
「へ、変……?」
「イヤよ!私そんな名前!この子はジェロウナって付けるんだから!」
「じぇ……僕だってイヤだよ!そんな変な名前付けられるの!洋斗!いいじゃん、ヒロトで!」
「イヤよっ!ふざけないでっ?!あんたなんか、アタシの父さんの弟子なくせにっ!!」
ホエホエ泣く赤ん坊を受け取ろうともせずに「疲れた」と言っていた妻は激怒し、夫であるはずのロベルトを見下すいつものセリフを吐くと、手元の枕のひとつを夫に投げつけた。
幸いにもそれは腕で防いで床に落ちたが、角度が違えば産まれたばかりの息子に当たっていたかもしれない。
「なっ、何で避けるのよっ!黙って当たってなさいよ!?あんた、何様よっ?!」
「……すまない。気が立っているみたいだから、息子は僕が看てていいかな?」
「えっ……えぇ!も、もちろんですわっ。もしよければ今夜から乳を与えられる者もいますが……?」
ロベルトがうんざりした顔を産婆に向けると部屋の外に出してくれ、廊下に控えていた女性を手招きした。
「ああ……今夜ぐらいは僕ひとりでも大丈夫だけど、そうだね……湯を沸かしてくれると助かるかな……」
「あ、お、お湯ならそこに……」
「あ、いや、哺乳瓶を消毒したいんだ。瓶とニップルをお湯につけてから綺麗な布巾の上に置いておいて……あ、初乳があると子供って丈夫に育つから……せめて赤ん坊に乳を飲ませてから……って、無理か」
「あ…あの……ほにゅう…びん……?」
聞き慣れない言葉に顔を見合わせる産婆と乳母を見て、ロベルトははっと気が付いたように口を噤んだ。
義母が妻としての心得を説いているらしいが、まだ『親方の娘』気分の抜けきっていなかったらしい妻は不貞腐れてまだ部屋で叫んでいる。
しばらくして疲れた顔をした義母が産部屋となった娘の部屋から出てきたが、母になったばかりの妻は赤ん坊を寄こせと言うわけでもなく、こちらに背を向けて横になっているのが扉の隙間から見えた。
「はぁ……すまないわね……ええ、このままでは赤ん坊に乳をあげることはできなさそうだから、すぐにお願いするわ。まったく……どうしてあんな娘に育ってしまったのかしら……」
それはあなたの旦那さんが娘たちを溺愛しまくったからですよ……
さすがにその台詞は言えず、ロベルトはこの先起こるであろうことを考え、素直に義母の手に産まれたての我が子を預けた。
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