第8話 勘違いする方が悪いのですよ?①
その後、再びアルバン男爵の元へ赴き「お世話になりました」と挨拶をして。
ご厚意で、ご息女の馬車にご一緒させていただく。悲しい気分が吹き飛ぶほど、楽しい通学時間となりました。なんたって、わたくしがおすすめした本を一晩で読んでくださるほどの仲良しですもの。本の内容に関する問答が弾んで、嬉しかったですわ。
そして校門の前で馬車から降りると、やはり彼女が懇意にされている方が待っていて。御者を労う暇もなく、彼女はまっすぐに走っていった。
「サザンジールさまぁっ‼」
おやおや、朝からお熱いですわね。ハグですわ。ハグ。抱擁と言わない所がミソですのよ? 人前で見せつけている行為ですから、あくまで軽いもの……なんですよね?
ここは空気を読んで知らぬ存ぜぬで通り過ぎたいですが、彼女の肩越しにお相手の方と目が合ってしまいましたわ。
仕方なしに笑顔で会釈して立ち去ろうとするも――サザンジール殿下は彼女をそっと離し、「ルルーシェ」とわたくしの名前を呼んでくる。だから、わたくしは改めて挨拶をした。
「おはようございます。今日も良い朝ですわね、殿下」
「……おはよう。朝からレミーエと一緒だったのか?」
もう、レミーエ嬢。そんな目にいっぱいの涙をためて睨まないでくださいまし。取って食ったりしませんよ。
わたくしは苦笑して、殿下の応対する。
「はい。昨晩はお泊りさせていただきました。病気もすっかり良くなっていたようで……本をおすすめしましたの。通学中にそのお話ができて、楽しかったですわ」
「そうか、楽しいのか……」
あら殿下、どうしてそんなに恨めしそうな目をしていらっしゃいますの? もしかして、仲間はずれにされたのが寂しかったですか?
……そんなわけありませんわね。だって、あまりにもお顔が険しすぎますもの。
「もう一度聞こう。本当に悩みはないんだな」
「……はい。おかげさまで、毎日が充実しておりますわ」
「ならいい……行こう、レミーエ」
「は、はいっ!」
殿下に促されたレミーエ嬢は、慌てて彼の背中に付いていく。その仲睦まじい背中を見送って、わたくしは小さく息を吐いた。
――昨日といい、どうして殿下はわたくしの悩みを訊いてくるのかしら?
――『あなたの浮気が悲しいんですの』と答えたら、困るのはあなたでしょう?
その点だけが、わたくしの悩みですのよ。本当、罪深い殿方ですわね。
「見たよ。朝の修羅場」
「修羅場?」
そんな愛憎劇ありましたかしら?
今日のお昼もサザンジール殿下の弟君であるザフィルド殿下に剣の素振りを見てもらっていると、花壇の塀に座っているザフィルド殿下が苦笑する。
「兄上と揉めていたじゃないか。相変わらず上手く行っていないんだね」
「まあ……最近ゆっくりとお話してはいませんわね」
その申し出を断っているのは、わたくしの方ですが。
そう答えた時、「剣先がぶれてる!」と叱責が飛んでくる。
「ほら、集中して。素振りといえど、本物を使っているんだから。怪我するぞ」
「…………」
話しかけてきたのは、あなたでしょうに。理不尽だわ。
まぁ、それを説いたなら。殿下は木刀での素振りを勧めたにも関わらず、本物を使っているわたくしに否があると言われてしまうのでしょうが……だって、わたくしには時間がありませんし。多少無茶でも本物に慣れておいた方が得策でしょう?
なのでわたくしは剣を止め、別の方向から抗議する。
「それなら、余計なことを話しかけないでくださいまし。気が逸れますわ」
「実践の時に、どんな邪魔が飛んでくるかわからないだろう?」
「それはそうですが……」
たしかに、この程度ので集中が途切れてしまうわたくしの未熟さは否めないですけど。
それでも納得がいかなくてむくれていると、ザフィルド殿下が腰をあげた。
「ねぇ、ルルーシェ。兄上にしっかりと正式な抗議してみたら?」
「……抗議、ですか?」
まっすぐに殿下が近づいてくる。その瞳は、不届きな婚約者と同じ、サファイアブルー。青空よりもなお青い目が、真剣にわたくしを見つめていた。
「いつまでも、こんな八つ当たりのようなことしてないでさ。君にはその権利があるだろう。父親を介してでもいいけど……言いづらいなら、僕の方から父上に話そうか? 父上は何より不義理を嫌うから、悪いようにはならないと思うんだ」
「……別に、八つ当たりなんてしてませんことよ」
「嘘だあ」
わたくしが本当のことを言ったのに、ザフィルド殿下が笑い飛ばしてしまう。
本当に、本当ですのに。レミーエ嬢への教育も、この剣の稽古も、全部自棄ではございませんのよ? まぁ、天啓や余命の件を話さずに信じてもらうには難しいでしょうけど。
だから、再びわたくしは剣を構え直す。
「わたくしには、わたくしの考えがありますので。もし嫌ならば、剣は他の方に教えてもらいますから。わたくしに時間をかけてくださらなくても結構でしてよ」
「怒らないでよ~。ごめんってば」
「怒っていません」
わたくしはブンブンと剣を振り始める。必死に両手を合わせてくるザフィルド殿下が少しだけ面白くて……敢えて無視を続けたのは内緒ですの。
「ただいま戻りました」
そんなこんなで、また放課後にレミーエと過ごしてから家に帰る。さすがに昨日の今日で遅くなるのはなんだから、いつもより早めに戻った。日が暮れて間もないから、まだ晩餐前のはず。
なのに、
「ルルーシェっ!」
玄関を潜るやいなや、悲痛な面持ちの母上が飛びついてきた。芯のある黒髪を豪華にまとめた背の高い淑女は、もう四十代に突入したはずなのに未だ若々しい。
かつての『異国の美姫』は、今や珍しい黒髪のせいか『美魔女』と謳われているらしいけど……そんなお母様が、わたくしに縋り付いてメソメソと泣いている。
「ルルーシェ……良かった……帰ってきてくれたのね……‼」
「あら。アルバン男爵から連絡はありませんでしたか?」
昨晩、男爵の気遣いを涙で無碍にしたのは記憶に新しい。
けれどそうは言いつつも、やはり格上の家の娘を預かる手前、ひっそり連絡すると思っていたのに。だっていくらわたくしが頼んだとはいえ、無断で公爵家の令嬢と令息を預かるなんて……お父様が正式に抗議したら、一発アウトですわ。
これは……信用できる方ね。そう認識を強固にして、わたくしはお母様を宥める。
「心配かけてごめんなさい……ルーファスと、アルバン男爵のお宅にお泊りさせてもらってたの。どうか男爵を責めないでくださいまし。わたくしが連絡しないよう無理を言ったのです」
「そうなの……?」
ひくっひくっと鼻を啜るお母様はひどく幼い。まるでレミーエ嬢みたいね。そう思うと……サザンジール殿下のお気持ちがわからないではないわ。だってお父様とお母様、ずっと仲睦まじいですもの。
お父様は『異国の美姫』だったお母様に一目惚れし、それはもうあの手やこの手で必死に口説き落としたらしい。さらにお母様は三女だったとしても、他国の公爵家との縁談。その何十にと重なる高い壁を熱い熱意だけですべて薙ぎ倒して行くお父様の姿は、旧友である現国王陛下も呆れるしかなかったとのこと。
結局、現国王陛下がひと肌脱いでくださった。『異国の美姫』との娘を次期王妃にするということで、お母様の祖国に顔立てしてくれたのだ。おかげで無事に二人は結ばれ、今や伝説の『いちゃいちゃ夫婦』となっている。
これが両親のなれそめ件わたくしとサザンジール第一王子殿下との婚約理由なのだけど……本当、国王陛下には足を向けて寝られないわね。
そんなことを娘だてら考えつつ、お母様の背中を撫でていると、お母様が顔を上げる。
「それで……ルーファスは?」
さて……と、ゆっくり息を吐く。
わたくしに休む暇なんかない。まだまだ大きな仕事が残っているのだ。これから為すのは――ルーファスのことより、大変かもしれないのだから。
わたくしは真剣な顔で告げる。
「そのことについて、お父様にも報告したいことがございます」
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