一年後、僕は君に愛していると伝えたい

創造執筆者

四月

第1話 しばしの別れ

3月1日、世界で最も大きな財閥である峰鷹家の一人息子、峰鷹 灯火(みねたか とうか)は一つ上の先輩の卒業式が終わり、執事の牧田 武夫(まきた たけお)である爺やの迎えに来た車に乗って自らの屋敷へ帰宅していた。


その道すがら、自動車事故にあってしまい、気づいたときには病院で目が覚めていた。目が覚めるとベッドの横にはメイドである貝谷 林檎(かいたに りんご)と運転していた爺やの二人がいた。


「灯火様、お目覚めになられたのですね。すぐにお医者様を呼んできます!」


爺やは灯火が目覚めたことに気づき、すぐさま医者を呼びに病室を出ていく。


「良かったです、心配しましたよ。灯火様、どこか痛いところはありませんか?」


「林檎か、これと言って痛いところはない。僕はどうしてここに?」


「灯火様、私のことは貝谷とお呼びくださいと言いましたよね、あまり自分の名前は好きではないのですよ。」


どうやら彼女は自らの名前をあまり好いていないようだ。灯火はそのことを思い出し、彼女のことを名字で呼ぶ。


「悪い、そういえばそうだった。それで貝谷、どうして病院なんかにいるんだ?」


「灯火様の乗っていた車に別の車が後ろから追突してきたんです。幸い、牧田さんは軽傷だったため、すぐに救急車を呼んで気を失っていた灯火様をこちらにお運びしたようです。」


貝谷が事故のことを説明していると爺やが医者を呼んできたようだ。医師から診察を受けると、事故による怪我はなく、衝突の影響で気絶していただけのようだった。


「何もないようで本当にようございました。この爺や、灯火様に何かあればご主人様や奥様に合わす顔がありません。ですが、予定されていたデートのお約束はどうやら果たせそうにないですよね、誠に申し訳ございません。」


「爺や、デートとは何のことだ?」


「何をおっしゃいますか、今日は帰宅後、例の婚約者様とのデートと楽しみにされていたではないですか?覚えていらっしゃらないのですか?」


爺やは怪訝な表情で灯火に尋ねるが当の本人には全く覚えがないことだった。


「僕に婚約者がいる?何を言っているんだ?」


灯火の言葉に爺やは次第に焦り始める、貝谷も冷静ではいるようだがその表情からは焦っていることが読み取れる。


「本当に覚えていらっしゃらないのですか?いつも婚約者様のことを楽しげに話していましたのに。」


爺やは再度、婚約者のことに関して尋ねるが答えは同じであった。そのやり取りを見ていた医者は記憶喪失の疑いがあると告げる。


「峰鷹さん、あなたはもしかすれば記憶喪失かもしれません。」


「婚約者のことだけ忘れているなんてことあるんですか、先生?」


「ときどき、そういう方がいらっしゃいます。部分的な記憶喪失は、しばらく経てば勝手に思い出す方もいますし、何かの拍子に思い出す方もいます。ですが、人によっては一生そのままという症例もあります。」


その言葉に爺やは顔を青くし、嘆き始める。


「なんということでしょう、おいたわしや。すべてはこの爺の責任です、申し訳ありません、灯火様。」


「気にしないでほしい、元々は後ろから車が追突してきたことが原因だろう?それならば、爺やの責任ではない。それに、婚約者であれば爺やたちも知っているだろう?その人と話をすれば何か思い出すかもしれない。」


灯火は責任を感じている爺やをなだめ、自らの婚約者がどのような人物かを尋ねる。しかし、帰ってきた答えは的を得ないものだった。


「それが、灯火様は婚約者様のことをいつも秘密にされていて、私にはどのような人物か話されたことがありませんので、私には分からないのです」


「そんなことがあるのか、婚約者だろう?それを秘密にしているなんてことがあるのか?貝谷はどうだ、何か知っていることはないか?」


貝谷であれば何か知っていることがあるかもしれないと、尋ねるも、その答えは爺やと変わらないものだった。


「申し訳ありません、灯火様は私にもどんな方か教えて頂けませんでした。」


「なら携帯は?婚約者であれば写真やSNSの連絡を取っていた痕跡があるだろう。僕の携帯を見せてくれ。」


灯火は貝谷から受け取った携帯を確認し始める。その中にはクラスメイト、メイドや執事の連絡先はあるものの、婚約者と思える連絡先もメールのやり取りも一切見られなかった。


「ない、どこにも婚約者とのやり取りがない、いったいどうなっている。」


灯火は理解の範疇を超えた事態に混乱し始める。その様子に爺やは気づき、灯火を落ち着かせる。


「灯火様、今は休みましょう。しばらくすれば思い出すかもしれません、焦りは禁物です、どうか今はお体を大切にしてください。」


その日、デートの待合場所で灯火のことを待ち続けていた婚約者の目の前に灯火が表れることはなかった。彼女は待ち合わせの時間から1時間が経過し、2時間が経過し、それでも待ち続けていたが、ついに日付が変わってしまい、悲しみの中、一人さみしく闇夜に消えていった。

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