遺された者
「奴らに見つかるから、後ろに乗って」
そう言うと奏多は8足の脚を持つ少し長い自転車程度のサイズのマシンに跨る。この滅茶苦茶になった大地を走るための足であるその装置の後部座席を彼女はこんこんと拳で叩いた。奏多に促されるままに俺は席に座る。座り心地の悪い金属製の椅子に体を固定しながらどこかぼんやりと彼女の後ろ姿を眺めていた。
奏多は服、と呼べばいいのだろうか。そう呼ぶにしては余りにも薄い、ぼろきれのような金属繊維を身に纏っている。傍から見れば水着の上から一枚布を被ったくらいの服装であり、その上から酸素マスクを装着していた。俺の視線に気が付いたのか不機嫌な表情のままで彼女は答える。
「繊維も分解すればご飯や酸素に代わるから、全部使ってしまったわ」
彼女の体の端々に綺麗に治りきっていない大きな傷跡が見える。本当に資源が何もないのだろう、不老化技術を使えなかったであろう彼女は20年後の、昔より歳を感じさせる姿となっていた。年齢としてはまもなく40になるのであろうか。そうは見えないのは本人の美貌の賜物なのだろうが、その姿はやはりショックではあった。ここが未来で、俺がその原因の一つだと可視化されてしまうから。
会話も少ないまま多脚の機械は俺たちを乗せてどこかへ向かって歩きはじめる。Apollyonより遥かに遅いが歩くよりはマシと言う程度の速度で灰色と青の大地を乗り越え始めた。
静かに流れていく光景は地獄、の一言に過ぎる。無数のApollyonと機械獣の死骸。体液が蒸発せずに残るせいで灰色の大地はべったりと青に染められていた。俺たち以外に人影も文明もなく、結晶樹も分裂体も、生きた機械獣もいない。全てが死に絶えている。俺がきょろきょろと周囲を見渡しているのをに気が付いてか奏多は律儀なことに融合型Apollyonの死骸を指さす。
「配信はつけているの?」
「いつも通りミュートで画面だけ」
「それなら後で詳細は伝えてあげて。このVerでは『UYK』の過剰反応による融合型Apollyonの大量生成、これが全てを終わらせたの」
「というと?」
「どこかのVerで手ごたえがあったんでしょうね。2050年付近かしら、その頃から世界中で融合型Apollyonが出現し始めた。でも当然何も食べずに彼らが動けるわけがない。私たちが造ったものは電気を流し込めばそれで済んだけど彼らにはそんな相手はいない。『UYK』に生み出されてそのまま放置。だから融合型Apollyonは食事を始めた」
「共食い、か」
「そう。初めは機械獣を食べ尽くした。それでもエネルギーが足りないから今度は分裂体を食べた。あいつらも頑張ったみたいだけれど何十体もの数に囲まれては流石に勝ち目がなかったようね。そして最後に」
そう言って彼女は走行中の機体の脚についた何かをはがす。吸盤のような透明な金属板を蠢かす、手のひら程度の爬虫類だ。その鱗は金属でできていて腹のあたりからは見覚えのある触手が出ていた。
「機械獣か、小さいな」
「大きいのは軒並み食い尽くされたし、融合型Apollyonは毒があるから食べられない。……機械獣対策にVer2.00くらいから機構の一部として取り入れられていたそうなのだけれど、『UYK』はそれごと再現してしまったみたい。結果として食べられそうで食べられない融合型Apollyonの死骸が並び、こういう小型の機械獣だけが細々と生き残っている。だからこんな風に出回っても大丈夫なわけ」
大きな変わりようである。Verがマイナスだけなことはある。見慣れた機械獣の姿も分裂体の姿もなく、人と共にすべて死に絶えている。
そして気になるのは3つ。奏多は俺をどこへ連れて行こうとしているのか。奏多の恨み節は一体どこからきているのか。うん、そっちの完全な勘違い……と今までは言えたんだろうけど説明が面倒、騙されていてくれた方が楽という理由で俺はバトロワ期間中対応していた。ならそれが積み重なった結果としてのこの対応なのだろうか。にしては嫌悪感のようなものは少なく、感情の半分はむしろ彼女自身に向かっているように感じる。
彼女も俺が聞きたいことを察したのだろう、俺に背を向けたまままた話しはじめた。
「2040年の8月12日。黒海の中心に分裂体が現れた。想定よりずっと早く、過激に。今までの分裂体は2050年の破滅付近で出現していたから学習するのにも限度はあったけど今回は違う。核や予算の必要な兵器を使用したくないという政府の意向のせいで死なずに学習する時間が生まれてしまった」
「……でも国が主体になって動くのであれば色々解決に向かったんじゃないか?」
「いいえ。分裂体の進化に追い付けず敗北した彼らは核の使用を決行したわ。ただし敵対国に分裂体が侵入したタイミングを狙ってね。結果として人類は一丸となるどころか国家対国家対分裂体という構図を生み出した。しかも事前にこの出来事に気づいていた『革新派』や鋼光社から情報を搾り取るために監禁やら拷問まで行われてもう地獄絵図」
「今まで何だかんだ鋼光社と『革新派』という2大組織で『UYK』に挑んでいたのが更に滅茶苦茶になったのか」
「ええ。この2つの組織は2055年の作戦では協力する程度の協調性はあったけど、今回はそれすらできない。そのまま中途半端に破滅を乗り切る手段と分裂体を倒す手法が試行錯誤されて、そして破滅と共に無数の融合型Apollyonが現れた」
言われてみたらそうだ。自国民に対し「破滅が迫っているので福祉公共事業カットしまくって軍拡しまくります!」なんて言えるわけもなければ破滅が迫っているからと言って友好関係を結べるわけもない。むしろ国の方がこういった事態には動き出しにくいのだ。そして仮に動き出せる国がいたとしても他まではそうとは限らない。
というかそもそも『UYK』がヤバすぎる。なんだよ地球そのものって。仮に核だけで物理的に倒そうとすれば地球は等しく住めない世界になるだろうから、余計に混乱するだろう。何よりの問題は
「一番の問題は『固定』されてしまったということね。2060年で切り捨てられることを知った人々の絶望が他の問題を結び付け解決させないままずぶずぶと破滅に突き進ませた。そしてこの状態よ」
「俺や、紅葉やレイナはどうだったんだ?」
「上手く逃げ切っていたわ。でも融合型Apollyonを117体相手に時間稼ぎをしてレイナさんは行方知れず、あなたも2057年くらいまでは生きていたのだけど探索の際にそいつらの生き残りにやられてしまった。お陰で今私と彼女、そして田中のおじさんだけでこの世界を生き延びている。まあ、その必要はもうなくなりそうだけれど」
結局は、今までの問題は何一つ解決されず、『UYK』の強化だけがなされたという救いようのない結末。『焦耗戦争』は3日で終わっても引用情報化への絶望や連携の無さが祟り終わってしまうといういつものもの。てか田中のおっさんなんで生きてるんだよあんた。
だが一方で、2060年が死の世界になり果てたのは間違いなく俺に責任がある。あの時分裂体を煽らなければ。むやみに深海に行かず、あいつを刺激しなければ。紅葉もそこまでは想定外だったらしいところを見ると少なくとも準備期間を取る事が可能であったろうし、レイナが分裂体暗殺RTAを行うことも不可能ではなかっただろう。そうすればもしかしたら他の分裂体が活性化することもなかったかもしれない。
かもしれない。かもしれない。その言葉が頭の中に何度も木霊する。だがいずれにせよ俺の下した結論は「お前のせいだ」の一言に尽きた。紅葉たちは上手くやっていたはずで、その計画を壊したのは俺のせいだ。高速道路を投げる手間があればその隙にもっと静かに鎮圧出来て民間人の被害は減ったかもしれない。BBQだってそうだ。
気を遣ってくれているのか彼女はそのまま口を開かずに機体を目的地に向かって走らせる。その道筋で死体の山を見ながら思う。ぼんやりとした浮ついた思考で動くべきではなかった。もっと思考を働かせれば上手くいって、こんな未来を『固定』する必要もなく、Ver3.01まで――。座席でぐるぐると思考を回す俺の前に一つの家のようなものが現れた。
それは融合型Apollyonの装甲をはぎ取って作られた家と言うよりはキャンプに近い見た目の代物だった。外から見ても中はあまり広くは無さそうで、しかしその隙間から幾分か小型化されているものの見覚えのある小さな塔のような装置だ。テオが分子を変換してどうこう、という話をしていた気がする。それ以外は依然死体が広がる世界であったがその前に奏多は走らせていた乗り物を止めて立ち止まった。
そして扉に手をかけ、その前に俺の方向に振り向いた。
「中にいる人が誰か分かるな。……入るぞ」
その声に俺は静まる。先ほど紅葉だけその後の話が語られていない。しかしもし元気であれば名前を出した以上もう少し詳細を教えてくれるはずだ。つまり、少なくとも何かしらの障害が。
手が震える。今の俺がどんな顔をして会いに行けばいいのか。何をすれば許されるのか。だが俺の心の準備をする間もなく扉は開かれ、奏多の「はい?」と困惑した声が上がる。その思わぬ声音に引きずられて俺は視線を上げた。
鼻からフライドポテトを食べている男。その映像がスクリーンいっぱいに映し出されていた。
「は?」
意味が分からない。見た目的にはスペース社長なんだけど、なんでそんなことしてるの? 疑問が消えないまま奥の席から聞こえる、記憶より少し年老いた声が響く。安心させるように彼女はゆっくりと俺に伝えた。
「今回の目的は達成できたから確定した。次のVerで一切合切終わりや。――――あとそれは鼻からフライドポテト食べるスペース社長.mp4の高画質版や」
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