何が起きているんでしょうか?

 時は少し遡り、開会式の行われていた最奥のホール。簡易でありながら最低限を取り繕った装飾達がその実防衛のためであるとシェイク大統領補佐官はようやく気が付く。軍事演習でしか聞いたことの無いロケットランチャーの直撃を受けながら、しかし壁はその衝撃を和らげ数少ない参加者たちに被害を及ぼさない。



「大統領補佐官、こちらです!」


「すぐ行く! 何故なのだ、どうしてこのような事に」



 大統領補佐官ともあろうものがわざわざ一企業が主催するイベントに参加した理由は他でもなく『革命派』、そして鋼光社についての調査である。アメリカ政府は『Apollyon project』の参加国の一つであった。しかし見える未来が破滅だけであるという事、利益を生まないであろうということ。そして何より選挙による政権交代が全てを無に帰した。合理化という名の切り捨ては当然未来を見るなんていう胡散臭い計画を捨て経済政策の強化を進めた。



 勿論これは『HAO』の示す未来が本物の未来である、という証拠が余りにも薄かったからである。それを恨んだHereafter社の怨念があのApollyon構造解説書とApollyon操作説明書に入っていたのだ。量産型Apollyonは極めて構造が簡易で現代での再現が容易であったから。



 そうやってアメリカ政府とHereafter社の距離が離れて久しい時に起きたのがオレンジ恐慌、そして『逆潜引用情報化計画』だった。見覚えのある光景が浮かぶゲームがきっかけで経済に混乱が生じ、そのゲーム内で見た記憶のある装備をした兵士が日本という友好国の基地を襲撃する。工作員を送ろうとしても既に『革新派』に取り込まれていたり白い影に猿轡を噛まされて送り返されてきたりする。もう滅茶苦茶だった。その問題にケリをつけるべく大統領補佐官は来たはずだった。



 だがまさか平和なはずの日本でテロが起こるとは、しかもこれだけ多くの銃弾が飛び交うとは夢にも思っていなかったのだ。



 アサルトライフルが馬鹿みたいにフルオートで連射され続ける。その上から更に弾幕を増して穴だらけにするべく装甲車に固定された機関銃が火を噴いた。その中を出口に向かって3人の護衛と共に駆け抜ける。ホールの入り口に張り付き外を見た護衛のGOサインを確認して彼らは外に出た。



 外は滅茶苦茶、という言葉が正しい。遠くで銃器を構えた傭兵たちが射撃を行っているかと思えば黒服の男が数十メートルは跳躍し装甲車に飛び込んで破壊を繰り広げている。しかし一方で破壊活動の規模に反して死体が見当たらない。これだけ会場が広いのに対して入場を関係者以外事実上出入り禁止した今日この日だからこその結果だ。



 このテロは意図的に引き起こされた、と大統領補佐官は脳内で結論付ける。恐らく自分は釣り餌だ。恐らくあの何が何だかよくわからないバトルロワイヤルで彼らには絶対に看過できない大惨事が発生したのだ。その状況に加え重要人物がいて人質にするには最適。そこまで思考がたどり着くと同時に建物の影から現れた傭兵が大統領補佐官に銃を突きつける。両手を挙げながら空を見ると銀の羽を持つ人影と視線が合う。外に出た時点で捕捉されるのは確定事項であったか、とため息をつき護衛達にも降参を促す。



 傭兵たちのつける装備は所属を隠すかのように無個性であるが恐らく情報のあった『雷鳴』であろうと目星を付ける。であれば契約には忠実だ、むやみに害をなすことはないだろうという判断ではあった。



 傭兵たちは降参したのを見て駆け寄り護衛達の持つ拳銃を放棄させていく。その中で近づいてきた『雷鳴』のイヤホンから音が漏れてくるのを大統領補佐官は聞き逃さなかった。



「悪魔の手先は倒しました、次はあなたの番です、我が相棒を殺したヒニルよ!」


「こちら『SOD』南部隊、改造人間に押されている! 想定以上の数だどうなってやがる!」


「おい何か袋に入れて搬入している奴がいるぞ! 『透視』で確認しろ!」


「確認する、内容物はピーマン! キャベツ! トウモロコシ! 焼き肉のたれ! 以上……? え、なにこれ」



 ……想像以上に混沌としているようであった。これは一体どうなっているのか。大統領補佐官の頭まで混沌に覆い尽くされて行く。さらに状況はそれだけにとどまらない。崩れたホールの一角から服装も武装もバラバラな集団が現れる。その先頭に立つのは神父服の男であり、しかし全員が怪我を負い疲弊していた。



 神父服の男は『雷鳴』を見て大仰に手を広げるが『雷鳴』は嫌そうな雰囲気を隠さない。彼は手に持った折れた釘を見せつけるように持ち上げた。



「『雷鳴』、あなた方の人員を貸してください。スペースとヒニルは手を組みました」


「ちょっと待て。ヒニル、名前は知っているが何故そいつを?」


「ヒニルはオレンジなのです! 悪魔の手先の二面性!」


 

 神父服の男の言葉に『雷鳴』の隊長と思われる男は頭を抱える。そして何といおうか逡巡したあとびしりと神父服の男を指さした。



「お前たちの妄言に付き合っている暇はない。今何が起きていると思っている。スペース社長もオレンジも未確保、『SOD』の連中も順調に倒されてしまっている。唯一の戦果がこの大統領補佐官様だ」


「素晴らしい! 流石は金の亡者!」


「黙れ。命が掛かっている状態でこれがどれだけまずい状態なのか理解していないのか。電撃作戦は素早く終わらせてこそだ。場合によってはオレンジもスペース社長もこの領域から離脱してしまうぞ!」



 そう叫んだ瞬間地面が吹き飛ぶ。そこから長身の、金髪の女が血を流しながら脱出してくる。それを追いかけるように黒髪の、四肢を機械に置換した少女が飛び込んでくる。同時に黒い影が周囲を襲い空に何かが撃ちあがる。



「うぁぁぁぁぁ!!!!!」



 そして何かが上で潰れたような音がして、続いて高速道路の破片が大地に落下して激しく周囲を揺らす。振動に思わずしゃがむが大統領補佐官にとっては、いやここにいる全員にとって意味が分からない。



「「どういう状況なんだよこれは!」」



『雷鳴』の隊長と大統領補佐官は溜まらず叫ぶが怒涛の如き流れは止まるところを知らない。この戦いに終わりが近づいてきていた。

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