既視感

 『モーセの剣』という言葉に聞き覚えがある。Ver2.00で見た、海を割る船の姿。確か電子レンジのような原理で水を気化させているのだったか。強烈な衝撃音が来ると思いきやふわりと浮いたような感覚の後すっと海に入っていく。


《水中機動に切り替えます。スクリュー展開》



「さあ試合開始です! 早速『モーセの剣』という単語が出てきましたね、ただこれは箱舟に使われていた技術だと記憶しているのですが」


「あの技術は本来深海探索用の装置なのです。周囲を気化させて、新たに水が入り込んでは気化するのを繰り返すことで水圧の影響を減らします。ガスについては専用のポンプで素早く海面に向かって排出します。勿論蒸発した気体の圧力もありますが、それでも従来と比べれば浸水への対策を不要とする画期的な装置なんですよ。それを機械獣から逃げる為に使ったのが『革新派』であるわけです」



 視界が青に染まる。そこらの海では決して見ることが出来ないであろう透き通った青。魚たちが驚き深い海の底へ逃走していく。画面にはApollyonの全身とポイント数が映し出されており、周囲を映し出すモニターには幾つもの青く小さい円が震えていた。



 ヘルプマークをクリックし確認するとこの青い円はパーツが目印として出している振動を探知しているらしい。赤い円だと敵で、基本的には100m程度ならApollyon同士で探知可能であるようだ。ただし戦闘しているとその限りではないらしく今まさに赤い波紋が右手側で広がり始めていた。



 ……さてどうするか。注目されているのは間違いないし、この中でApollyon歴最長は眼鏡先輩の次に俺であるはずだ。できれば勝ちたい。となればまず必要なのは



「パーツだな。それも強力な」



 なんだかんだApollyonは頑丈だ。そんなものを水中で破壊しようとするならかなりの難易度になる。勿論魚雷みたいなものがあればどうにでもなるんだろうけれど、格闘戦でどうにかするには明らかに不利だ。早く動きすぎると『モーセの剣』による気化が間に合わず水の抵抗が凄いことになるからやるとすれば完全組み付いて1本ずつ腕をもいでいくしかない。



 しかも遠距離武器だとしてもただの拳銃とかなら水の抵抗でこれまたダメになる。基本的に八方ふさがり過ぎるのだ、まあ装備が整っていない序盤なら何とかなるかもしれないけど。



 そんなわけで『モーセの剣』の効果範囲外である腰から後ろに2mほど伸びた移動用ユニットで移動を開始する。ユニットについた2つのスクリューが水をかき分けApollyonが遥か深海に向かって潜航を始めた。



「おっと早速落ちたのは『Quickly Losすぐ負けるer』選手、ナカモト選手が正確にコクピットを打ち抜いた! 高速機動用の4連スクリュー搭載型移動ユニットは3倍の速度で動けるはずなのですが相手が悪すぎる!」


「ナカモト選手は全距離において最強ですからね、単騎で勝てるわけがないです。『Quickly Loseすぐ負けるr』選手に隠れるような位置から『Badly Lose凄く負けるr』選手が近づいてきましたね。海中仕様の金属切断用ニッパーだ、長さだけで3メートルの戦闘にも使える2ポイント相当のパーツです」


「敗退した仲間の機体を盾に近づいていきます、これは不味いぞ! 射撃が効かない、更に背後からは『Severely Los酷く負けるer』選手が近づいてくる。このままでは挟み撃ちだ!」



 他の所は早速白熱しているようだ。とはいっても眼鏡先輩の事はそんなに心配していない。お忘れかもしれないがプレイヤー陣、基本的にそんなに強くない。流石にVer1.06の雑魚機械獣に負けていた時よりはマシなのだろうけれどログイン制限というどうしようにもないクソシステムのせいで練度はカスなのだ。対して『同期』している眼鏡先輩。流石に無理ゲーすぎるだろ。



 かくいう俺も微妙だな……と思っていたらコンソールに見覚えの無い文章が浮かんでいる。



《Orange Assist System 起動中》



 なんじゃこれ、と思って少し操作をしてみるとVer2.00で出てきた懐かしの合成音声が流れ出してくる。



『Orange Assist SystemはApollyonの戦闘補助プログラムです。予言者OrangeによるApollyonの運用データを元に全ての動作をアシストします。本来はApollyonのシステムに一体化していましたがApollyonの使用者が増えたため共有可能な部分を残しその他を予言者専用プログラムとして独立させました』



 そういやApollyon君、戦闘面においてはVer2.00までほぼ使われなかったから俺が先駆者なのか。だから俺を基準にプログラムが組まれていたと。テオもそんなことを言っていたが本当だったのか。本当に紅葉には助けられているなぁと思いながら周囲を観測する。



 重力とスクリューの力が合わさり加速した機体は一気に海底に向かっている。深くても3000mみたいな話を聞いたことがあるから長くても1時間もかからないだろう。辺りはどんどん暗くなってきて響くのは実況の声だけだ。



「おーっと、『Badly Lo凄く負けるser』選手のコクピットが貫かれる! これは1発目で盾に穴を開けて2発目をそこに通したようですね、何という腕前だ! 一方の『Severely Los酷く負けるer』選手は横から現れたテオ選手の寝技で四肢をもぎ取られてリタイアだ、酷い!」



そんな名前にするから酷い目に合うんだよ。あとテオもかなり強いな、やっぱり。しかし誰にも会わず少し暇になってきてしまったので時間つぶしにとライトをつける。周囲にApollyonの反応がない今ならまあ光で見つかる事はないだろう、と思って見えたのは別のものだった。



それは海の遥か底から生えていた。5本生えたそれらの茎は太く、葉は金属質の光沢を持っている。見覚えがある。海ではなくあの荒れ果てた大地で。2060年のレイナに見せてもらった記憶がある。



「結晶樹……?」

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